勘違いしないで頂戴
十字軍みたいな騎士とか魔物が恐ろしいのは、それらがアメリカにいないからだ。だが盗賊なら別に、シアトルやデトロイトに行けばいくらでもいるだろう。
(や、やってやるさ。舐めるなよ、アメリカ人を…!)
「おい上玉がいるぞ」盗賊の1人が、歯の抜けた口で言う。異世界を知らないアーチーでも、それがこういう輩の定型句であることぐらいは承知していた。
(何故なら、アメリカにもお前らみたいな連中はいくらでもいるからな)
「おいガキ。喚くな、動くな。金目のモノと女を置いていけば命は助けてやる。変な気は起こすな。死にたくないだろ?」
燃やしてしまおうか。いや、駄目だ。人を殺すのはやはり躊躇された。寝ているジュードとパラティナを起こそうか。
だがそうしたら、声を上げた瞬間に奴らは2人に襲いかかるかもしれない。いくら強い2人とはいえ、寝起きで戦えはしないだろう。
(どうする)アーチーは考えた。だが何もいい案が見つからなかった。(とんだバカだ、母さんが見たら泣くな)
「大丈夫だ。こいつ完全にビビってやがる」別の盗賊が言う。
他の盗賊達はそれに頷き、アーチーを見張る1人を置いて、眠っているジュードとパラティアの方に忍足で向かって行った。(不味い、神様!)
だが心配は杞憂に終わった。盗賊の1人が近づくと、ジュードは被っていた毛布を相手に向けて投げつけ、飛び掛かった。そして小刀を取り出し、相手の腹部を滅多刺しにしたのだ。文字通り、瞬きする間も無かった。
他の連中が慌てて後ろに飛び退くと、今度は岩石が別の盗賊の頭に当たる。ゴン! 案の定、パラティアも毛布を蹴飛ばしながら飛び起きた。
「ヒ、ヒィ…!」またもや定型句のような悲鳴を上げて、盗賊達は逃げ出そうとした。ドラマや映画のような、スカッとするような場面だった。
そうやって呑気に2人の立ち回りを見ている青年の喉元に、不意に冷たい感触が当たった。
「馬鹿野郎共、やめろ! こいつの命がどうなってもいいのか!」
(やられた! 一体何をやってるんだ。俺はなんてバカなやつなんだ!)
仲間が必死に戦ってるのをぼんやりと見ていた挙句、まんまと敵の人質になったことに気づき、アーチーは顔面蒼白となった。(父さんが見たら泣くぞ…)
2人目の盗賊の喉元から小刀を引き抜いたジュードが、顔を上げ、アーチーの方を向いた。パラティアも別の盗賊をすでに始末していた。これで4人。
そして残った1人が、アーチーを人質にしていた。(アーチー、この愚か者。最後の1人はお前が倒すべきだったのに)
パラティアは捕まった青年を睨みつけ、明らかに怒っている。無理も無かった。アーチーが彼女の立場でもそうするだろう。
「その人を殺してみろ」ドス黒い血を滴らせる小刀を盗賊に向けながら、ジュードが言う。
「お前を考えられる中で最も酷い方法で殺してやる。悪魔でも思いつかないようなやり方でだ。お前の死体は犬と鴉に食われた挙句、この国に住む全ての者によって呪われる。神もお前を救いはしない。お前の魂は、永遠に救われる事はない」
余りの気迫に、歯抜けの薄汚い盗賊は震え上がった。アーチーまでもが恐れ慄いた。盗賊にとっては寝込みを襲う楽な仕事だった筈だ。だが、とんだ誤算だった。
「わ、分かった。何もしない。何も取らない。その代わり、見逃してくれ。な? た、頼むよ」
哀れな声色で、1人生き残った盗賊は言った。だがジュードは相手を睨み付け、黙り込んだままだった。
不意に、アーチーは喉元の冷たい感触から解放された。盗賊は一目散に逃げ出した。
ジュードはそれを追い、青年の横を風のように駆け抜けていった。チーターの如き足の速さだ。
「頼む、助けてくれ! 頼むよ、殺さないでくれ!」
盗賊の叫び声が聞こえてきた。アーチーがその方向に振り返った時には、ジュードはもう相手に追い付いていた。
小刀が肉を切り裂く音と、低く唸るような呻き声が微かに聞こえてきた。何とも清々しい朝の訪れと言えた。
「信じられない。みすみす人質になるなんて」
何かが済めば、今度はパラティアのダメ出しが始まる。アーチーは親に怒られた子供がやるように、顔を両手で隠した。
今回は正真正銘のヘマであり、何を言われても仕方が無かった。とにかく謝ろうと少女の方を向き、アーチーは手をどけた。
その時、パラティアの後ろで1人の盗賊が上体を起こし、近くに落ちている刃こぼれした剣に手をかけようとしていることに青年は気づいた。
まだ生きていたのだ。それに気づかず、パラティアはくどくどとアーチーへのダメ出しを喋り続けている。盗賊は剣を持ち、パラティアの背中を睨んだ。
「パラティア、避けろ!」
叫びながら、アーチーは片手を前に出した。これで何も起きなかったらおしまいだったが、ちゃんと火が出た。それはホースから出る水のように、勢いそのままに真っ直ぐ盗賊に向かっていた。
恐ろしい悲鳴と共に、相手は燃え上がった。まだ生きていはいる。だが助からないだろう。(神様、どうか俺をお許し下さい。頼むから許して…)
事態が飲み込めないパラティアは、唖然として燃える人体を凝視している。アーチーはアーチーで、自分の指からでる火を消すのに必死だった。
「早く消えろよ! こんなんじゃ会う人会う人を燃やしてしまう。あっ、消えた、消えたよ。やった、神様ありがとう!」
ジュードが帰ってきた。服や顔、所々に返り血が付いているのが生々しかったが。ひとまず、彼が無事であったことにアーチーは安堵した。
「どうしたのです?」黙っているアーチーとパラティアを交互に見遣りながら、ジュードが言う。
青年がさっき起こったことを説明すると、ジュードは口元に微笑を浮かべた後、パラティアに向き直った。
「パラティア、来訪者はお前の命を救って下さったのだ。礼は言ったのか」
「まだよ…」
「声が小さいぞ。お前はいつも子供達に、礼節はきちんとするように言ってるじゃないか」
「うるさい、分かってるから!」
そう言うと、パラティアは青年に向き直った。頬と耳とが、ほんのりと染まっている。
「ありがとうございますです、来訪者様。でも勘違いしないで頂戴。これぐらいで来訪者ズラしないことね。まだまだ先は長いんだから」
「ふん!」と、子供向けのディ○ニードラマのように鼻を鳴らすと、少女はそっぽを向いてしまった。相変わらず、酷い敬語だった。
(待て、この口ぶりどこかで聞いたことがあるぞ)
「勘違いしないで頂戴」その特徴的な口ぶりを、アーチーは何処かで聞いた事があった。そういう事を言う女の子が、往々にしているものなのだ。
青年はつるつるの脳みそをを働かせ、ついに答えを見つけ出した。それは、彼がまだ小さい頃の出来事だった
誕生日に、アーチーは女の子からプレゼントを貰ったことがあった。彼はのぼせ上がり、その子は自分のことが好きなのだと思うようになった。
だから少年は聞いたのだ、「俺のこと好きだろう?」と。「勘違いしないで頂戴」そう行った時の女の子の顔がまじまじと思い出された。
アーチー少年の自惚は学校の噂になり、その後半年は揶揄われた。当然、女の子にも嫌われた。
(アーチー、辛いな。ただでさえ印象が悪いのに、余計にポイントを落としたようだぞ。パラティアに、完全に嫌われたんだ)
青年はショックの余り、朝の冷気の中立ち尽くしていた。尿意はとうの昔に吹っ飛んでいた。
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