このぐず

「しっかりしなさい! 何を泣いてるの? あんたは村を守り、子供を救った。それの一体何が恥なの? 相手は騎士よ、死んで当然の連中じゃない」


 地面に突っ伏しているアーチーに、パラティアはそう言うのだった。なんと頼もしい娘だろう。


 だが現代っ子のアーチーに、ことはそう簡単に割り切れるものでは無かった。とんでもないことをやってしまったのだ。人を、人を殺してしまっった。


 一体どうなるだろう。自分はメキシコの、いや異世界(?)の警察に逮捕される。そしたらどうなる? 決まってる。きっと人権も慈愛も何もなく、薄汚い牢屋にぶち込まれて終わり。いやもっと悪いかもしれない…。


 (ああ神様!)この場所に連れてこられてから今に至るまでに何度、青年は神様に助けを頼んだことだろう。


 (夢なら醒めてくれ。ドッキリならもう良い加減にしてくれ。俺はただ、25ドル片手に女の子と映画が観たかっただけなのに)


「いつまでそうしてるの。少しは来訪者らしくなさい」

「だ、だって、人を焼いたのに」


「だからそれが何だって言うのよ。相手は騎士よ。自分では何も生み出さないくせに、他人から奪う下郎共。気にする必要なんてない」

「で、でも。だって…」


「このぐず!」


 パラティアがアーチーの横腹に蹴りを入れようとする既の所で、ウィルがやって来た。


「主よ、どうかお立ち下さい」

 

 そう言って、彼はアーチーの腕を取り、優しく立たせたのだった。


「主よ、辛いのは分かります。でもどうか今はお気を確かに。敵はまだおります。どうすべきでしょう、私は貴方の判断に従います」


 ウィルは青年の横に立ち、彼に歩くよう促した。アーチーは素直にそれに従った。打たれ弱い青年を立ち直らせるのは、厳しさではなく、優しさだったのだ。


(神様。この男が死んだら、必ず天国に送ってやって下さい)


 アーチーは心の底からそう思った。パラティアという少女は、優しさというものを分かってない。


 彼女と言えば、膨れっ面でずっと青年のことを睨んでいるのだ。可愛い顔が台無しだった。


 生き残りの騎士達は後ろ手に縛られ、地面に座らせられていた。ボロボロになって項垂れている2人を、村人達が敵意に満ちた眼で見張っていた。


 アーチーはそれを観ると先程までの怒りをすっかり忘れ、目の前にいる人間を哀れに思った。熱しやすく、冷めやすい若者の心は、ここでは長所となった。


「主よ、この者達を如何致しましょう」とウィル。


 (俺がどうするか決めるのか!)唖然とし、口をパクパクさせるアーチーに代わり、パラティアが口を開いた。


「殺すのよ。逃したら、必ず仲間を連れて戻ってくる」


「しかし、皆殺にしてしまえば、いつまでも帰らぬ3人を不審に思った駐屯地が新手を出してくる」


「そしたら、また殺せばいい。近隣の村々にも手を貸してくれるよう頼んで」


「パラティア、ここら一帯が戦場になれば、我々の友人や知人が戦闘に巻き込まれる。お前だって、それを理解しているだろう」


「分かってる。でも逃したら、必ずまたコイツらはやってくるわ。どうせ、戦うしかないのなら、少しでも多く奴らを殺してやる!」


 アーチーはポカンと、余りにも剣呑過ぎる2人の会話を聞いていた。パラティアの言うことは最もだった。


 青年は確かにボロボロになった騎士達に同情はしたけれど、よくよく考えて見れば、先に手を出したは向こうだった。しかも、あろうことか老人と子供に。


 だがアーチーは今一度冷静になって考えてみた。3人の内、暴行を働いたのは1人だった。後の2人は何もしていなかったし、1人は止めようとまでしていた。


 そして暴行を働いた奴は、他でもない自分が焼き殺したのだ。報いは受けたのではないのか?


 アーチーはジッと、捕虜の1人を見つめた。最初に村長に声を掛けていた兵士だった。彼は青年と目が合うと、すぐさま顔を伏せた。


(俺がもし、彼の立場だったら?)


「に、逃してやろう」自信なく、アーチーはそう言った。


 これまで口論をしていたウィルとパラティアが同時に青年の方を向いた。案の定、パラティアは頬を怒りで紅潮させているようだった。


(ああ、神様…)


「このぐず! 一体何を考えているの? とんでもないお調子者。今日ここに来たばっかの奴が、偉そうに口をきかないで!」


「き、聞いたのはそっちじゃないか!」


「聞いたこっちが馬鹿だった。あんたはやっぱり、来訪者なんかじゃない! 私達の救い主が、あんたみたいな腑抜けな訳がない」


「うるさい、良いから少し黙ってくれ! この2人を見ろ、弱ってるじゃないか。悪さをしたのはこの2人じゃない。当の張本人はもう消し炭になった。もう罰は受けただろう!」


 アーチーは自分でも驚いた。生意気な妹のルーシーを叱る時だって、こんな口の聞き方をしたことは無かったからだ。


 それだけ、感情的になっていたのだ。パラティアも驚いたように、相手を見返していた。


「罰が十分かどうかは、私たちが決める。あんたじゃない。私の信じる来訪者はそんなことは言わない。弱き者を助けるのが、来訪者の使命でしょう!」


「だったら、君達が弱き者なら、どうして同じ境遇の者を打とうとするんだ。弱き者なら、弱き者の痛みや苦しみを理解しているはずだろう? この2人をよく見ろ。今、この2人は、君達と同じじゃないのか?」


 (ワオ、我ながらいい事言うな)本当の所は、これ以上血を見たくなかっただけに過ぎない。


 これ以上自分のせいで人が死ぬのを見たくない。パラティアや村人の気持ちは棚上げにして、自分の我儘を叫んだだけであることと、アーチーは痛いほど理解していた。


 だが流石のパラティアも唇を噛み締めると、それ以上喋るのをやめた。必死に何かを考えているようだった。


 沈黙の中、青年は縋るようにウィルの方を観た。(友よ、助けてくれ!)ウィルは頷くと、捕虜達の方に歩み寄った。


「お前達は、このお方が誰か知っているのか?」


 このお方とは、どうやらアーチーのことらしい。1人が答える。


「知らん。我々はただ命令を受け、この地に来ただけだ」

「命令? それはどんな命令だ?」


「駐屯地より南方、丘陵の向こうに不審者がいる。それを速やかに捕らえるようにと」

「それは、近隣の住人より通報あってのことか?」


 捕虜の2人は顔を見合わせた。どうやらウィルの問いには、彼らを驚かせる何かがあったらしい。


「分からん。我々は、直々に指揮官より命を受けた」

「その時の指揮官は、どんな様子だった?」


「何故そんなことを聞く? 殺したいなら殺せ、時間の無駄ではないか」


 そう言って、その兵士はウィルの足元に唾を吐いた。再び、場に嫌な雰囲気に戻った。今度はもう1人の捕虜が口を開いた。


「指揮官は目に見えて焦っていたようだった。額には汗が浮かび、どこか所在なげだった。それに関係があるか分からないが、駐屯地を出る直前に、同僚達の会話を偶然聞いた。教会より早馬が来たらしい、と」


 もう1人の捕虜が驚いたように、戦友を振り返った。ウィルの眉がピクンと動くのを、アーチーは見逃さなかった。


「お前達は、本当にこのお方が何者か知らないのだな?」ウィルが尋ねると、捕虜達は頷いた。


「このお方は、来訪者様だ」


 捕虜の2人は一瞬目を見開いた後、苦笑した。ウィルの言っていることが信じられないらしい。無理もなかった。何故なら当の本人が、一番信じられていないからである。


「その証拠を見せよう。パラティア、頼む」


 少女は不承不承に頷くと、アーチーの隣に立った。そして手を掲げ、そこから炎を出した。


 (不味い、これは! あ、熱い!)そうだ、熱くないのだった。燃えているように見えて、自分の体は燃えていない。


 炎の隙間から、瞬きもせずにこちらを凝視する捕虜の姿が見えた。アーチーはようやくこの時、この世界で自分が何か異常な存在なんだということを理解した。


 (ハハッ。これを動画に撮って、ネットにあげたらバズるだろうな…)






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