ああ、神様!
「ど、どうすれば良いんだ!」
驚嘆の声を挙げたのは敵でなく、アーチーの方だった。指の先から炎が出ている。マトモな人間ならこうなるだろう。
敵兵も最初は驚いていたが、相手の慌てぶりを見て落ち着いたらしい。(ああ、神様!)奇襲は完全に失敗した。
「アタナス、そいつが件の男だ!」
馬上の1人が叫ぶと、アーチーと対峙している兵士が身構えた。
(嘘だろ。指先から炎を出す変質者と戦う気なのか? イ、イカれている…)
どうすべきか青年が迷っていると、案の定先に動いたのは相手だった。慌ててアーチーは指先を相手に向けるが、それでも臆さず向かってくる。見くびられているのだ。
(今度こそ死ぬ!)そう思った時だった。轟と、まるで火炎放射器のように炎が更に勢いよく燃え上がった。
突如として勢いを増した火炎に、相手はなす術もなくに巻かれた。兵士は恐ろしい悲鳴を上げながら、地面をのたうち回った。どうやら助かったらしい。だが妙だった。あの炎は、別に熱くないだろうに。
他の2人は、火だるまになった同僚を、驚愕の眼で観ている。「魔術師だ!」片方が叫ぶと、2人は揃って馬の踵を返そうとする。
何処からか拳状の岩が飛んで来て、逃げようとする片方の頭に、鈍い音を立てながら当たった。
アーチーは岩が飛んで来た方向を振り返った。さっきまでいた屋上に、立ち上がったパラティアがいる。
彼女がぶつぶつと何事かを呟くと、地面に落ちてある小石が突然浮かび上がり、それが固まって1つの岩になった。岩はパラティアの指の動きに合わせて、中空をふわりふわりと動いた。
(凄い。まるで、まるで、魔法じゃないか!)
残った兵士は慌てて、馬を走らせる。
(不味い、逃げられる!)
だがいつの間に移動したのか、近くの建物の屋上に隠れていたウィルが飛び掛かった。不意を突かれた敵とウィルは、そのまま馬から落ちた。
あっという間に、アーチー達は敵を倒してしまったのだった。パラティアは急ぎ、井戸の傍に倒れている子供に駆け寄った。アーチーも急ぎ、それに倣った。
「息は?」
「浅いけど、まだある。ねえ、気が散るから火を止めてくれない?」
青年の指先から間欠泉のように止めどなく飛び出る炎を見ながら、少女は迷惑そうに言った。
「どうやって?」
「馬鹿ね。落ち着いて、深呼吸して。ほら、落ち着いて。息を吸って、吐いて。興奮を抑えて。簡単よ、心の中で命じるの。収まれって」
落ち着け、落ち着くんだ。収まれ。アーチーが言われた通りにすると、本当に炎が治った。
「出来た?」
「何とかね。ワーオ」
「それなら、良く聞いて。その調子のまま、興奮したり、混乱したりしないで。良い? 良く聞いてね。あんたがもし来訪者なら、この子の命を救える筈。この子の頭に手を添えやって」
またもやアーチーは言われた通りにした。口は悪いが、この娘はいい人間だと言うことが、青年には少しずつ分かり始めた。
「そう、添えるだけ。掴まないで、優しく添えるだけ。それで、炎を出した時とは逆、気持ちを落ち着かせたまま、強く念じるの。相手に自分の気を与えるのよ」
「わ、分からないよ」
「言われた通りにして。また深呼吸。吸って、吐いて。深く長く吐き続けて、自分の気を相手に与えるの。大丈夫、その調子」
(わからない。正解がわからない。相手に気を送るってなんだ?)
アメリカ人の彼には、メキシコ(異世界)人の文化とか宗教観というものが、全く理解出来なかった。
だがそれでも、アーチーはパラティアの言った事を、精一杯やってみようと努めた。
(どうにでもなれ! この子は俺のせいで死のうとしているんだ。だから俺が何かをやって、この子が助かるならそれで良い。神様、だからどうか、この子を死なせないでください…)
やがてビクンと、子供の体が動いた。徐々にだが、顔に生気が戻ってくる。手足が微かに動き、次に唇がもぐもぐし始めた。そして最後に、眼が開いた。
「…パラティア姉ちゃん」薄目を開けて、子供は自分を優しく覗き込むそばかすの少女の名を呼んだ。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ」
「僕、死んだの?」
「死んでない、ちゃんと生きてるわ。この人が助けてくれたから」
「この人、この人って? 誰なの?」
パラティアはアーチーを振り返った。少女の眼は、綺麗な薄茶色だった。少女は怪訝そうに青年を見つめた後、小さくため息を吐いて、言った。
「来訪者様よ」
これは一体、何なのか? 瀕死の怪我人を治してしまった。そんなことが出来るのはたった1人。聖書に書かれたあの人しかいない。
(もしかして、ドッキリか何かなんじゃないか。でも、敬虔なメキシコ人が、こんな悪趣味なドッキリをするのか?)
アーチーは後ずさり、少女を子供の姿を凝視した。ここはやはり、メキシコではないのかもしれない。
だとしたら? だとしたらここは一体どこなのか? 異世界、異世界とは一体どこなのか?
(ああ、神様! 俺の住んでる世界じゃないなら、俺の神様は一体どこにいるんだ?)
アーチーは何か大事なことを忘れているのに気がついた。それを思い出したのは、彼の鼻の先を、何か焼け焦げた肉の臭いが通ったからだった。
嫌な予感がし、青年はゆっくりと、その臭いがする方に視線を滑らせた。そこには未だ火が燻り続ける何かが転がっていた。全身真っ黒焦げの、人程の大きさの物体。
いつの間にか、動かなくなっている。何を隠そう、あれは先程アーチーがこしらえたものなのだ。
(神様。俺の神様。俺を世界一の国に産んで下さった神様、貴方は一体、何処にいるのです…!)
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