53 はじめてのお嫁さん(候補)

53 はじめてのお嫁さん(候補)


 それから、ミックはイナホの家で朝ごはんをごちそうになってから、村を出ることにする。

 『デンデンの村』と書かれたゲートの下で、イナホとともにいた。


「じゃあ、僕らは行くね、イナホお姉ちゃん」「にゃっ」


 宝箱に並んで入るミックとロック、ちょこんと四つ足で立ち、上目で見上げる姿は、やっぱりかわいらしい。

 イナホは一抹の寂しさと、胸がきゅんと疼くのを感じていた。


「ミックさん、ロックさん……本当に、行ってしまわれるんですね……。すみません、できることなら、麓のほうまでお見送りしたいのですが……」


「いいよそんなの、村を建て直すのに大変なんでしょ? それに、ここから先は麓まで一本道だから迷うこともないし、道も広くて歩きやすいから、僕らだけでもへっちゃらだよ」「にゃっにゃっ」


 イナホはしゃがみこんで目線を合わせると、ミックの身体ほどもある大きなずだ袋を差し出す。


「こちらは、お約束していたお米です。あと、他にもこの村で採れたお野菜などが入っております」


「あ……そういえばすっかり忘れてたよ」「にゃーん」


 イナホはさらに、竹皮の小さな包みを渡す。


「それと、こちらはお弁当です。わたくしが握ったおにぎりですけど、よろしければお召し上がりになってください」


「わぁ、ありがとう!」「にゃーん!」


 子供らしい笑顔を見せるミックとロックに、イナホの頬もほころぶ。

 しかし別れの時が迫っているのを肌で感じ、胸に当てた手をぎゅっと握りしめていた。


「あの、ミックさん……? つかぬことをお伺いしても、よろしいでしょうか……?」


「いいよ、なに?」「にゃっ?」


「ミックさんは……シンラ様ですよね……?」


 この質問をされるのは二度目であったので、ミックは言い淀むこともなかった。


「僕がシンラ様? そんなわけないよ!」「にゃっ!」


 そっくりな双子のように、ミックとロックはにぱっと笑う。


「シンラ様って、相当なおじいちゃんなんでしょ? 僕はまだ子供だよ!」


 ごく当たり前のことを指摘され、イナホの頬がポッと赤くなった。


「あっ……そ……そうですよね。すみません、変なことを尋ねてしまいました」


 照れるイナホをよそに、ミックは宝箱の中に引っ込む。

 次に顔を出した時には、リュックサックを片手に、グーにした手をイナホに向かって突きだしていた。


「これあげる!」


 パーに変わった手のひらにあったもの。

 それは、指輪だった。


「……!」


 炊きたてのごはんのように、ミライの瞳が輝く。

 しかし彼女はしっかりとした躾を受けてきたので、すぐに受け取るようなことはしなかった。


「よ……よろしいの……ですか……?」


「うん、もちろん!」


 両手で受け取ったそれを、大きな胸に挟み込むように抱くイナホ。

 長い睫毛を閉じると、瞳の端から輝く雫があふれた。


「ありがとうございます……。本当に、ありがとうございます……!」


 イナホはそのまま随喜の涙を流しかけたが、心配性の彼女はなんとなく不安になり、濡れた睫毛を開いた。


「あの……なぜこのような指輪を、わたくしに……?」


 イナホの頭を様々な憶測が駆け巡る。

 「なんとなく」「たくさんあるから」「おにぎりの代金」等々。

 すでに涙も乾きつつあったのだが、


「お姉ちゃんを、お嫁さんにしたいんだ!」


「えっ」


 イナホの中で、熱いものがふたたびこみあげてくる。


「実をいうと僕は、お嫁さんを探す旅をしてたんだ! 僕はずっとひとりだったから、この宝箱にいっしょに住んでくれる人を探してたところで……あ、でもイナホお姉ちゃんには、好きな男の人がいたんだよね」


 イナホの顔はすでに真っ赤っか、アセアセと手を振っていた。


「あっ、い……いえ! それは……! なんと申しますか、その……! そちらの殿方のほうは、お気になさらないでください!」


 ミックは「そうなの?」と言うと、おねだりするような上目を向ける。


「じゃ、イナホお姉ちゃん……よかったら……」


 イナホの瞳は、すでに滝のようになっていた。


「は……はいっ!」


「やった! これで、お嫁さん候補、ひとりゲットだ!」


「えっ」


 イナホのアゴから、ボタボタと流れ落ちる涙。

 滲む瞳でよく見てみる、リュックサックのポケットには指輪が山盛りで入っていた。


「あの……どうして、そんなに指輪をたくさんお持ちなのですか……?」


「もちろん、イナホお姉ちゃんみたいなお嫁さん候補にあげるためだよ!」


「えっ」


「さっき、お嫁さん探しの旅をしてるって言ったでしょ? 旅先にいい人がいたら、とりあえずこの指輪を渡すことにしてるんだ。そうしておけば僕が大きくなったあとでも、ひとりくらいはお嫁さんになってくれるかなと思って」


 ミックはさも名案のように言うが、言われたイナホの心情は複雑であった。

 たとえば彼女が女子高生だったとしたら、すべての女子の下駄箱にラブレターを入れている男子生徒を目撃したうえに、その場で彼から告白されたような感覚である。


「がんばって、ママみたいな素敵な女の人になってね」


 そしてこのウインク。

 普通の女性であればヒザから崩れ落ちていたかもしれないが、イナホは普通ではない。


 彼女はむしろ、それでいいとすら思っていた。



 ――わたくしはずっと、シンラ様にお仕えしたいと思っておりました……。

 シンラ様であれば、わたくしは地平の向こうへと連れて行ってくださるような気がして……。


 その夢は、半分だけ叶いました……。

 ミックさんとお会いしてからというもの、新鮮な驚きばかりでした……。


 ミックさんはおそらく、わたくしにこう言いたいのだと思います……



 イナホは指輪を握り締めると、澄みきった瞳で応える。


「わたくしは、ミック様にお仕えするにふさわしい巫女になります……! ミック様が、大きくなられるまでに……! そうしたら、連れて行ってくださいますよね……?」


「うん! 約束だよ!」


「はい……約束です……!」


 微笑み返すと、甘い香りが立ち上ってくる。

 少女の首筋には、精一杯背伸びした少年の小さな手が添えられていた。


 そして……花びらが落ちてきたような感触が、少女の頬に生まれる。


 その花びらと同じ色に染まってしまったかのように、頬を赤らめる少女。

 少年はファンファーレとともに、はにかみ笑顔で背を向けていた。


「じゃあ……またね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『現代魔法の父』と呼ばれた引きこもり魔術師、3周目の人生で本気出す 嫁のためなら無双してもいいけど、ハーレムは要りません! 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ