52 はじめての村長

52 はじめての村長


 イナホは、目覚めた猛禽類が巣から獲物を見つめるように、イオカルの背中をじっと見据えていた。

 飛び立とうかどうしようか、迷っているような表情で。



 ――あの・・出来事があってからです。わたくしの、生きる目標ができたのは……。


 シンラ様に、お仕えしたい……。

 許されることなら、一生おそばにいたい……。


 いえ……どれはあまりにも出過ぎたこと……!

 シンラ様のようなお方は、わたくしなど歯牙にもかけないはず……!


 せめて、ひと目でいい……。シンラ様に、お会いしたい……。

 巫女になれば、シンラ様にお会いできるかもしれない……。


 わたくしはそれだけを胸に、巫女として生きてまいりました……。

 でもまさか、ミックさんがそばにいることで、シンラ様のことを思い出してしまうなんて……。



 イナホの眼前にはすでに、真っ直ぐな道が広がっている。

 邪魔するものはなにもなく、地平線の彼方にいるイオカルの背を捉えていた。


 このまま引き絞った矢を離せば、確実にイオカルを射貫くことができるだろう。

 しかしやさしい彼女のなかで、葛藤が生まれた。



 ――もしかしたら、あの方を殺めてしまうかもしれません……。

 あの方にも、きっと家族がおられるはず……。



 迷いかけて、イナホの眉がキッと吊り上がる。

 暗雲に覆われるように、瞳が翳っていく。



 ――あの男は、わたくしの家族、村を我が物が顔で支配し……村人たちを苦しめてきた……!

 そのうえシンラ様まで利用するなんて……! 殺めるに値する、極悪人ですっ……!



 しかし、しおれる眉、ひとりでに震え出す手。

 目の前の道がぐにゃりと歪みはじめる。


「わ……わたくしは、どうすればいいのでしょう……!? 殺めるべきか、殺めざるべきか……!」


 するとまた、あの声がした。


「イナホお姉ちゃんの決めたことなら、僕は責めたりしない……。村の人たちもきっと、同じだと思う……」


 その瞬間、イナホの頭のなかでふたつの声が鳴り響く。


『……まっすぐな道は……あなたの心です……。……自分の気持ちに……まっすぐでいてください……』


『イナホよ……我ら一族は、シンラ様とともにある……! シンラ様の教えを守り、正しき道に進むのだ……!』


 イナホはカッ、と目を見開く。

 猛禽類が、飛び立つ瞬間のように。



 ――父上、シンラ様……! そして、ミックさん……!

 もう、迷いませんっ……!


 わたくしは、わたくしの信じる道を行きますっ……!!



 刹那、一閃。

 煌めく虹のような曳光が、イオカルの……。


 イオカルのまたがるカカシゴーレムを撃ち抜いていた。

 乗っていたものが突然爆散し、イオカルは強制落馬。


「ぎゃっ!?」


 勢いあまって目の前の岩に激突、ボールのように弾みながら坂道を転落。


「ふんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 サイレンのごとき残響とともに村広場まで転がり戻ってくると、バッタリと大の字に倒れて動かなくなった。

 村人たちは気絶したイオカルを縛り上げると、ゴーレムに向かって跪く。


「シンラ様とイナホ様が、この村をお救いくださった!」


「ああっ、ありがたや、ありがたや……!」


「シンラ様、ばんざーいっ! イナホ様、ばんざーいっ!」


 ゴーレムの頭上のミックとロックもバンザイ三唱。


「やった! やったやった! やったぁぁぁぁーーーーっ!」「にゃっにゃにゃー!」


 イナホはまた、キツネにつままれたような表情に戻っていた。


「い……今の一矢は……。まさか、『随神の道』かんながらのみち……!? 虹色に輝く矢はいかなる邪をも払い、光差す道を示すという……! 我が一族でも秘奥義とされ、父上もなし得なかった弓技を、わたくしが……!?」


 イナホはこの若さにして、弓術の免許皆伝を飛び越え、伝説級の達人となってしまった。

 それはミックの『飛び道具マスター』のスキルが影響していたということを、ミック以外は誰も知らない。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 イオカルは、村にある座敷牢に入れられた。

 後日、近くにある街から衛兵がやってきて、イオカルは引き取られることとなる。


 ちなみに座敷牢は、もともと平和な村には無かったものだが、イオカルが村長となってから作られたものであった。

 自分が作った牢に自分が入れられるとは、なんとも皮肉な結末といえよう。


 そしてミックはイナホの家にひと晩厄介になる。

 朝方、村人たちがいる前で、陰からこっそりゴーレムを操作して、広場にメッセージを残す。


『シンラの巫女、イナホを村長とせよ』


 村人たちは大喜びであった。


「おおっ!? 今度こそ本当に、シンラ様からの神託じゃ!」


「イナホ様なら、この村の村長として申し分ねぇだ!」


「新しい村長、イナホ様を胴上げだーっ!」


「ええっ!? わたくしをですか!? け、結構です! そんなこと、していただかなくても……!」


「まぁまぁ! そう遠慮しないで、イナホお姉ちゃん!」「にゃっにゃっ!」


「で、でしたら、ミックさんとロックさんもごいっしょに! この村が平和になったのは、おふたりのおかげなのですから!」


「えええーーーーっ!?」「にゃぁーーーーーっ!?」


 3人で、仲良く宙を舞った。

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