40 ゴールド・ドラゴン

40 ゴールド・ドラゴン


 ミックは『びっくり箱』のスキルを使い、見事ゴールド・ドラゴンを驚かせることに成功。

 宝箱の中は財宝でいっぱいで、まるで不思議なペンダントで一攫千金を果たした人の浴槽のようになっている。

 3人は金貨をかけあって勝利の喜びを分かち合っていたのだが、突然、爆風のごとき怒声で吹き飛ばされてしまった。


「こぉんの、イタズラ小僧どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 黄金の山から転げ、ゴールド・ドラゴンの鼻先へと落ちるミックたち。

 ゴールド・ドラゴンは、ギロチンのような歯がガチガチと鳴らし、口の端から炎をあふれさせている。

 その顔は、閻魔のごとく恐ろしい。


「このワシにイタズラをするとは、命が惜しくはないのかぁ! いますぐ消し炭にしてくれるわ!」


 一喝されるだけで口から波動のような熱気が放たれ、ミックたちの肌をチリチリと焦がす。

 ウイリーはこみあげてくる恐怖を抑えながら、ロックとともに懸命に言い返した。


「ちょ、待って!? 驚かせたら、お宝をくれるんじゃないし!?」「にゃーっ!」


 するとゴールド・ドラゴンは、あっさり言い淀んでしまう。


「そ……そんなこと、ワシは言っとらん! そんなくだらぬことを抜かしたのは、どこのどいつじゃぁ!?」


「いや、そこに書いてあるし!」「にゃっ!」


 ウイリーが示した壁の文字を見て、ゴールド・ドラゴンは「ウッ」となっていた。


「こ……これは、ワシが書いたものではないっ! だいいち、なんで驚いたくらいで財宝をやらなきゃいかんのじゃ!」


「そんな!? マジ、ずりーし!」「シャーッ!」


「そこまで言うなら、ワシが書いたという証拠を見せてみろ!」


「ええっ、そんなのあるわけないじゃん!」「にゃあ!」


「どうした!? 証拠が無ければ、このワシに無礼を働いた罰として、今すぐ消し炭に……!」


「あるよ」


 それは、無理を承知で一気に押し切ろうとするゴールド・ドラゴンにとって、水を差すような一言だった。

 ゴールド・ドラゴンは「なんじゃと?」と、そしてウイリーロックは「えっ?」「にゃっ?」とミックを見やる。

 ミックは、別の壁を指さしていた。


「ほら、そこの予定表。筆跡がまったく同じだよ」


「あっ、ホントだ!? 『ゴールド』の字なんてソックリだし!」「にゃっ!?」


「だいいち、自分が書いたものじゃないなら、そのままほっとかないよね? ゴールド・ドラゴンって名前まで入ってるのに」


「そーだそーだ!」「にゃっにゃっ!」


「ぐっ……!」


 ミックのぐうの音も出ない正論に、ゴールド・ドラゴンは完全に言葉に詰まってしまった。

 自分よりもずっと小さな子供に論破されてしまったゴールド・ドラゴンはとうとう開き直りに出る。


「それがどうしたというんじゃーっ! このワシは生まれてこのかた、一度たりとも驚いたことはなかったんじゃ! それなのにお前たちのような小僧に驚かされたとあっては、ドラゴン仲間にバカにされてしまうんじゃ! ここで死んでもらおうか!」


 あまりの暴論に、ウイリーとロックはのけぞった。


「そ……そんなぁぁぁぁぁーーーーっ!?」「にゃーーーーっ!?」


「さぁ、小僧どもよ! 死にたくなかったら、許しを請うがいいっ! このワシの退屈をまぎらわせたら、翼をもぎ取るくらいで許してやらんことも

ないぞ!」


「つ……翼をもがれたりしたら、ここから出られなくなるし……!」


「そうじゃ! 小僧どもはワシの退屈しのぎに、ここで死ぬまで弄ばれるんじゃ! どうだ、怖いか! なら泣くがいい、喚くがいいっ!」


 ゴールド・ドラゴンは驚かされた仕返しとばかりに、子供たちを徹底的に怯えさせようとしていた。

 ウイリーはもう限界。恐怖に押しつぶされそうな表情で、泣きべそをかいている。


「ぐっ……! うっ……! ううっ……! な……泣かねーし! あ……あーしは決めたんだし……! パパに会うまでは、ぜってー泣かねーって……!」


「だがもう全身は震え、目は涙でいっぱいではないか! 泣ーけ! 泣ーけ! がははははっ!」


 いじめっ子のようにはやしたてるゴールド・ドラゴン。

 最高のヒマつぶしを見つけたとばかりに上機嫌。

 しかしまたしても、水をさすような声が割り込んできた。


「そうだ、泣いちゃダメだ」


「こ……小僧、またお前か! そう強がってみせても、今にも泣きそうなんじゃろう!? やーいやーいっ!」


 しかしそんな子供じみた煽りに負けるミックではない。

 ゴールド・ドラゴンに、食らいつくような視線を向けていた。


「理不尽なことをされて泣いてたんじゃ……いつまで経っても変わらない……! 理不尽には、立ち向かうんだ……! 僕は、お前なんかに負けないぞ!」


「ぐぬぬっ、こしゃくな……! このワシを……! 孤高のゴールド・ドラゴン『ガルドラ』様を、本気で怒らせおったなぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!」


 ごう、と爆炎が爆ぜる。

 ウイリーは「きゃっ!?」と宝箱の中に引っ込んだが、ミックは鼻先を焦がされても、そしてロックはヒゲを焦がされても、一歩も退かない。

 その足元で、ウイリーは泣きすがった。


「み……ミック! 超ヤバいし! ドラゴンが名乗るのは、ガチのマジなる時だし! 謝ろうし!」


「そうだ、跪くがいい! 泣いて許し請うがいい! このガルドラ様の奴隷になると誓え! 小僧、これが最後のチャンスじゃぞぉ!」


 がぱぁ、とガルドラの口が開く。

 喉の奥では業火が渦巻いており、さながら地獄の釜蓋が開いたような恐ろしい光景だった。

 ウイリーは「いやぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」と絶叫、頭を押さえてしゃがみこんでしまう。

 しかしミックは微動だにしない。それどころか、不敵に笑っていた。


「実を言うと……この時を待ってたんだ……! キミが本気になる、この時を……! 名前を聞いたら、なにか思い出せる・・・・・んじゃないかと思ってね……!」


「なにぃ……!?」と目をギョロリとさせるガルドラ。


「貴様のような生まれて間もない小僧が、なにを思い出すというんじゃ……! どうやら恐怖のあまり、壊れてしまったようじゃな……! つまらん……! つまらんぞ……! 壊れたオモチャは焼き払うしか、楽しみようがないからのう……!」


 ミックたちの眼前で、まばゆい輝きが膨らんでいく。

 それは直視しているだけで眼が焼かれ、そばにいるだけで肌が焦げるようであった。

 触れれば骨も残らぬほどの豪熱が、超新星のごとき爆発を迎えようとした、その直前。


「小僧よ……! 言い残すことがあれば、最後に聞いてやろう……!」


 ガルドラにそう言われ、ミックはゆっくりと口を開いた。


「『カラミン』」


 かたや大口なのに、ミックはおちょぼ口。

 かたや焼死の吐息に、ミックは笑止の吐息。


 すべてを焼き尽くすドラゴン・ブレスを前に、ミックの放った言葉はたったのそれだけ。

 たったの四文字だというのに、でもそれだけでガルドラは面白いようにうろたえはじめる。


「なっ……なにぃ!? きっ……! ききき、貴様、何者じゃっ!?」


 太陽のようだった炎は、もう風前の灯まで小さくなっていた。

 ミックはもうガルドラを倒したかのように、足にしがみついていているウイリーに視線を落とす。

 水を張ったように潤みきった瞳で見上げている、その頭にぽんと手を置いた。


「こんなヤツ、怖くなんかないよ。僕が今からやっつけてみせるから」


 その手、その瞳、その一言。

 そのひとつひとつがウイリーの脳裏でスパークする。

 少女は瞬きを忘れ、息をするのも忘れてしまう。

 意識は恐怖のどん底から、忘我の極地へと移っていた。



 ――ミックの手って……あったかい……。

 あーしを見る目も……やさしくて……。

 掛けてくれた言葉も……まるで……。


 パパ……みたい……!

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