38 はじめてのドラゴン

38 はじめてのドラゴン


 ミックはウイリーの肢体を伝って宝箱に戻る。

 そしてロックとちょこんと身体を並べて言った。


「ウイリーお姉ちゃん、宝箱を下に降ろして!」


「え、どしたん急に? さっきまであんなに嫌がってたのに……。もしかして、なにかいい手が思いついたし?」


「うん、それは下に着いてから話すから、とりあえず行こう! ただし、そーっとだよ? ゴールド・ドラゴンは寝てるみたいだから、音をたてないようにそーっとね!」


「おけまるだし!」


 ウイリーは宝箱をしっかり抱きしめると、翼をはためかせ岩棚から飛びあがった。

 横たわるゴールド・ドラゴンの死角となっている財宝の山に降り立つと、地鳴きを感じる。


 噴火寸前の火山のようなその音は、ゴールド・ドラゴンのいびきであった。

 ウイリーは岩棚から見下ろしていた時は尊大であったが、間近でドラゴンを見たのは初めてなのか、急に内股になって震えだす。


「ちょ……これ……マジ、ヤバくない……!? こんなのに襲われたら……ぴえんどころじゃ……!」


 ウイリーは思う。

 自分ですらこんな有様なのだから、遠くから見ているだけで怯えていたミックとロックはもう失神しているに違いない、と。

 さっさと宝箱を抱えて逃げ帰ろうとしたのだが、


「さ、行くよ、ウイリーお姉ちゃん!」「にゃっにゃっ」


 ミックとロックはむしろ遠足に来た子供みたいにみたいにはしゃいでいて、ウイリーの手をグイグイと引いていた。


「えっ、ちょ、な、なんでそんなにハイなんだし!? ……えっ、ええええっ!?」


 宝箱に引きずり込まれてしまったウイリーは、気がつくと見知らぬ部屋の中にいた。


「え……? あれ……? ここ、どこだし……?」


 目の前には、同じ背の高さのミックがいる。


「あれ、ミック……? 背、のびたし……?」


 ミックの腕にはロックが抱かれていた。

 ロックのサイズはミックと対比すると以前と変わらないのだが、今の自分と対比するとかなり大きく感じる。

 「にゃっ」と飛び移ってきたので受け止めたが、思わずよろめきそうになった。

 ロックはさっきまで胸の間にすっぽり挟まるくらいに小さかったのに、いまや胸ふたつぶんくらいの大きさがある。


「な……? なんでふたりとも、急におっきくなっちゃったし……?」


 ウイリーはタヌキに化かされている最中のように、自分の身体をあらためた。

 そして、


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「しーっ! 大きな声出しちゃダメっ!」「にゃーっ!」


 ミックの手とロックの肉球によって、ウイリーの口は塞がれる。

 ウイリーは静かになったものの、目を白黒させていた。


「えっ、えっ、えっ、えええっ? な、なんであーし、縮んじゃってるし……? それに、この部屋はなんだし……?」


「まだわからない? 宝箱の中だよ!」「にゃっ!


「えっ、マジで? 宝箱の中なんて、いくらなんでもありえねーし!」


「ホントだって、こっちに来て。でも、大きな声は出しちゃダメだよ」


 ミックに促され、ウイリーは天井のない部屋の壁をよじのぼった。

 すると身体はひょっこりと外に出て、だいぶ低くなった視点から財宝の山が見渡せる。

 まるで宝箱の船で黄金の海を漂流しているように、なにもかもがスケールアップしていた。

 奥に鎮座するゴールド・ドラゴンは、山ほどに大きく感じる。


「でっ、でっか……! むがぐぐっ……!」


 ウイリーがまた叫び出しそうになっていたので、両側にいたミックとロックはすかさず口を押さえた。


「静かに! いま気づかれたら、作戦が台無しになっちゃう!」「にゃにゃっ!」


 ウイリーはメイクが落ちんばかりの冷や汗を額から垂らしていた。


「作戦って……いったい、なにするつもりだし……?」


 ミックはウイリーの耳元に口を寄せ、こしょこしょと耳打ちする。

 ウイリーの反対側の耳には、ロックが三角の耳をくっつけていた。


「ええっ!? そんなの、うまくいくわけねーし!」


「そうかもしれないけど、ビックリさせるという点でいえば、これ以上の方法はないと思う」


「でも、失敗したら……!」


 するとミックはウイリーの肩を抱き、まっすぐな瞳を向ける。

 ウイリーにとってミックはいままでは幼い子供でしかなかったが、同じサイズになると妙に大人っぽく感じてしまう


「もし失敗したら、ロックを連れて逃げて。宝箱を抱えたら遅くなっちゃうけど、ロックだけなら飛ぶ速さは変わらないでしょ?」


「えっ、ミックはどうするし……?」


「僕ここに残って、ゴールド・ドラゴンを食い止める」


 あまりにイケメンすぎる一言に、ウイリーはドキリとした。


「ふたりだけは、絶対に逃がしてみせるから」


 爽やかでりりしい笑顔のミック。

 ウイリーは急に異性として意識してしまい、耳まで真っ赤っかになってしまった。


「で……でも……! ミックを置いていくなんて、ありえねーし……!」


「大丈夫、僕は死なないよ。それに、パパに会いたいんでしょ? なら、やるしかないよ!」


 その言葉に、根拠などないように思えた。

 しかし、ちいさな海賊王のように自信たっぷりの笑顔に、枯れかけていた少女の勇気は充填される。


「お……おけまるだし! あーしもやるし! ミックとロック……そして、パパのために!」

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