27 シーウルフとの戦い

27 シーウルフとの戦い


 それからミックたちは、満を持して滝壺から出発した。

 エクレアのサーフィッシュを先頭に、ミックとロックの宝箱が追従する。


 川下は曲がりくねっており、垂直に切り立った崖に囲まれていた。

 うねる蛇が連なっているかのように、スラロームの流れがどこまでもどこまでも続いている。

 川岸と呼べるものは一切ない。また流れも急なので、どこかに掴まることもできない。

 そのため、いちどでも落水したら終わる。洗濯機に放り込まれたかのごとく、荒波に揉まれながら流されるしかないのだ。


 そしてシーウルフたちは高原のヤギのごとく、崖っぷちにへばりつくようにして待ち構えていた。

 手前にいたシーウルフが吠える。それは彼らが定めたナワバリに侵入者が入ったという合図だった。


 シーウルフたちはエクレアの姿を認めると、次々と崖を蹴って襲いかかってくる。

 エクレアは木の杖を銃のように突きつけて彼らを迎え撃つ。


 ささやくような詠唱のあと、杖の切っ先から閃光が迸る。

 瞬きよりも速く、前方の空間がヒビ割れたような青い稲妻がはしった。


「キャイン!?」


 撃たれたシーウルフは骨が一瞬だけ透けたかと思うと、空中で黒コゲになったまま目をぱちくりさせていた。

 そのまま落水し、悲壮感漂う鳴き声とともに流されていく。


 魔術師のエクレアは遠距離攻撃特化タイプなので、至近距離での攻撃方法を持っていない。

 そしてシーウルフは魔術を使えないので、近距離攻撃特化タイプである。


 そのためこの戦いは完全なる遠対近。しかし勝利条件は平等ではなかった。

 エクレアは川下までシーウルフを退ければ勝ちだが、その間にシーウルフは1回でも近づけなければ勝ちとなる。


 シーウルフたちもそのことがわかっているのだろう、目の前でいくら仲間が焦がされても臆することなく、次々とエクレアに飛びかかっていく。

 対するエクレアも負けていない。目こそ寝入り前のようにトロンとしているが、動きのほうは目が覚めたようにキビキビしている。

 牙を剥いて迫り来るシーウルフを、稲妻の網を操るように的確に撃墜していた。

 しかし対処する順番を間違えてしまい、1匹のシーウルフに接近を許してしまう。



 ――しまった。終わった。



 エクレアは心の中でつぶやく。

 いつもなら討ち漏らしたら最後、飛びかかってきたシーウルフによってサーフィッシュから突き落とされる。


 しかし今日は違った。

 エクレアが少し意識を向けたけだけでサーフィッシュは真横にスライドしたのだ。


「ウワォォォォォォーーーーーーンッ!?」


 シーウルフの勝利を確信していたような表情は、目の前で獲物に逃げられたように一変する。

 その情けない顔のままエクレアの横を通り過ぎていき、頭から川に突っ込んでいった。

 高くあがった水しぶきも無意識のうちに避けていたので、エクレアは戦いの最中だというのに呆気に取られてしまう。



 ――サーフィッシュが、思い通りに動いてくれる……。

 まるで、自分の身体の一部になったみたいに……。


 サーフィッシュの調整はプロの機怪技術者でも加減が難しくて、時間をかけて調整しても暴走することがよくあるって聞いたことがある……。

 でも代理先生は、サーフィッシュの乗り方をちょっと見てちょっと調整しただけで、ここまでポテンシャルを上げてみせた……。



「キャイン!?」


 鼻先で起こった悲鳴。空中でもんどり打つシーウルフを目前にし、我に返るエクレア。

 サッと振り向くと、数メートル後方で宝箱から顔を出しているミックがパチンコを構えていた。


「エクレアお姉ちゃん、もっと集中して! シーウルフの数がだんだん増えてきてるよ!」


「わかった」


 エクレアは雑念を払うように頭をフルフルすると、再びキレの良い動きで稲妻を放つ。

 ミックはエクレアの死角から襲い来るシーウルフの撃墜に専念した。

 その援護射撃があまりにも正確無比だったので、エクレアは驚きのあまりまた集中力を奪われそうになる。



 ――すごい。まるでこっちの動きがわかってるみたいに玉が飛んでくる。

 安心して背中が任せられるって、こういうことなの?


 しかも、誤射がまったくない。

 自分に誤射しそうな位置から襲ってくるシーウルフもいるのに、玉をブーメランみたいに曲がって当てるなんて……。



 ミックは、そのままの射線で撃つとエクレアに当たってしまいそうな場合は、パチンコ玉の軌道を変える技を使っていた。

 これは『バレットカーブ』という、パチンコ射撃における高等テクニックのひとつである。


 『飛び道具マスター』を持つミックだからこそできる離れ業であった。



 ――あの子はまだ小さいのに、なんであんなになんでもできるの……?



 エクレアからはミックは完全無欠に見えていた。しかしそれは、水面下ではバタ足する白鳥でしかない。

 シーウルフたちの攻撃が途絶えたスキを見計らい、ミックはパチンコをズボンのベルトに挟む。

 隣に立てかけていたオール代わりの木の棒をせわしなく取りすと、しゃかりきに漕ぎはじめた。


「くっ……! だんだんシーウルフが本気になってきてる……! 僕も援護をしなきゃいけないのに、ついていくだけで精一杯だ……! 引き離されたタイミングで攻撃されたら、エクレアお姉ちゃんがやられちゃう……! なにか、いい手は……!?」


 こういう時に頼れるのはやっぱりスキル、そういえば1ポイント残っていることを思いだしたミック。

 宝箱のフタに乗ってフーシャーとシーウルフに威嚇している相棒に伝えた。


「ロック、ちょっとエクレアお姉ちゃんを見てて! すぐに戻ってくるから!」


 ミックは漕ぐのをやめて頭を引っ込める。

 行き先はもちろん、部屋の壁にあるステータスウインドウ。

 急く気持ちを抑えながら、スキル一覧をスクロールさせる。


「攻撃力と移動力、どっちを取るべきか……!?」


 ミックは悩みかけたが、外から「にゃーっ!」とロックの声がしたので、直感に任せるようにスキルを取る。

 宝箱からふたたび顔を出すと、エクレアが今まさに、5匹のシーウルフに狙われているところだった。


 シーウルフたちは高く飛びあがると空中で一列になり、連星のごときフォーメーションでエクレアめがけて急降下。

 エクレアは先頭にいるシーウルフを撃ち落としながら、判断の過ちを悟っていた。



 ――しまった。最初のシーウルフは撃ち落とせても、残りの4匹は詠唱が間に合わない。

 後続の1匹だけはギリギリ避けられるけど、残りの3匹を避けるのは不可能に近い。


 もし代理先生が援護してくれていたとしても、あのパチンコで撃ち落とせるのは1匹だけだろう。

 終わった……今日こそは、いけると思ったのに……。



 エクレアは逃れられぬ敗北を受け入れるように、自ら運命の幕を引くように、木の杖をおろそうとする。

 しかしその直前、我が目を疑いたくなるようなものが横切っていった。


 目の前を、横っ飛びになった宝箱が通り過ぎていったのだ。

 開きっぱなしのフタには、落ちないようにしがみつくロック。

 そして宝箱からは、空飛ぶオープンカーを駆るようなあの少年が。


「……あきらめちゃダメだっ……!」


 ミックはそう叫びながら、後続のシーウルフめがけて宝箱ごとぶつかっていく。

 いったいどうやったのかはわからないが、とにかく宝箱で空中体当たりをキメる。


 ミックの身体を張っての行動、そして言葉は、エクレアの中で頬を音高く打たれたかのように響いていた。

 しかしミックの動きがあまりにも人間離れしていたので、エクレアは足でビンタされたみたいに白黒させるばかり。


 我に返る間など与えられず、さらなる衝撃映像を目の当たりにしていた。

 ミックは1匹のシーウルフの攻撃をインターセプトしただけでは飽き足らず、吹っ飛びながらパチンコを構えていたのだ。


 引き絞る手のひらの中には、3発の鉛玉が。


「……いっけぇぇぇぇぇーーーーっ!!」


 裂帛の気合とともに撃ち放たれたそれは、散弾銃の弾のごとく放射状に広がっていく。

 そんな曲芸じみた撃ち方をしても当たるはずがないのに、とエクレアは思う。

 もし一発でも当たれば奇跡のショットのはずなのだが、続けて降ってきた3匹のシーウルフを余すことなく撃ち抜いていた。


 星座が落ちたかのように、5つの水しぶきが続けざまにあがる。


「「「「「ギャヒィィィィィーーーーーーーーーーンッ!?!?」」」」」


 おそらく軍団のエースだったのであろう、5匹のシーウルフたちは、


「「「「「ばかなぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?」」」」」


 という声が聞こえてきそうなほどの絶叫のコーラスを響かせつつ、流されていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る