28 伝説のシーウルフ

28 伝説のシーウルフ


 ミックが取得した新たなるスキルは、オーナーツリーにある『ウォーターライドマスター』。

 エアライドマスターの水版とも呼べるスキルで、水上移動用の機怪を自由自在に操れるというものだった。


 宝箱は機怪の一種で、かつ浮揚スキルによってすでに水上移動が可能となっている。

 ふたつのスキルが組み合わさって、ミックは水を得た魚のように渓流を飛び回っていた。


「やったーっ! 4匹まとめてやっつけたぞーっ!」「にゃーん!」


 ミックとロックの快哉、そしてレベルアップのファンファーレがエクレアのまわりをグルグルまわる。


「なにがどうなってるの」


 エクレアはそうつぶやくだけで精一杯だった。

 エースをやられてシーウルフ軍団は撤退を決意したのか、次々と崖上に這い逃げていく。


 「勝ったか!?」とミック。

 「にゃーん!」とロック。

 「まだ」とエクレア。


「今度こそ本気になったみたい。ヤツが来る」


 エクレアは崖の上、さらにその向こうにある頂きを見上げていた。

 頂きの上には魚が山と積まれ、その上には1匹のシーウルフがスフィンクスのように横たわっている。

 そのシーウルフは通常のものより大柄で、全身は黒、白い差し色が入った独特な柄をしていた。


「ウォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」


 雄々びは渓谷を突き抜けていく。

 ミックは貫かれたように動けなくなっていた。


「ま……まさか、アイツは……!? 世界最強のシーウルフといわれた……!?」


 ある、傑出した強さのシーウルフがいた。

 彼が訪れた海域には、小魚一匹残らないという。


 まるで暴君のような振る舞いだったので、それまで海で我が物顔で振る舞っていたサメたちは結託。

 そのシーウルフに群れとなって挑んだのだが、しかしすべて返り討ちにあってしまう。


 今では彼の気配を感じるだけで、その海域からはサメがすべていなくなるという。

 そこから付いた二つ名は、『丘のシャチヒル・キルホエール』。


 彼はやがて伝説となり、厄災のごとき名で呼ばれるようになる。

 エクレアは頷いた。


「そう、『ヒル・キル』……!」


「ヒル・キルっ……!?」


 疾風が起こり、川に刃のような白波が抜けていく。

 ミックとエクレアはバランスを崩しながらも、伝説のシーウルフの挨拶がわりの攻撃をかわしていた。


「あの距離から、一瞬でここまで来るなんて……」


「戻ってくるよ、エクレアお姉ちゃんっ!」


「今度はこっちの番」


 エクレアは木の杖から稲妻の刃を迸らせると、突風のように迫り来るヒル・キルめがけて振り下ろした。

 しかしヒル・キルは紙一重でかわす。


「もらった!」


 ミックはその瞬間を見逃さなかった。

 エクレアの攻撃をかわした際にできたわずかなスキを狙い、ヒル・キルの顔面にパチンコの一撃をお見舞いする。

 しかし突進の勢いはまったく衰えず、それどころか鉛玉を弾き返していた。

 跳弾はミックの頬をかすめ、背後にあった崖に弾痕のような穴を開ける。


「くっ……!」


 しかしこの程度のことでミックは戦意を失わない。

 頬から流れる血を拭いもせず、わし掴みにした鉛玉をパチンコにつがえた。


 「これならどうだっ!」と、鉛玉の雨をヒル・キルに浴びせかける。

 それは弱小モンスターであれば蜂の巣になるほどの散弾攻撃であったが、ヒル・キルはシャワーのように浴びていた。


 それとは逆に、エクレアの稲妻攻撃は水滴すら嫌がる猫のごとくかわしていたので、ミックはすぐに弱点を見抜く。


「ヒル・キルは物理攻撃に強く、魔法攻撃に弱いみたいだ! エクレアお姉ちゃんの雷撃魔術なら、カスリでもすれば川に叩き落とせるはず!」


 さらにミックはすでに見出していた。この戦いの勝利条件は、相手を殺すことではないと。

 川に落として戦闘不能にさえできれば、それだけで勝利となる。

 そしてそれこそが、シーウルフたちの決闘方法であったのだ。


 エクレアもそのことに気づいたのか、「わかった」と木の杖を構えなおす。

 しかしヒル・キルはまるでふたりのやりとりを理解したかのように、動きを変える。


 川を吹き抜ける突風のようだったその動きが、両側の崖を蹴って跳ね回りはじめたのだ。

 エクレアはかまわず雷撃を放つが、その場所にはもうヒル・キルの姿はない。


「ううっ!?」


 ヒル・キルの変則的な動きに翻弄されるエクレア。突風から嵐にかわった攻撃にキリキリ舞いさせられる。

 エクレアは倒れそうになったが、素早く背後に回り込んだミックとロックが伸びをして受け止めていた。

 この時ミックは子供の猫の力では受け止めきれないと思っていたので、タコ足も2本ほど動員している。


 支えている手が4本以上あることを背中で感じ取ったエクレアは体勢を立て直しつつ振り返るが、その前にタコ足だけが素早く引っ込んでいった。


「……? たしか、手が6本があったような……?」


 タコ足のようなスキルは、人間の世界ではどこを探しても存在しない。

 完全にモンスター側のスキルなので、エクレアに見られると厄介なことになるのは目に見えている。

 ミックとロックは示し合わせたようにとぼけていた。


「きっと錯覚だよ!」「にゃっ!」


「そんなことより、いまは戦いに集中して! また来るよっ!」


 エクレアは再びヒル・キルと対峙、投網のごとく稲妻の網を打ちまくる。

 しかし、まったく当たらない。エクレアのほうは何度も投げ出されそうになったが、そのたびにミックが背後に回って助ける。

 しかし、それも長くは続かない。少しずつ、エクレアの動きに精彩が無くなっていく。

 じりじりと追いつめられていくような感覚に、ミックは焦れはじめていた。


「くっ……! シーウルフたちはやっと本気になったかと思ったのに……! まだ、遊んでるんだ……! よし、こうなったら……!」


 ミックはこのなぶり殺しのような状況を打破するため、賭け出た。


「やーいっ! ヒル・キルっ!」


 手で顔を引っ張って変顔を作り、ベロベロバーをする。

 宝箱のフタに乗っていたロックもすかさず加勢、ヒル・キルのいる方角にお尻を向けてフリフリした。


「やられるのが怖いのか!? もっと本気で攻撃してこいよ!」「にゃにゃーんっ!」


 シーウルフには人間の言葉は通じないが、挑発されたことだけは伝わったようだ。

 ヒル・キルは崖の上へと飛び上がり、遥か前方からミックたちを見下ろしていた。


 一時休戦かと思われるような静かな時が流れたが、それも一瞬。


 直後にミックたちは、ヒル・キルの……。いや、シーウルフ軍団の本気を思い知ることとなる。

 まずは上空から、空も震わせるほどの地響きがおこった。


 ミックたちが何事かと思って身構えていると、崖の向こうから丸太が飛びだしてくる。

 それは1本ではなく雪崩のごとく次々と降り注ぎ、川全体を暗雲のごとく覆い尽くしていた。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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