22 はじめてのタコ足

22 はじめてのタコ足


 プルプとロックは、争うようにしてタコ刺しをはぐはぐむしゃむしゃと頬張っていた。

 タコは猫に与えてはいけない食べものだが、ミニマルであるロックは雑食なのでタコも食べることができる。


 ミックは次の料理の準備のために、あたりに落ちていた木切れや木の葉を集め、マッチで焚火を作っていた。

 しかしふたりがあまりにもおいしそうに食べるので、調理をしながらいっしょにつまんだ。

 タコ刺しは舌の上に乗せるだけで、潮の香りが口いっぱいに広がった。


 歯ごたえはプリプリとしていて、噛むたびに歯が喜んでいるかのよう。思わず顔がほころんでしまう。

 ごくりと飲み込んだ喉ごしは、すっきりさわやか。

 あまりのうまさにミックとプルプ、そしてロックは一斉に天を仰いでいた。


「「お……おいしぃぃぃぃーーーーっ!」」「にゃーっ!」


 みんなもうタコ刺しに夢中で、他のものはなにも目に入らないかと思われた。

 しかし香ばしい香りが漂ってきて、プルプとロックは鼻をひくひくさせる。


 つられるように顔を動かしてみると、そこは焚火。

 串を打たれたタコの足の先っちょが、先っちょとはいえミックの二の腕くらいある大振りなタコ足が、なんともおいしそうな煙を立ち上らせていた。


「わぁっ、それはなんなのだ!?」「にゃっ!?」


 しゅばっ! と焚火に顔を寄せるプルプとロック。

 ミックは串を回し、炙りながら答えた。


「これは、タコの足の醤油焼きだよ」


「ショーユ!? なんなのだそれは!?」


 醤油はまだこの世界にはない。

 ミックはシンラだったころ、前世のサラリーマン時代の知識を用いてさまざまな料理を作っていた。

 調味料も自作しており、今回の旅立ちに役に立つであろうと子供用のリュックサックに詰めていたのだ。

 しかしその話をプルプにするわけにはいかなかったので、ミックは適当にごまかした。


「大豆で作った異国の調味料だよ。ちょっとクセがあるけど塩とはまた違った味わいがあっておいしいよ。はいどーぞ」


 ミックが差し出した、焼きたての醤油焼き。

 それは表面がほんのりと焦げた醤油がじゅうじゅうと音をたて、照り焼き特有のキラキラとした輝きを放っていた。

 プルプとロックは同時に手を伸ばしかけ、キッと睨み合う。


「わらわが先なのだ!」「にゃにゃっ!」


「ふたりとも、ケンカしちゃダメだよ。仲良く食べないんだったら、もう作ってあげないよ? 串は大きいから、ふたりいっしょに食べられるでしょ?」


 ミックに諭され、プルプとロックは肩を寄せあう。

 それぞれ串の端を手で持って、「あーん」「にゃーん」と大口を開けると、同時にかぶりついく。

 そしてまったく同じタイミングで「「アヒュッ!?」」とのけぞっていた。


「あっ、言い忘れてた。まだ熱いから、フーフーして食べてね」


「言うのが遅いのだ!」「シャーッ!」


 まだ湯気をたてているタコ足に、ふーっ、ふーっと息を吹きかけるふたり。


「もう熱くないのだ?」「にゃっ」


「そうなのだ? なら、食べてみるのだ」「うーにゃ」


「猫舌といえば猫なのだ。だからお先にどうぞなのだ」「うーにゃ」


 最初に食べたのがよほど熱かったのか、急に譲り合いをはじめるふたりを見て、ミックは吹き出しそうになる。


「ふたりが食べないんだったら、僕が食べちゃおうかなー?」


「た……食べるのだ!」「にゃっ!」


 寸分違わぬタイミングで、はぐっ! とタコ足に食らいついくプルプとロック。

 そして、さらなる嬉しい悲鳴が滝壺に響き渡る。


「こっ……これもおいしいのだーーーーっ!!」「にゃにゃーーーーーんっ!!」


 ミックの生まれ変わって初めての昼食は、タコ尽くし。

 メニューはたったの二種類だったが、どちらも最高においしくて、いくらでも食べられそうな気がする。


 しばらくして3人は、ぽんぽこりんになったお腹を天に向け、幸せいっぱいの表情で岩のベッドに横たわっていた。

 満腹感と日差しの気持ち良さでウトウトしながら、途切れ途切れに言葉を交わしている。


「はぁ……おいしかったぁ……」「にゃ……」


「まさかわらわの足が、こんなにおいしいものだとは思わなかったのだ……」「にゃ……」


「そういえば……足……大丈夫……?」「にゃ……」


「へっちゃらなのだ……もう、新しいのが生えてるのだ……」「にゃ……」


「そうなんだ……すごい回復力だね……」「にゃ……」


「わらわは魔王だから、当然なのだ……」「にゃ……」


「これで、食べものには困らなくなったね……」「にゃ……」


「ミックは命の恩人なのだ……ありがとうなのだ……」「にゃ……」


「お礼を言うのはこっちだよ……こんなにおいしいタコを食べたのは、はじめてだよ……」「にゃ……」


 ミックは名残惜しそうに言う。


「ああ、これだけおいしいタコなら、すごくおいしいタコ焼きが作れるんだけどなぁ……」「にゃ……」


「タコ焼き? さっきの串焼きとは違うのだ?」「にゃ……」


「うん、タコ焼きは、僕がいちばん好きなタコ料理なんだよね」


 がばっ! と起き上がる音がした。


「ミックがいちばん好きなタコ料理!? すごく気になるのだ!」「にゃっ!」


「作ってあげたいんだけど、材料と道具がないんだよ。ソースとか青のりとか……あと、タコ焼き器がないとダメなんだ」


「だったら、材料と道具を持ってくるのだ!」「にゃっ!」


「そうしたくても、ここから出る方法がないと……」


 宝箱の中からファンファーレが鳴り、「あれ? なんだろう?」とミックは顔を引っ込めて部屋に行ってみる。

 壁のステータスウインドウには、こんなメッセージが表示されていた。


『世界最高のタコを食べたことで、新しいスキルが解放されました!』


 そのスキルは、スペシャルツリーの『タコ足』。

 ずばり、宝箱の中からタコの足を出すことができるというもの。


 ミックのスキルのなかで、オーナーツリーにあるものはミックが前世に身につけていたものである。

 しかしそれ以外のツリーのスキル、特にスペシャルツリーにあるものはミックにとって未知なものが多い。


「宝箱の中からタコの足を出せる……? いったい、どんなスキルなんだろう……?」


 ステータスウインドウの説明だけでは想像がつかなかったので、ミックは試しに使ってみることにした。

 宝箱からひょっこり顔を出すと、頭の中でタコの足を思い浮かべながら右手をかざす。


「えいっ!」


 するとミックの右側にある空間から、プルプのよりはだいぶ小ぶりだが、それでもミックの腕くらいはあるタコの足が飛びだす。

 それはぐうぜん、数メートル離れた場所にいたロックを絡め取っていた。


「ふにゃーっ!?」


「わぁ、ごめんロック! これ、どうやって外すんだ!?」


 ミックがかざした右手を振ると、それに合わせてタコ足は上下し、ロックの身体を持ち上げたり下ろしたりする。

 制御法がよくわからなかったのであれこれ手を動かしていると、左手の動きに反応して、宝箱の左側の空間からもタコ足が射出される。

 足の吸盤が壁にペタリと張り付いてしまい、ミックは宝箱ごと壁に引き寄せられてしまった。


「うわあっ!?」「にゃっ!?」


 ミックとロックはタコ足に翻弄され、わぁわぁにゃあにゃあと大混乱。

 しかしそれを見ていたプルプは大喜び。


「わぁーっ! ミックもわらわと同じになったのだ!? 同族のおともだちができたのだーっ!」

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