21 はじめての料理

21 はじめての料理


 プルプの態度は一転、よそものを見るようだったまなざしが尊敬へと変わる。

 「いったいどんな魔法を使ったのだ!?」と食いつくプルプを、ミックは苦笑いでごまかしていた。



 ――タコであるプルプお姉ちゃんは、水質に影響されやすい。

 僕ら人間が、空気によって体調を左右されるように。


 プルプお姉ちゃんに適した水質は、僕の前々世の言葉を借りて表現するとしたら『硬水』……。

 カルシウムやマグネシウムがより多く含まれる水。そう、海水だ。


 普通のタコは真水、すなわち『軟水』の中では生きていけない。

 だけどプルプお姉ちゃんは魔王なので、多少の真水くらいならへっちゃら。

 しかし軟水でさらに『中性』の、いわゆる限りなく『純水』に近い水には極端に弱いんだ。


 なぜそんなに詳しいかというと、プルプお姉ちゃんは、前世で僕がここに連れてきたからだ。

 長いこと引きこもってたから、すっかり忘れてた……。


 この山の湧き水は純水だ。

 純水は魔術の実験によく使うので、だからこの山を住まいのひとつに選んだんだんだよね。


 この滝壺は地下を通じて海へと繋がっているけど、真水の滝を浴びるとプルプお姉ちゃんは弱ってしまう。


 だから僕は、滝の上の支流に水質改変の機怪を組み込んだんだ。

 川の途中から海水になるように、って。



 そう、ミックはワールドコントローラーを使い、海水だった川の水質を純水に変えていたのだ。

 それがプルプを懲らしめた魔術のタネ明かしである。


 とっさの機転で助かったものの、ミックの中では新たなる疑問が浮かんでいたので、話をすり換えるついでにプルプに尋ねてみた。


「ねぇねぇ、どんな魔法を使ったのか教えてほしいのだーっ!」


「それよりもプルプお姉ちゃん、どうして僕たちを食べようとしたの? この滝壺は底のトンネルで海まで繋がってるから、そこからお魚がたくさん獲れるはずなのに」


 すると、好奇心でいっぱいだった顔が困惑に満ちる。


「それが、急にお魚が獲れなくなってしまったのだ! 今まではトンネルに足を伸ばせばたくさん獲れていたのに、1匹も獲れなくなってしまったのだ!」


「えっ? どうして?」


「ぜんぜんわからないのだ!」


「トンネルの中は調べてみたの?」


「わらわは長いこと、この滝壺から出たことがないのだ!」


「うーん……原因がわからないことには対処のしようがないから、ちょっと潜って見てきてくれないかな?」


「いやなのだ!」


 即答だった。生命に関わることなので、ミックはなんとか説得を試みる。

 しかし彼女は、それだけは譲れない、とばかりに口とツインテールをへの字にし、そっぽを向いてしまった。


「わらわは『引きこもり』なのだ! だから、この滝壺からは一歩も出ないのだ!」


「しょうがないな……じゃあ原因を探るのはまた今度にしよっか。かわりに、プルプお姉ちゃんが食べられるものを探そう」


 ミックがあたりを見回すと、周囲は壁ばかりであった。壁はぐるりと円筒状にミックたちを囲んでいた。

 顔を上げると、ぽっかりとした穴の向こうに、真上に達しつつある太陽が見える。

 まるで、巨大な落とし穴に落ちたような感覚だった。


 流れ込んだ滝は、滝壺の底で繋がっている地下水路から、山の中腹にある川へと出ていく。

 滝壺自体の広さは50メートル四方ほどあって広いのだが、ほとんどがプルプの足で埋め尽くされている。

 そのため見た目は滝壺というよりも、完全にプルプ専用のタコ壺であった。


 この穴から外界に出るルートはふたつ。周囲の壁をよじ登るか、地下水路を泳ぐしかない。

 しかし、壁の高さは100メートルはあろうかという絶壁。

 そして、地下水路はそれ以上の距離があるのは明らかであった。


 事の重大さに気づかされたミックは、背中に冷や汗を感じる。


「ひょっとして……僕、ここから出られないんじゃ……?」


「どうしたのだ? 顔色が悪いのだ?」「にゃっ」


 プルプはうねるツインテールをロックの脇に差し入れて抱っこしていた。

 いつの間にかすっかり仲良しになっているふたりに声を掛けられたミックは、動揺を悟られないように取り繕う。


「あ、いや……なんでもないよ」


 しかし、内心は穏やかではなかった。



 ――このままじゃ、プルプお姉ちゃんといっしょに飢え死にしちゃう……!

 宝箱の中には果物があるけど、それも長くは持たない……!


 まわりに食べられるものなんてなさそうだし……!

 ああ、僕もお腹が空いてきて、いいアイデアが出ない……!


 どうしよう……どうしよぉぉぉぉーーーーっ!?!?



 時間はちょうどお昼時。

 ミックはお腹をぐうぐう鳴らしながら悶絶する。


 すると天啓が、思いも寄らぬところからやって来た。


「わぁ、かじっちゃダメなのだ!」


 プルプの声に注意を奪われると、そこには耳をぺたんと倒してイカのような頭になったロックが、プルプのツインテール状のタコ足に噛みついていた。

 ロックは瞳孔を開きっぱなしにして、フガフガと唸っている。


「そ……そうだ! プルプお姉ちゃん! プルプお姉ちゃんのその足って、なにをされても痛くないんだよね?」


 プルプはツインテールのタコ足からロックを引き剥がそうと、えいえいと引っ張っていた。


「わらわの足は痛みを感じないのだ! でも、髪が傷付くのは嫌なのだーっ!」


「そうなんだ……だったら、食べものが見つかったよ!」


「なにっ、それはまことなのだ!?」「にゃっ!?」


「うん、ちょっと待ってて!」


 ミックは宝箱の部屋に引っ込むと、壁のステータスウインドウを操作する。


「えっと、生産系のスキルはオナーツリーだよね。……あった、『調理』……。いや、今ならこっちかな?」


 ミックは『サバイバル料理マスター』のスキルを取得。

 次に水浸しになっているリュックサックの中から、ナイフを取りだす。

 それは小ぶりで、手の小さいミックにも扱いやすサイズのナイフだった。


 ミックは宝箱から顔を出すと、ナイフを構えながらプルプに満面の笑顔を向ける。


「足を切らせて!」


 そう、ミックが見つけた「食べもの」それは、プルプのタコ足であった。


「わらわの足を食べるつもりなのだ!? 足なんて食べてもおいしくないのだ!」


「そんなことないよ、タコの足ってとってもおいしいんだよ。それに、タコは飢えると自分の足を食べるんだって」


「そうなのだ? まあ、痛くないから別にいいのだ」


 プルプは半信半疑だったが、8本あるうちの足の1本をミックに差し出してくれた。

 しかし先っちょでもミックの手首よりも太かったので、小さなナイフでは切り落とすのにひと苦労、それでもなんとか先端から30センチほど切り離す。

 切り離された足は別の生き物のようにウネウネ動き、ミックの腕に絡みついてきた。


「これを料理したいから、僕を地面のあるところまで運んでほしいんだ」


「お安い御用なのだ!」


 プルプは切り落とされたばかりの足で宝箱を掴むと、滝壺の隅にある岩場に下ろしてくれた。

 ミックは宝箱から身を乗り出すと、食材となったタコ足を平らな岩の上に置き、ナイフで切りわける。


 スキルを取得しただけあって、その手際は鮮やか。

 花びらのように薄くなった切り身が、大輪の花を咲かせるように盛り付けられていく。

 その様子を、目をまん丸にして見つめているプルプとロック。


「うわぁ……!」「にゃ……!」


「できた! まずは1品目、タコのおさしみだよ! 塩味がついてるから、そのままで食べられるよ!」


 プルプは期待と不安が入り交じった表情、薄切りにされた生タコをつまむ。


「見た目は花びらみたいにきれいなのだ。でも元はわらわの足なのだ。足なんかがおいしいわけが……」


 パクッと口に入れた途端、その目は限界まで見開かれた。


「おっ……おいしいのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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