20 はじめてのタコ

20 はじめてのタコ


 ミックとロックはタコ足によって拘束された身体をよじらせ、足をじたばたさせる。


「ちょ……ちょっと待って! 僕らなんか食べてもおいしくないよ!?」「にゃっ!」


 普通、この手の苦し紛れの言い分は捕食者には通用しないのだが、プルプは「えっ」となっていた。


「それは嫌なのだ! わらわはおいしいものしか食べたくないのだ!」


 歯医者を嫌がる子供のようにイヤイヤをするプルプ。

 彼女は恐ろしいモンスターの姿をしているが、どうやら精神年齢は見た目どおり幼いようだった。

 そこに活路があると見出したミックは、ある提案をする。


「じゃ……じゃあ、僕が持ってる食べものをあげる! おいしいよ!」


 するとそれだけで、プルプはツインテールを跳ねさせるほどに喜んでいた。


「それはまことなのだ!? おいしいものをくれたら、食べないであげるのだ!」


「じゃあ、僕を宝箱の中に戻して。中に食べものが入ってるから、取ってくるよ」


「わかったのだ!」


 プルプは特に疑いもせず、タコ足を操ってミックの身体を宝箱へと入れてくれる。

 ミックが部屋に入ると中は水浸しになっていて、プルアップルやベリーベリーの実があたり一面に浮いていた。


「タコって、果物食べるのかなぁ……?」


 ミックはダメ元でプルアップルとベリーベリーを拾いあげると、宝箱から顔を出し、プルプに差し出す。

 しかしプルプは即座に、虫歯の子供のようなしかめっ面になった。


「わらわはそんなへんなものは食べないのだ! お肉かお魚をよこすのだ!」


「でも、果物も甘くておいしいよ? 食べたことないんだったら、いちど……」


「だーっ! いらないったらいらないのだ! 魔王のわらわをこれ以上バカにしたら許さないのだーっ!」


 プルプは興奮してミックを宝箱から引きずり出そうとしてきたので、ミックは両手をわたわたさせて落ち着かせようとする。


「わ……わかった! お肉とお魚だね! ちょ……ちょっと待っててね!」


「早くするのだ! でないと、この黒いのを食べてしまうのだ!」


 「シャーッ!」と牙を剥くロックを顔のそばまで持ってきて、「あーん」と口を開けるプルプ。


「わ……わかった! すぐに持ってくるから、食べないでね! そんなの食べたらお腹壊しちゃうよ!」


「シャーッ!!」


「ロック、なんで僕にまで怒ってるの!? え? お腹壊さないって? むしろ身体にいいって? いや、そんなこと言ったら本当に食べられちゃうよ!? とにかくプルプお姉ちゃん、食べないでね!」


 慌てて顔を引っ込めたミックは前世の記憶をたぐり、彼女の正体を思いだしていた。


「魔王……! ということはプルプお姉ちゃんは、パインお姉ちゃんの仲間……! そう、三大魔王のひとりだったんだ……!」


 パインは『陸の魔王』だが、プルプは『海の魔王』。

 魔王と呼ばれていただけであって、とんでもなく強い。

 かつてプルプは8匹のドラゴンと戦ったことがあったが、8方向から襲い来るドラゴンを同時にキュッと絞め殺したという武勇伝がある。


「ドラゴンといえば、たった1匹で王都を攻め滅ぼせるほどの最強モンスター……! それをザコ扱いするプルプお姉ちゃん……! まだレベル12で、武器がパチンコの僕にはとうてい勝ち目なんてない……!」


 ミックは壁のステータスウインドウに横目をやった。


「スキルポイントは1ポイント残ってるけど、魔王を大人しくさせられるスキルなんてあるはずないよ……! となると、逃げるしか……! スキルを使えば僕ひとりなら逃げられるかもしれないけど……でも、ロックを置いてくのはぜったいに嫌だ……!」


 ミックは懊悩おうのうする。



 ――考えろ、考えるんだ……! どんなに強い魔王でも、なにか弱点があるはず……!



 前世の知識をほじくり返していると、ふと閃いた。



 ――あ、そうだ! タコは海水でないと生きられなくて、真水に弱いはず!


 いや、ダメだ! プルプお姉ちゃんはこの滝壺に棲んでるんだ!

 滝を浴びても平気ってことは、プルプお姉ちゃんは真水でも生きられるのか……!?



 しかし続けざまに、ある記憶が頭をよぎる。


「……あれ? そういえばこの川下りをしてるときに水が口に入ったけど、塩辛かったんだよね。……なんでだろう? 滝の源流は湧き水だから、塩辛いなんてことはないはずなのに……?」


 床下浸水の中をプカプカと漂っていたあるものが、ミックの足にコツンと当たった。


「あっ……! そ……そうだ! 思いだしたっ……!」


「だーっ、ミック! 早くするのだ! わらわはもう我慢の限界なのだーっ!」「シャーッ!」


 外から怒声が聞こえ、ミックは宝箱から顔を出す。

 するとそっくりな顔で、がおーと大口を開けるプルプとロックの姿があった。

 ミックが手にしていたものをじゃじゃんと突きつけると、プルプは大口を開けたままポカンする。


「……それはなんなのだ? 食べものではないようなのだ?」「シャーッ!」


「そうだよ、これは食べものじゃない。プルプお姉ちゃんを、懲らしめるためのものだよ!」


「わらわを懲らしめる!? そんなこと、人間には無理なのだ! やれるもんならやってみるのだ!」「シャーッ!」


 ロックがプルプの味方のように振る舞っているのがちょっと気になったが、ミックはワールドコントローラーを構えた。

 何かのコマンドを入力するように、カチャカチャとレバーとボタンを操作する。


「どうしたのだ! わらわを懲らしめるのではなかったのだ!? でも、わらわはなんともなってないのだ! もしわらわを懲らしめることができる人間がいるとしたら、シン……」


 言葉の途中で、プルプは遊び疲れた子猫のように脱力した。


「な……なん……なのだ……? ち……力が……はいら……ない……の……だ……」


 身体がぐにゃりとくずおれ、タコ足が緩む。

 縛り上げられていたロックが落ちたが、下で待ち構えていたミックがキャッチする。

 プルプはとうとう、水面に倒れ込むように伏してしまった。

 立場はすっかり逆転。ミックは宝箱の中で立あがると、腰に手を当てたポーズでプルプを見下ろしていた。


「もう人間は襲わないって約束したでしょ!? 約束を破っちゃダメだよ!」


「ご……ごめん……なの……だ……許し……て……ほしい……の……だ……」


「ごめんなさいするんだね? なら、助けてあげる!」


 ミックは再びワールドコントローラーを操作する。

 するとそれだけで、プルプの身体にふたたび力がみなぎってきた。


「わぁ、ウソみたいに元気いっぱいになったのだ!」


 シャキッ! と身体を起こしたプルプは、両腕とツインテールでガッツポーズをしてみせる。

 そしてキラキラした瞳で、ミックを見つめていた。


「わらわをこんなに簡単にしおれさせたり元気にするなんて、ミックはすごい魔法使いなのだ! まるでシンラみたいなのだ!」

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