23 はじめての旅立ち

23 はじめての旅立ち


 それからミックはプルプのアドバイスの元、タコ足を操る練習をした。

 タコ足スキルは最大8本まで宝箱の中から出すことができる。


 出す本数が増えるほど制御が大変になるが、前方にあるものを絡めたり、吸盤で貼り付いたりといった行動が可能。

 宝箱の下、つまり足のように出すことはできないが、ミックはこのタコ足を使った移動方法を新たに見出す。


 2本のタコ足を壁に貼り付け、手のように交互に上に向かって動かすことにより、壁を登っていけることに気づいたのだ。


「これを使えば、滝壺から外に出られるかも……!?」


 ミックはプルプの元に戻ると、別れの挨拶をする。


「プルプお姉ちゃん、僕はそろそろ行くよ!」


 するとプルプは、瞳の光が消え去るくらいに驚いていた。


「えっ!? 行くって、どこへ行っちゃうのだ!?」


「プルプお姉ちゃんのごはんのためだよ。まず、お魚が獲れなくなった原因を探そうかと思って」


「そんなの、もういいのだ! わらわの足を食べれば、お魚なんていらないのだ!」


「それでも、原因だけは調べておかなくちゃ。なにか、大変なことが起こる前触れかもしれないし」


 プルプは口を挟みかけたが、ミックは「それに……」と続ける。


「タコ焼きが食べたいんでしょ? その材料と道具を探しに行かないと」


 プルプの中では魚はもうどうでもよくなっていたが、タコ焼きだけは別だった。


「そ……それは大事なことなのだ! だったらすぐに行って、すぐに帰ってくるのだ!」


「たぶん、すぐには帰ってこれないと思う。タコ焼きの材料と道具は、まだこの世界にないものばかりだから」


「そ……そうなのだ……? なら、仕方ないのだ……」


「それに、僕の目的もあるしね! 僕はお嫁さんを探す旅をしてるんだ!」


「お嫁さん……? ミックは、お嫁さんが欲しいのだ?」


「うん! お嫁さんと、この宝箱でずっといっしょに暮らすんだ!」


「ずっと、いっしょに……?」


「うん!」「にゃっ!」


 それからミックとロックは、タコ足を使って崖を登りはじめる。

 ビル掃除のゴンドラのようにゆっくりと上昇していく宝箱を、プルプは目に焼きつけるようにじっと見つめていた。


「じゃあ、行ってきまーす!」「にゃにゃーっ!」


 ミックとロックは崖の頂上にたどり着くと、自前の両手と、タコの両手をこれでもかと振る。

 ふたりが崖の向こうに消えたあとも、プルプはずっと目を離さなかった。


「……もう、外には出ない……。わらわは、ずっとここにいるって決めたのだ……」


 そうつぶやいたあと、小さな拳をぐっ、と握りしめる。


「でもやっぱり、外に出るのだ! わらわも、タコ焼きをさがしに行くために!」


 プルプの頭の中は、長きに渡ってひとりの男が占有していた。


「タコ焼きを、シンラに食べさせてあげるのだ! そしたらシンラは、わらわをお嫁さんにしてくれるに違いないのだ!」


 彼女の今まで脳内はずっとシンラ一色だったが、しかしその傍らには、新たに少年の顔が追加されていた。


「それに、わらわのほうが先にタコ焼きを見つけたら、きっとミックはビックリするのだ! わらわをお嫁さんにしたいって言うに違いないのだ!」


 シンラに求婚し、ミックに求婚される……。

 その妄想はさらに加速し、シンラとミックにちやほやされる新婚生活の情景が浮かんでいた。


「よぉーし、行くのだっ! タコ焼きもシンラもミックも、みーんなわらわのものなのだーっ!!」


 決意とともに大蛇のごとき足を、封印から解き放つように動かす。

 すると、世界が動き出したかのような地響きが起こる。


 それは、比喩ばかりではない。

 長きにわたり眠っていた少女の時間も、同時に動きはじめていたのだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ミックはプルプが『脱ひきこもり』を果たしたとも知らず、渓流の壁に蜘蛛のようにタコ足を這わせ、上流に向かって進んでいた。


「タコ足を操るのって歩く以上に疲れるけど……でも、川を泳いであがるよりはマシかぁ……」「にゃーん」


 ロックの応援を受けつつ、ミックは川が枝分かれする手前まで、なんとか宝箱を移動させる。

 ここまで来るとタコ足はもう自分の手足のように操れるようになっており、川上から流れてきた流木を、新たに伸ばしたタコ足でキャッチできるほどになっていた。


「よし、じゃあこの流木をオールがわりにして、別の支流のほうに行ってみよう」「にゃっ」


 ミックは渓流の壁から、「それーっ!」とダイブ。

 水しぶきを高く上げて着水すると、ふたたび渓流下りの旅を再開する。


 しばらく流れに任せて進んでいると、川が途切れた。


「……また滝かぁ。このまま下りちゃっても大丈夫かなぁ? でもタコ足のスキルがあるから、行き止まりでも這い上がれるだろうし、なんとかなるか」


 ロックも「行け行け」とばかりににゃんにゃん鳴くので、ミックは流木のオールで加速を付けるようにして、瀑布の頂上から飛びだしていった。

 宝箱が、流れ落ちる激流と垂直になるように傾き、落下の数倍のスピードがつく。


「いーやっほぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!」「にゃーっ!」


 急転直下の速さに、ぐんぐん迫り来る滝壺。

 ふたりはフリーフォールのアトラクションに乗っているようにバンザイをして、最高に気持ちのいい瞬間を全身で受け止めようとした。


 しかし水面に落ちる直前、宝箱がなにかにゴンと当たる。

 謎の抵抗感を受け、失速する形で宝箱は滝壺に着水。


 あの高さから水面に突っ込んだら普通は水底まで沈んでしまうはずなのだが、今回は威力が殺されてしまったせいで、そのまま水面に浮かんでしまう。

 ミックとロックは何が起こったのかわからず顔を見合わせていたが、その原因はすぐにわかる。


 宝箱の隣に、頭に大きなタンコブができたオークが、白目を剥いてプカプカと浮かんでいたのだ。

 レベルアップのファンファーレが、滝音の中で響き渡った。

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