15 はじめての飛行

15 はじめての飛行


 吹き上げてくる風に落下の勢いが加わると、鼓膜はごうごうと揺さぶられ、服がばたばと激しくはためく。

 ミライにとっては無理心中に巻き込まれたようなものだったが、周囲が鼻先もわからないほどに真っ暗だったので、怖いかどうかもよくわからなくなっていた。

 それよりも、コントロールバーを離さないようにしがみつくだけで精一杯。

 ふと、隣からノンキな声がする。


「あ、そうだ、忘れてた。ごめんミライお姉ちゃん、ちょっと操作お願い」


 ミックはあっさりそう言うと、コントロールバーを手放しスポッと宝箱の中に引っ込んでいく。

 まるで鍋の火を任せるような感覚だったので、ミライは度肝を抜かれた。


「ちょ、ミックくんっ!? ちょちょちょ!? ちょっと待って!? こんな時に、ひとりにしないで!?」


「にゃっ」


「あっ、ご、ごめん! ロックくんを忘れてたわけじゃないよ! ってロックくんも、こんな時になんで落ち着いてられるの!?」


 パイロットゴーグルをしているロックは妙にダンディで、「にゃっ」と肉球の親指で額を示していた。

 まるで「落ち着けお嬢ちゃん、まずはそのゴーグルをしな」と言わんばかりに。

 それでミライは自らの額にあったパイロットゴーグルを慌てて装着。


「すっかり忘れてたよ……! あっ、でも、こんなに真っ暗じゃ、ゴーグルをしたって意味なんか……!」


 言葉の途中、背後から光を感じる。

 ミライが何事かと思う間もなく、光は眼下を高速で広がっていき、まるで先導するように追い抜いていく。

 足元に広がる崖が光りはじめたおかげで視界が一気に開け、またミックも戻ってきた。


「お待たせ、輝石を点けてみたよ! ここの輝石は壊れてなかったみたい!」


 ミックたちはいま頭を下にして、身体は崖と垂直になるように落下している。

 光源が確保されたおかげで数百メートル先まで見えるようになったが、すさまじい勢いで過ぎていく風景はミライをかえって不安にさせた。


「み……ミックくん! このままじゃ地面に激突しちゃうよ!?」


「うん、だからその前に、みんなでいっせいに機首を上げるんだ! 僕がタイミングを取るからね! あっ……見えたよ!」


 一行の目の前に、星のように瞬く暗黒の一点が現われたかと思うと、ホワイトホールのごとく急速に拡大していく。


「ミライお姉ちゃん、ロック! そろそろいくよっ、せーのっ!」


「えっ……ええっ!?」


 ミライはわけがわからぬまま上半身を反らし、機首を上げるポーズを取る。

 風の抵抗が増し、コントロールバーから引き剥がされそうになるほどの衝撃がうまれた。


「うにゅぅぅぅぅぅ~~~~っ! もっと、もっと踏ん張ってぇぇぇぇ~~~~っ!!」


「うにゃぁぁぁぁぁ~~~~っ!!」


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」


 壁のように迫り来る大地。

 ミライはやたらと白く輝いているなと思っていたのだが、その白さの正体が、床一面にびっしりと埋め尽くされた白骨死体だとわかり、鳥肌が立つ。


「ひっ……ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 白骨と目が合うほどの距離まで迫った瞬間、がくんとスピード落ちる。

 胃が持ち上げられるような浮遊感とともに、白骨の壁を舐めるように浮き上がっていた。

 ぐんぐん上昇していき、今度は床と水平飛行になる。


「よ……よかったぁぁぁぁ……!」


 九死に一生を得て、ミライは全身で脱力しかけた。

 しかしすぐまた目の前に壁があることに気づき、コントロールバーをきつく握りしめる。


「み……ミックくん、あれ! あれ見てっ!」


「ここから先は僕が操作するから、ミライお姉ちゃん、ちょっと替って!」


 ミックはいったん宝箱の中に引っ込むと、ミライとロックの中心から顔を出す。

 迫り来る壁に向かって、ミックは叫んだ。


「右に通路が続いてる! みんな、右に寄って!」


 ミックの号令で、一同は手でたぐり寄せてるようにしてコントロールバーの右側に移動した。

 フライングライダーは大きく傾き、機体は右に旋回をはじめる。


「み……ミックくん、これじゃ、曲がりきれないよ!」


「大丈夫、僕に任せて!」


 ミックは手元のコントローラーバーを操作し、さらに機体を傾ける。

 フライングライダーの翼は地面と垂直になり、急速旋回で壁を回避した。


 ハンググランダーは体重移動だけで機体の操作を行なうが、フライングライダーはそれに加え、コントロールバーをバイクのアクセルのように捻ることによって制動が可能となっている。


 フライングライダーは細い通路に入っていく。

 壁や天井の余裕はほんのわずかで、少しの操作ミスでほんのちょっとでも翼を擦ろうものなら、それだけで墜落してしまう。


 しかしミックは的確な体重移動の指示と、正確なコントロールバーさばきでフライングライダーを乗りこなし、うねる蛇のような通路をいなすように進んでいく。

 そのテクニックに、隣で見ていたミライは舌を巻いていた。



 ――す……すごい……! こんな狭い通路を、フライングライダーで通るなんて……!

 わたしじゃ絶対に……! いや、フライングライダーの世界チャンピオンでもこんな芸当は無理だよ……!



「ね……ねぇミックくん、もしかしてフライングライダーによく乗ってるの……!? 」


「いや、僕は・・初めてだよ!」


 ミックは「今世では初めて」という意味で答えていた。

 しかし前世のシンラはフライングライダーの開発者である。

 開発過程でさんざん乗ってきたので、フライングライダーの操縦において右に出る者がいないほどの腕前となっていた。


 そしてミックは、先ほど輝石を点灯するためにワールドコントローラーを操作した際、パインを従えたことでレベルアップしたことに気づく。

 用事のついでだからと、オーナーツリーにある『エアライドマスター』のスキルを取得していた。


 これは、飛行系の機怪操作が上手になるスキルである。

 よって今のミックは、フライングライダーの操縦においては世界随一の存在になっていたのだ……!

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