14 はじめての下僕

14 はじめての下僕


 ミックは前世からの知識で、すべて知っていた。


 ヴァンパイアは首筋を噛んで血を吸う習性があるが、その延長で、首筋を噛まれると噛んだ者に従うという掟がある。

 しかしヴァンパイアの首筋は頑丈なので、そう簡単には噛むことはできない。


 ロックはパインに捕まった際、降参したフリをしていたが、実はその裏でロックと示し合わせていたのだ。

 ヴァンパイアのパインや手下のゴブリンたちは、夜目が効く。


 しかしロックのスキル『ハイド・イン・シャドウ』は完全に姿を消せるので、暗闇になると夜目があっても姿を捕らえられなくなる。

 ミックはしおらしいフリをしてパインに明かりを消させ、できあがった暗闇を利用したロックがパインの首筋に忍び寄っていたのだ。


 その結果がどうなったかは、もはや言うまでもないだろう。


 勝負が決してしばらくの間、パインは這いつくばったままさめざめと泣いていた。

 その首筋には、なおもロックがぶらさがっている。


「うっ……うっ……ううっ……! ぱいや、余の負けなのじゃ……! ヴァンパイアの掟に従い、ミックに永遠の忠誠を誓うのじゃ……! だから、許してほしいのじゃ……!」


 パインの前で仁王立ちになるミック。

 そろそろ許してやろうかと思ったが、


「みっ……ミックくぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 アヒル座りのポーズで滑り込んできたミライに身体ごとさらわれてしまう。

 ミライはミックを力のかぎり抱きしめ、泣いていた。


「うっ……うっ……ううっ……! どうしてあんなムチャなことをしたの!? ミックくんが死んじゃったら、わたし……わたしっ……うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」


 ミライはとうとう号泣。つられてパインも声をあげてわんわん泣きはじめる。

 その様子をまわりで見ていたゴブリンたちは戸惑うばかりであった



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ミライとパインが泣き止むのを待ったあと、ミックたちは部屋の片隅に転がっていた宝箱に戻り、旅を再開する。

 パインの案内で洞窟の中を進み、断崖の前に立っていた。

 吹き上げてくる風に白銀の髪をなびかせながら、パインは言う。


「ぱいや、ここから飛び降りたあと、目の前に来る崖を登れば外に出られるのじゃ」


 崖下をこわごわと覗き込んでいたパインは、ポニーテールをビックリマークのように逆立てている。


「こ……ここを降りろっていうの? 他にもっとマシな道は……」


 「ぱいや」と首を左右に振るパイン。


「ほんとに? ウソを付いてるんじゃないでしょうね?」


「ぱいや、外に出る道筋はここ以外には無いのじゃ。この先は、横から見ればちょうどUの字型をしておる、たいへん険しい道のりなのじゃ」


 ミックは特に疑う様子もなかった。


「じゃあパインお姉ちゃん、僕らはもう行くね」「にゃっ」


「ぱいや、わかった。本当なら余もミック様についていきたいところなのじゃが、まだ外に出られるだけの力が無いのじゃ。翼があれば、こんな崖もひとっ飛びなんじゃがのう」


「いいよ別に。でも僕がいなくても、僕の言ったことはちゃんと守ってね」


「ぱいや、わかった。あるじの掟は絶対なのじゃ。もう人間は襲わないから安心するのじゃ」


 パインは嬉しいような悲しいような、複雑な表情を浮かべていた。


「ぱいや、余は生まれてこのかたいちども首を噛まれず、王の座を守ってきたのじゃ。そして魔王と呼ばれるほどになった。そんな余がこれほどまでにやりこめられたのは、この山にいるというシンラ以来なのじゃ」


 シンラという単語に、ポニーテールをピクンと立てて反応するミライ。

 ミックはすることがあったので、パインの相手をミライに任せると、宝箱の中へと引っ込んでいった。


「パインちゃん、シンラ様のいる場所を知ってるの?」


「ぱいや、知らなんだ。でもこの山のどこかにいるというウワサだけは知っておるのじゃ。なにせ余を倒し、この山に連れてきたのはシンラなのじゃからな」


「ええっ? パインちゃんをやっつけたのって、勇者様じゃなくてシンラ様だったんだ!」


「ぱいや、その通り。完全復活の暁には、シンラにそれ相応の返礼・・をするつもりだったのじゃが……。まさかその前に、生まれて間もないようなピクシーに仕えることになろうとは……」


「魔王を手懐けるなんて……。シンラ様もすごいけど、ミックくんもすごいや……」


 ミライとパインは尊敬と畏怖が入り交じった瞳で、宝箱からふたたび顔を出したミックを見つめる。

 少女たちは知らない。彼女たちが想うふたりの人物が、同一であるということを。


 ミックは少女たちの会話などまったく耳に入っていない様子で、何やら熱心にやっていた。

 宝箱の中から、「うんとこしょ、どっこいしょ」とフライングライダーを取りだしている。


「あれ? ミックくん、なにやってるの?」


「翼があればひとっ飛びなんでしょ? だったら、これで飛んでけばすぐかなと思って」


「えっ!? 洞窟の中を飛ぶの!? そんなの無理だよ!? だいいちそのフライングライダーはひとり用だし!」


「宝箱の中に入ってれば、僕らは3人でひとり分だよ」


「ええっ!? 宝箱の中に入ったままフライングライダーに乗るの!? そんなムチャな!?」


「大丈夫、僕に任せて」


「こんな狭いところでフライングライダーなんか乗ったら、壁にぶつかって死んじゃうよ!? いくらミックくんでも無理だって!」


「じゃあ、お願いをここで使おうかな。洞窟の外でやった勝負は僕の勝ちだったから、ミライお姉ちゃんは僕の言うことをなんでもひとつ聞いてくれるんだよね?」


「えええーーーーっ!? ず、ずるいよ! そんなことにお願いを使うなんて……!」


 戸惑うミライをよそに、ミックとロックはすでにフライングライダーのコントロールバーを持って、今にも飛び出そうとしている。

 ロックに至っては、ちっちゃなゴーグルまでして準備万端。


 その間に挟まれていたミライはグイグイ押されても踏ん張って抵抗していたが、やがて、ミックに大マジメな顔で言われる。


「大丈夫、ミライお姉ちゃんのことは、僕が守ってみせるから」


 そして「ねっ!」と、不意討ち気味のウインク。

 思わず「えっ」と、頬を染めてしまうミライ。

 その脱力した一瞬のスキを見逃さず、ミックとロックは崖っぷちを蹴って飛ぶ。


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 いつもの驚愕をドップラー効果のように響かせながら、一行は魔王少女の前から旅立っていった。

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