16 はじめての恋

16 はじめての恋


 ミライは充血した瞳と、かっと赤くなった顔でミックの横画をを見つめていた。



 ――だ……ダメだ……! 完っ全に、好きになっちゃった……!


 わたし……あの人以外は、なんとも思ってなかったのに……。

 あの人・・・以外の男の人にはぜんぜん興味なくって……。

 隣国の王子様どころか、あの勇者様に告白されても、ちっともときめかなかったのに……!


 ミックくんには告白すらされてないのに……。

 こうしてそばにいるだけで、心臓が破裂しちゃいそうなくらいにバクバクしちゃってる……!



 無理もない。

 いま少女が置かれているのは、一歩間違えれば墜落という危険なタンデム飛行の真っ最中。

 死と隣り合わせだというのに、その隣には遊園地のアトラクションのように楽しんでいる男の子がいるのだ。


 吊り橋効果をこれほどまでに発揮されるシチュエーションも、そうそうないだろう。



 ――わたしって、こんなに惚れっぽい女の子だったっけ……!?



 少女は恋い焦がれると同時に困惑していたが、その答えは出ないまま現実に引き戻される。

 フライングライダーが狭い通路を抜け、広場のような洞窟へと抜けたためだ。


「にゃっ!」


 ロックが天高く肉球を掲げる。

 そろって顔をあげると遥か頭上に、青空を切り取ったようにぽっかりと開く風穴が見えた。


「……あれが、洞窟の出口だ!」


「でも、かなり上のほうにあるよ!? 滑空じゃ、あそこまでは飛べない! 上昇気流がないと無理だよ! いったん降りて……!」


「いや、このまま行かなきゃダメだ! 下を見て!」


 ミライが視線を落とすと、そこには白骨死体の海を泳ぐ巨大な蛇の姿が。

 まるで海を走る船の波跡のようにうねり、フライングライダーの後を付かず離れずマークしている。

 時折ぐわっと口を開き、フライングライダーごと飲み込もうとジャンプしていた。


「ひ……ひぇぇぇぇーーーーっ!? ど……どうしよう!? ミックくん!? このままじゃ、食べられちゃうよ!?」


 そうこうしている間にも、目の前には行き止まりの壁が迫ってくる。

 前門の壁、後門の蛇。これまで幾多の困難を乗り越えてきたミックでも、さすがに手詰まりかと思われた。


 しかしミックはあきらめない。なにか使えるものがないか、あたりを見回す。

 壁まであと数メートルというところで、ついに見つける。


「ミライお姉ちゃん、これ借りるよ!」


 ミックが手に取ったのは、ミライの腰に付けられていた手投げ弾であった。


「あ……! それで蛇さんをやっつけるんだね!?」


「それもあるけど……まあ見てて!」


 ミックは手投げ弾の安全装置を外すと、壁に激突する寸前で地面に向かって投げた。

 足元から起こった大爆発。轟音に洞窟全体が激しく揺れ、爆炎が噴き上げる。

 消し炭になった大蛇と粉々になった白骨が噴煙となって舞い上がり、フライングライダーを上昇気流に乗せていた。

 見えない糸に引っ張られるかのように、ぐんぐんと上昇していくミックたち。


「いやっほーっ!」「にゃーん!」


 少年と猫は、遊園地の絶叫マシンに乗っているかのように大はしゃぎ。

 レベルアップのファンファーレが、なおさらアトラクションっぽさを演出していた。


「あ……! あああっ……!?」


 そして少女は見ていた。少年の横顔に、あの人・・・の面影を。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ミライはアルテッツア国王の娘、すなわち王女である。

 彼女は幼い頃から好奇心旺盛な性格で、たびたび城を抜け出しては付き人たちを困らせていた。


 しかしそのおてんばが災いし、5歳の頃に邪教団にさらわれ、生贄にされたことがあった。

 ミライは火山の地下にある、マグマに囲まれた高台の儀式場ではりつけにされる。

 噴き上げてくる熱気で拷問のように肌を焼かれ、泣き叫んでいた。


「い……いやっ……! 熱い! 熱いよぉ! 助けて! パパ、ママーっ!」


「ふはははははは! ここは我らの秘密の儀式場! 何人たりともこの場所は知らぬ! ミライ姫よ、好きなだけ泣き、好きなだけ喚くがいい! この赤いバラのようなマグマは、我らよりの手向けだ!」


「教祖様! あれを!」


 信者が指さした先は、マグマの続く広大な洞窟。

 その中を、一機のフライングライダーが飛んできていた。


「な……なにっ!?」


 邪教団が驚く中、フライングライダーは磔台のそばに着地、乗っていた青年はそそくさとミライを解放する。

 青年とミライを、邪教団のメンバーが取り囲んだ。


「シンラ! また我々の邪魔をしに来おったのか!? どうしてここがわかったのだ!?」


 シンラと呼ばれた青年は、ボサボサの長い髪に、瞳が見えないほどにぶ厚いグルグルメガネをかけていた。

 服装は古びた魔術師のローブで、サイズがまるで合っておらずぶかぶか。


「いえ、別に……。この新型のフライングライダーのテストをしてたら、ぐうぜんここに……」


「き……貴様ぁ~! いつもヌケヌケと……! だが今日こそは逃げられんぞ! フライングライダーは滑走路が無ければ飛べぬのだからな!」


「あ……知ってました? その通りなんですよね……。だから、どうやって逃げようかなと思いまして……」


 怯えるミライを抱っこしたまま、「まいったな……」と後ろ頭をボリボリ掻くシンラ。

 絶体絶命のピンチにもかかわらず、それはまるでコーヒーをこぼした時のようなリアクションだった。

 彼は拭くものがないか探すように、あたりをキョロキョロ見回していたが、


「あ、いいことを思いつきました……」


 そう言うなり、シンラは信じられない行動に出る。

 何のためらいもなく、眼下のマグマへと身を投げたのだ。


「えっ……えええっ!?」


 消え去ったシンラを追って、崖っぷちに殺到する邪教団たち。

 次の瞬間、爆音とともに急上昇するフライングライダーを目の当たりにした。


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 シンラはミライを抱いたままマグマに向かって急降下し、爆炎魔法を放っていたのだ。

 猛烈な上昇気流を受け、フライングライダーは一瞬にして火口から外へと飛びだしていた。


 ミライは一瞬の出来事だったのでなにが起こったのかわからず、目をぱちくりさせるばかり。


「お姫様、なかなかの景色だとは思いませんか……?」


 シンラにそう言われて、ミライは周囲に澄み切った青空が広がっていることに気づく。

 ミライは高いところは大好きだったが、まだ先ほどまでの怖さが残っていて、心から楽しむことはできずにいた。


「どうやら赤いバラが、よっぽどお気に召さなかったようですね……。では、こんな青い花はどうでしょう……?」


 シンラがパチンと指を鳴らすと、眼下に広がっていた草原に、青い勿忘草わすれなぐさが咲き乱れる。

 それはどこまでも広がっていき、大地を一面の青で埋め尽くしてく。

 空と大地のふたつの青。世界の境目がなくなったような絶景に、ミライは目も口も、心をも全開にしていた。


「うわぁぁぁぁぁーーーーっ! すごいすごい、すごーーーーいっ!!」


 それが少女にとっての、初恋の人との初めての出会いであった。

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