第5話 戦士クラス冒険者①

 とある昼下がり。武器屋で小一時間もの間、剣を物色している男がいた。


「うーん、アッチもいいけど、コッチも捨てがたい」


 立派な鎧を身に纏っているこの男は戦士職の冒険者。モンスターと戦う事が多い冒険者にとって武器は必需品。


「お客さん。剣をお探しで?」


 小一時間も物色していた男へ店主のオヤジが痺れを切らせて声を掛けてきた。


「ん? ああ。見た目が強そうで派手な剣が欲しくてな。五つくらいまで絞ったんだけど、中々決めれなくてな」


 探している物の特徴を聞いたオヤジはポンと手を打ち、


「それなら丁度良い物がありますぜ。こちらへ来て下せぇ」


 男をカウンターの方へ誘った。


「これなんてどうです?」

「ほほぅ」


 オヤジが内側に入ってカウンターの下から一本の剣を出して置いて見せた。


「この剣は西の国で有名な武器職人が拵えた業物でさぁ。切れ味も然る事乍ら、大剣なのに片手で持てる程軽く、装飾も派手。お客さんの希望に添える一品と思いますぜ」

「中々いいな。で、値段は?」

「お客さんの風体からしてベテランの戦士クラスの冒険者とお見受けしました」

「お、おう。よく分かったな」

「ベテランの戦士クラスの方ならこの剣を持つに相応しい。本当なら六十万マールですが、お客さんになら半額の三十万マールでお売りしますぜ」

「三十万マールか……」


 男は財布を出して中を覗いて手持ちの金を数える。


「どうします?」


 財布の中には七千マール。全く足りないのに男は、


「買う。だが、手持ちが足りない。家から金を持ってくるから待っていてくれ」

「かしこまりました、へへ」


 購入の意思を伝えて店の外へ駆け出した。

 息を切らす男が訪れたのは自宅ではなく、カプリス達の事務所『鬼娘』。

 貯金など一マールもない男は自宅のポストに入っていたビラを頼りに鬼娘へ金を借りに来たのだ。


「ここで合ってるよな? ドアプレートだけど一応看板もあるし……」


 恐る恐るノックすると間もなくしてドアが開かれ、テメリテが顔を出す。


「い、いらっしゃいませぇ……」

「あの……融資をお願いしたいんだけど」

「お客さんですね。ど、どうぞ、こちらへ」


 オドオドするテメリテに招かれて男は中へ入る。

 右手にテーブルを挟んでソファーが向かい合わせに設置されていて、左手にはデスクが三つ横並びであり、その内二つにルグレとアペティが座っている。

 そして正面にはカプリスのデスクがあって、深々と椅子に座って男を見ていた。

 男を引き連れてカプリスのデスクの前まで来たテメリテは、


「ボス。お、お客さんですぅ……」


 軽い紹介だけしてそそくさと自分のデスクへ戻って行った。


「用件を聞こうか」

「ビラを見て来たんだけど」

「どこかから借りてる? 嘘を吐いてもバレるから正直に言ってくれ」

「隣町の金融屋二件から百万ずつと冒険者組合から五十万の合計二百五十万くらいかな」

「名前と職業は?」

「名前はリッシュ・カロー。戦士クラスの冒険者だ」


 借入れと名前、職業を聞いたカプリスはルグレへ目配せをした後、


「とりあえずそっちで話をしようか。おい、アペ。お茶を用意しろ」


 席から立ってソファーの方へ促した。

 お茶を用意する為にデスクから離れたアペティと同じタイミングでルグレが事務所を出て行く。

 テーブルの方へ移動して向かい合わせで座り、アペティの淹れたお茶が到着してから話を始める。


「立派な鎧だねー、リッシュさん」

「お、わかるか? この鎧は剣をも通さない硬い甲羅持つ事で有名なモンスターの甲羅を加工して作られた鎧だ。オレほどの冒険者になるとこれくらいの装備を身に付けていないと様にならなくてね」

「へぇ〜。リッシュさんは腕の立つ冒険者なんだね〜」

「ま、まぁな。凶暴な猛獣だけでなく、ドラゴンとだって戦って倒した事もある」

「凄いじゃん。でも、そんなに腕が立つなら何で借金なんかを?」

「装備だよ」

「装備?」

「武器や防具は攻撃や防御だけ出来ればいいってもんじゃない。見た目も必要なのさ。例えば同じモンスターを倒したにしてもボロい装備と煌びやかな装備とではカッコ良さが違う」

「そんなもんなのか?」

「このカッコ良さは後の自分の知名度にも繋がる。他の例えだと、ただ町を歩いているだけでも見た目の良い装備を付けていればやり手に見える。そういう所に気を使えない冒険者は名も上がらないし、みすぼらしい格好の奴は名指しの依頼なんてのも少なくなるってもんさ。だから良い装備を買う金をここへ借りに来たんだ」

「ふーん。冒険者も大変なんだなー」


 カプリスがリッシュの与太話に付き合っていると事務所のドアをそーっと少しだけ開けて、隙間からルグレが視線を送る。


「おっと、そういえば金を借りに来たんだったな。世間話はここまでにしとくか。ちょっと審査するからお茶を啜って待っててくれ。アペ、お茶のおかわりを」

「承知!」


 アペティにリッシュの接客を任せたカプリスは事務所を出て通路で待っていたルグレから数枚の紙を受け取って目を通す。


「ふーん、なるほどなー」


 その紙にはリッシュの情報が記載されていた。ルグレはこの短時間で冒険者組合に登録されているリッシュの登録情報と金融屋への照会を済ませた上に纏めてきたのだ。


「これを人数分複製しておいてくれ」

「わかりました、長」


 ルグレへ紙束を返したカプリスは事務所へ戻ってソファーに腰を下ろしリッシュへ笑顔を向けた。


「リッシュさん、審査が終わったぜ。融資するよ」

「ふぅ、よかったぁ……」

「で? いくら欲しいんだ?」

「えっと、三十万……」

「ウチの初回融資額は十万までで、利息は三日で三割だ」

「え? ビラに書いてある金額と違うじゃん」


 融資上限額を聞いたリッシュは焦って腰に付けている道具袋からクシャクシャになったビラを出し、広げてテーブルへ置いて書かれている物を指さした。


「ほら、ここ。即日百万まで融資って書いてあるじゃないか! それに利息も全然違う! 三日で三割なんて暴利だ!」

「それは信頼関係を築いたお客さんならって意味だ。何の信用もない新規のお客さんに低金利でポイポイと百万を融資していたら、あっという間に潰れちまうからな。それにアンタはウチが闇金とわかった上で金を借りに来ているんだろ?」

「そうだけど……じゃあ、オレはどうすれば……」


 肩を落としてしょんぼりするリッシュへカプリスはある提案をする。


「まぁそうしょぼくれるな。何も融資しないと言ってるわけじゃない」

「でも十万までなんじゃ……」

「通常ならな。だが、条件次第では新規でも十万より上の額を融資する」

「条件?」

「リッシュさんの場合なら担保だ。アンタの冒険者プレートを担保にするなら、三十万の融資をしていいぞ」

「プレートを担保に……」


 リッシュは少し考える。そもそも冒険者の持つプレートとは、その冒険者の職業とランクの証。これが無ければクエストを遂行しても一般人扱いされて報酬金が二割になる。

 例えば依頼主が一万マールで組合に依頼したクエストの場合、その半分を組合が運営費として受け取って残りの半分を冒険者への報酬金にあてられ、一般人ならその二割の一千マールという事になるのだ。

 一回のクエストでの稼ぎが減るなら回数をこなさないと返済や生活が出来ない。

 考えた結果、


「わかった。プレートを担保にする」


 リッシュは道具袋からプレートを出してテーブルに置きカプリスへ視線を向けた。


「潔いな。流石は冒険者。リッシュさんの潔さに免じて初回手数料と利息は無しにしてやるよ」

「おおー! それはありがたい! で? 契約書は?」

「それはもう出来ている」


 カプリスは谷間から湿気った四つ折りの紙を出して見せた。


「ウチ特製の契約書だ。貸し手が借り手の同意を得られた時にその内容が記載される。因みに言っておくが、この契約書は声紋も記録しているから、知らぬ存ぜぬは通らねぇぞ」

「あ、ああ」

「じゃ、契約成立って事で。金を持ってくるから少し待ってろ」


 席を立ったカプリスは自室から札束を持ってきてリッシュの前に置く。


「ほら、三十万だ。三日後に返済をしに事務所へ来い。来なければアンタの所へ取り立てに行った上にそれに掛かった費用と迷惑料を乗せて徴収する」

「わ、わかったよ」


 置かれていた三十万を掴んでそそくさとリッシュは鬼娘の事務所を後にした。

 リッシュが去った事務所でカプリスは従業員を集めて指示を出す。


「ルグレ、奴が借りている金融屋と組合の同行を探って俺に報告しろ」

「わかりました、長」

「リテは奴の身辺調査。ヤサだけでなく、親族から友人まで調べろ」

「りょ、了解ですぅ……」

「アペはルグレとリテのサポートだ。二人が回れない分の取り立てをしろ」

「はい! 親分! ……あのー、ちょっと聞いていいだべか?」

「何だ?」

「ルグ姉の持ってきた資料を見たんだけども、何であの冒険者に金を貸しただべ?ランクは下から二番目でクエストもショボイ物しか受けない上に借金塗れ。どう考えても利益を出すどころか元金の回収すら無理だでな」


 ルグレが持ってきたリッシュに関する資料をカプリスがリッシュと話をしている間にアペティとテメリテも目を通していた。

 そこに記載されていた情報にはリッシュの冒険者としてのランクや功績の他にどこで幾らの債務をしているかの情報もある。

 アペティは内容を見て尚且つ担保ありでも、リッシュへ新規の上限を超えた挙句に初回手数料と初回利息を取らずに融資したのかわからなかった。


「それが出来るんだよ。アイツの性分ならな」

「性分?」

「ルグレが情報を持ってくるまでに雑談をしていただろ? あれはそいつの言動から性分を探る為にやっていた。言動から割り出したアイツの性分は見栄っ張り」

「見栄っ張りだと何かあるんけ?」

「見栄っ張りは周りの目を気にして自分を良く見せようと誇張する。プライドは高いが自分に自信がない奴が多く、それ以外にも他者に認めて貰いたかったり優位に立っていたいという気持ちが強い奴もいる。リッシュは典型的な見栄っ張りだ。そこを利用する」

「どうやって利用するんだべ?」

「まぁ見ていろ。すぐにわかる」


 事務所で企てられているとも知らず、リッシュは借りた三十万を手に武器屋へ向かって走っていた。

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