第4話 闇金『鬼娘』②

 次にカプリス達が到着したのは店舗は小さいけど値段が高い飲食店。


「遅めの昼飯け?」

「昼飯は事務所に行く前に食っただろ。ここへ来たのはケツモチ気取りの金食い虫に会う為だ」

「あー、さっきの店で言ってた奴だべか」

「そうだ。これから会う奴はここらを仕切ってる裏組織『ブラスト』のボス、ゴルドという男だ。いいか? 店に入ったら一言も喋るなよ? 奴は狡賢いからちょっとした言葉で弱味を握られてしまう可能性がある」

「わかっただす」


 店内へ入ると正面奥のテーブル席にだけ客が居るのが見える。

 テーブルに着いているのは一人。その後方にはイカつい男が二人横並びで立っていた。


「よぉ、金融屋の嬢ちゃん」


 テーブルの前まで行くと器の外に零しながら汚く食事をしていた一見、好青年に見える男が食事の手を止めてカプリスへと顔を向ける。


「こんにちは、ゴルドさん。用があると思って顔を出したのですが」

「おー、よくわかったな」

「アフロから聞きまして」

「アフロ? あー、アイツか。そーか、そーか。まぁ立ち話もなんだから、座ってくれや」

「はあ……」


 立ち話で構わないと思いつつも話が進まなさそうだから嫌々向かいの椅子に座るカプリス。


「もう一人の嬢ちゃんは座らずにいるとは躾がいいな。初めて見る顔だが新人か?」


 視線をアペティに向けて喋りかけるもアペティは言い付け通りに口を開かない。


「おい、テメェに聞いてんだぞ? そのデケェ獣の耳は飾りか?」


 ゴルドはアペティの身体を指摘して煽り、反論を待っていたがアペティは動じす真っ直ぐ前を向いたまま目線すら合わせない。


「この駄猫が……」


 更に煽りを加えるべくゴルドが言葉を続けようとした時、


「ゴルドさん。そんな事より早く用を聞かせて貰えませんか? まだ今日やる仕事が残っているので」


 遮るかたちでカプリスが言葉を被せた。


「あ? ……そうだな、その話をするか。贔屓にして貰ってる貴族のご子息が近々、五歳の誕生日でな。祝う相手が子どもでも貴族だから安物を持っていくわけにもいかねぇ。だが、こっちはこっちで最近出費が多くてな」

「なるほど。だから、金を用意しろと?」

「察しが良くて助かるぜ。一週間後までに五百万マール用意してくれや」

「ウチの金利を知っていて借りるというのですか?」

「違う、違う。借りるんじゃなくて、俺様は用意しろと言ったんだ」


 ゴルドの言葉は借用ではなく、譲渡しろという意味だった。


「ゴルドさん、勘弁して下さいよ。ウチは四人ぽっちでチマチマと小銭を稼いで分けあって細々と生活してるんですから。五百万ってだけでもキツいのに一週間なんて……飯も食わずに働けと?」

「食いながら金集めをすればいいじゃないか。この間、廃業したパン屋を貴族から一千万で買わされたから、それをやるよ。パンを作って持ち歩けばどこでだって飯は食えるだろ」

「無茶言わないで下さいよ。最近は衛兵に走ったり、飛ぶ奴が多くて苦しいんですから」

「なら、パン屋もやればいいだろ」


 業種や広さにもよるがこの国での居抜き物件の売値相場は平均三百万マール。ゴルドが提供してきたパン屋は平均より下の百五十万マールの価値しかない。それを五百万で押し売りされたようなものだった。


「そう言われましても……」

「これはパン屋の権利書だ。頼んだぞ、カプリス」


 ゴルドは権利書をテーブルに置き、取り巻き二人を引き連れて店を出て行った。


「クソ野郎が」

「親分……」


 無言無表情から一転して不安気な顔をして声を発するアペティにカプリスは怒りの表情から笑顔に切り替えて返した。


「心配すんな、必ず仕返ししてやるから。それより良く耐えたな。偉いぞ、アペ」

「親分の言い付けがなかったらダメだったでな」

「そうか」

「親分。これからどうするだか?」

「やる事が増えちまったから予定変更だ。今から売り付けられたパン屋の内見をして事務所に戻る」

「事務所に? 取り立てや貸付けはどうするべ?」

「ルグレとリテが対応する」

「姉さん方が? でも、内見して事務所に戻ってからだと遅くないだか?」

「そうだな。だから、今ここで連絡するのさ。丁度いいからお前に使い方を教えてやる」


 カプリスはアペティに左手を見せる。


「親分、生命線短ぇな」

「んなもん、どーでもいい。指を見ろ」

「指? 指輪をしてる以外、変わった所がない綺麗な指だでな」

「そう指輪だ。この指輪はリテが作った魔具で俺達の連絡手段だ。連絡手段と言っても大まかな状況や指示を伝える事しか出来ないが」

「こんな便利な物を作れるなんてすげぇな〜」

「お前にもあげるから使い方を覚えろよ」


 カプリスは左手を見せたまま右手での人差し指で指輪を一つずつ指さしていく。


「この指輪は特殊な金属に魔法がかかっていて伸縮自在。どの指に付けてもフィットして本人にしか外せない仕組みだ。色は赤、青、緑の三色。色によって送る信号が違う。ここまではいいか?」

「大丈夫だでな」

「よし。では、親指に付けている赤から。赤は緊急事態。送信者の身に何かしらの危険が起こった時の信号だ。これが送られてきた場合、速やかに顧客情報を持って身を隠せ」

「赤は緊急事態だすな」

「次に人差し指の青。こいつは予定が狂った時だ。受信者が送信者の予定を埋めに行く。そして、最後に中指の緑。これは救援信号。人手が欲しい時に送るものだ」


 指輪の説明を終えるとカプリスは谷間から取り出した物をアペティへ差し出す。

 差し出された物を受け取ると指輪以外に一センチ程の丸い透明な水晶が取り付けられたペンダントがあった。


「これは何だべ?」

「そのペンダントの水晶は送受信機だ。送信は指輪を水晶に五秒以上当てれば信号を送信出来、返信も同じようにすればいい。そして当てる回数で返信者の数も決めれる。受信の場合は送られてきた信号の色に染まって淡く光り、水晶内に登録された指輪の持ち主の名前が浮かび上がる仕様になっている。説明は終わりだ。アペの情報は登録してあるから付けてみろ」


 アペティは好きな指に指輪を装着してペンダントを首に掛けてそれらが目立つ様にポーズをとって見せた。


「どうだべ? これでアタシも都会人に見えるだすか?」

「あー、見える、見える。んじゃ、丁度予定が狂ったから信号を出す所を見せてやる」


 カプリスは説明通りに水晶へ青の指輪を当てた。五秒が経つとアペティを含めた従業員全員の水晶が信号を受信。


「おおー! 本当に色が変わって光ったべ。名前も浮き出ているべな。すげぇな」


 暫くすると光りが点滅してカプリスとルグレの名前が点滅に合わせて交互に表示される。


「ついたり消えたりしてルグ姉の名前も出てきたでな!?」

「それが返信された時の反応だ。返信して二分間点滅してから消える。ただ、決めた数の返信がない場合は光が消えないって事をちゃんと覚えておけよ」

「忘れねぇようにするだす」

「じゃ、店を出るか」

「はい! 親分!」


 席を立ちカプリスが出口へ向かうと、


「あのー、すみません」


 女店員に声を掛けられた。


「何だ?」

「お連れ様のお食事代を……」

「連れ?」

「はい。先程、出て行かれた男性のお食事代です」


 女店員に会計伝票を渡されて目を通すと、合計八万二千マールと書かれていた。

 廃業したパン屋だけでなく、ゴルドは食事の会計までカプリスに押し付けていったのだ。

 渋々会計をしたカプリスは店を出ると眉間に皺を寄せて、


「クソ野郎が……」


 ポツリと零してアペティと共にパン屋の内見へ行って事務所へ戻った。

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