第3話 債務者

 両開きのドアを潜ると、割と広いエントランスや正面のカウンターの両脇の階段から上がった二階の吹き抜け通路に何人もの薄着の女性が居た。


「なんだべ? この甘い匂いは」

「ここの女どものタバコの匂いと店内で焚いている香の匂いが混ざったものだ」

「鼻が曲がりそうだべ」

「匂いで気が散るなら鼻を摘んでいろ」


 甘ったるい匂いに包まれるエントランスを進んで階段横にある扉を潜る。


「ん? おやおや〜? カプリスちゃんじゃないの〜。やっとウチで働く気になった〜?」


 扉の先の部屋へ入った途端、ゴージャスなソファーに座って葉巻をふかしながら両脇に綺麗な女性を抱く細身でアフロの男性が軽い物言いでカプリスへ話しかけてきた。


「ちげーよ。何度言ったらわかるんだ、取り立てにきたんだよ」

「何度でも聞くさ〜。カプリスちゃんがウチで働けば確実に大金を稼げるからね〜。金融屋なんかでチマチマ小銭を稼ぐより、ウチにきた方がオイラもカプリスちゃんもウハウハになれるからね〜」

「テメェの店で働けば三年もしない内に廃人なるだろ。与太話してねぇで早くレコをここへ連れて来い、クソアフロ野郎」

「今日もご機嫌斜めだね〜。すぐ来させるからお茶でも飲んで寛いでてよ」


 アフロの男性が指をパチンと鳴らしすと奥にあった別のドアから大男が2人顔を覗かせた。アフロの男性が手でサインを送ると1人がカプリス達にお茶を用意し、もう1人がレコと呼ばれる債務者の所へ向かう。

 カプリスとアペティはアフロ男性の向かいにあるソファーへ腰を下ろして用意されたお茶を手に取りカップを傾ける。


「そういえば、カプリスちゃん」

「何だ」

「ウチのボスからカプリスちゃんが店に来たら、ボスの所に顔を出せって伝えろって言われててね〜」

「またか」

「ちゃんと伝えたからね。くれぐれもすっぽかさないでよ〜? ボスを怒らせるとこの町には居られないから」

「チッ。めんどくせぇな」

「それはそれとして。そっちの子は?またウチで働かせたい子?」

「ちげーよ。コイツは俺んとこの新人だ。町で見掛けても絡むなってテメェらの組織の連中にも言っておけ」

「相変わらず冷たいね〜」


 そうこうしてるうちに奥のドアがノックされ、部屋に大男と若くて艶めかしい女性が入ってきた。


「おう、レコ。この半年で随分見た目が変わったな」

「カプリスさん、すみません。態々来てもらって。これ、今月の分です」


 レコが差し出した札束を受け取ったカプリスは数えてレコへ笑顔を向ける。


「ひー、ふー、みー……ちゃんと10万あるな。後、半年で完済だから頑張れよ」

「はい、ありがとうございます。では、仕事があるので失礼します」


 レコが部屋を出て行くとカプリスは札束を胸の谷間に入れてソファーから立つ。


「あら? もう行っちゃうの? カプリスちゃん」

「用は済んだからな。テメェと違って俺は忙しいんだ」

「そっかー。また暇な時に来てねー」

「暇が出来ても来ねぇよ」


 カプリスとアペティは風俗店を出て次の場所へと向かった。

 次の場所への道中、アペティはカプリスへと質問を投げかける。


「親分。さっきの人達と色っぺぇ女の子は何だすか?」

「奴らはこの辺りを牛耳ってる裏組織の傘下でレコはウチの借金を返済させる為にあの店に売った女だ」

「裏組織? ウチのケツモチって事だすか?」

「ウチにケツモチは居ねぇよ。ウチの金目当てで勝手にケツモチをしてる気分になっているハイエナ野郎が奴らだ」

「そげな奴の所に何故、女の子を売るだか?」

「まぁ売ってるのは女だけじゃないんだが、いい所に気が付いたな。俺らはいがみ合っているが金だけの関係性で言えば持ちつ持たれつでWIN-WINなんだ」

「いがみ合っているのに持ちつ持たれつ?」

「事務所に金を借りにきた中年男が居ただろ?」

「さっきの店に居た奴だでな?」

「そう。中年男は女を買いにウチで借金をする。その金を女、つまり店に落とす。そしてアホな中年男はまた女を買う為にウチで借金をする。客が1回で落とす金5万を女に4割渡し、店が6割取る。女はウチの債務者。中年男は3日後に利息だけを払ってジャンプする。利息は3回取れば初回手数料と合わせて元金は回収出来る仕組み。それとは別に女の方はウチが損をしないで尚且つ女女が無理なく返済出来るように金利と返済日を緩めて利息を含めた額を払わせている。それをサイクルさせるんだ」

「なるほどだべ」

「まだ納得すんじゃねぇよ。これだと利益を得るには少ない。だから、紹介料として店が取る6割を店とウチで取り半にしているんだ」

「あれ? でも、それだと女の子は無理する事はねぇが、高い金利と厳しい日数のままの末端の中年男が利息を払えなかったらどうするんだべ?」

「何がなんでも取り立てる。だが、どうやっても払えない奴は必ずいる。そこで出てくるのは裏組織の連中だ。奴らにパンクした債務者を売りつけて損害金の回収をする」

「売られた人はどうなるだか?」

「知らねぇよ。でも、検討はつく。死んだ方がマシな仕事をやらされるって事くらいだがな」

「じゃあ、あの女の子も……」

「レコは違う。あの店で働かせている女はマシな方だ。債務額がある程度あって払えない女はあの店へ売りつけて完済させる」

「それなら良かっただ」

「まぁ完済しても元の生活に戻れるとは限らないがな」

「それでも良かっただべ。少しでも救いがあるなら」

「救い……か。あまり甘い考えを持っていると足元をすくわれるぞ。『すくい』なだけにな」

「親分、上手い!」

「褒めてねぇでキビキビ歩け。仕事はまだあるんだからな」

「はい! 親分!」

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