第2話 闇金『鬼娘』①

 商店等が建ち並ぶ大通りの裏手通りにあるカプリスの事務所。

 二階建ての事務所は廃業した宿屋をそのまま使っている。

 闇金融はこの大陸では違法。堂々と事務所を構えればすぐにお縄にかかってしまう。

 看板を掲げなければ事務所かどうかもわからない。そこで宿屋を買い取って集合住宅として国へ申請し、堂々と看板を出している。

 その名も『鬼娘おにむすめ』。

 集合住宅の皮を被った闇金融事務所。

 元の宿屋はカプリスから金を借りた事から全財産を巻き上げられ店まで取り上げられるまでに至った。

 そして、今日。この事務所に新たな住人がカプリスに連れられてやってきた。

 事務所や住居スペースは二階。階段を上がって突き当たりの大部屋が事務所。

 事務所のドアにはわかりやすくする為に『鬼娘』と書かれたドアプレートが貼り付けられている。

 ドアを開け放って入るカプリスの後に続く新人。室内には数人の小汚い中年男性が鼻の下を伸ばして目の前のデスクにいる女性をジロジロと見ながら立っていて、男性達に目もくれずデスクワークをしている伏せ目でショートカットの金髪女性がいた。


「おう、おはよう! 諸君!」


 大きな声で挨拶をするカプリスへ視線が集まり、デスクに向かってひたすら書類を書き込んでいた金髪女性がデスクから離れてカプリスの前に立ちはだかった。


「『おはよう』じゃないですよ、おさ。今、何時だと思っているのですか?」

「すまん、すまん。ちょっと急用が出来てな」

「はあ……またですか」


 金髪女性は呆れた様子で溜息を零した後、気持ちを切り替えたかのように言動を元に戻すと、


「内容は後で聞くとして……兎に角、長のお客さんが待っているので早く対応して下さい。舐め回すように見られて気持ち悪いので」


 少し横へズレて半身になり、道をあけてカプリスを促す。


「悪い、悪い。んじゃま、お前ら。俺の机の前へ順番に並べ」


 新人をドアの所に残したままカプリスは正面奥にある自分のデスクへ行って椅子へ腰を下ろすと、足をデスクへ乗せて足首辺りを交差させてふんぞり返り並んだ中年男性へ視線を向けた。

 並んだ中年男性達は全員お得意様。つまり、債務者だ。

 この中年男性達への貸付け金額は十万マール。そこから手数料一万マールと契約時に設定した利息の一回分三万マールを差し引いた六万マールを渡していく。

 金を受け取るとだらしない顔をして軽い足取りで事務所を出て行く中年男性達。

 客が事務所から居なくなるとカプリスは金髪女性へ指示を出した。


「おい、ルグレ。リテのアホを連れて来い。どうせ、まだ寝てるんだろ?」

「わかりました、長」


 金髪女性『ルグレ』はカプリスの指示に従いすぐさま『リテ』と呼ばれる女の子を事務所へ連れてくる。

 寝起き丸出しの寝癖頭の女の子と対照的なビシッと決めているルグレを両脇に立たせ、カプリスはずっとポカンとして立ち尽くしていた新人へ声をかけた。


「待たせたな、新人。まずはお前から自己紹介をして貰おうか」

「は、はい! タヤ村から来ますた、アペティだす。よろしくおねげぇすます」


 深々と頭を下げるアペティの容姿や言動を見てルグレがまた大きく溜息を吐いた。


「はあ……この田舎猫いなかねこをウチで働かせるのですか……」


 アペティを田舎猫と言ったのは揶揄やゆではなく事情。タヤ村は大陸の遥か東の山奥にある人口二十人程度の村で世間から隔離されたような超田舎。そして、あからさまに田舎者っぽい服装のアペティは山猫の獣人。パッと見は人間だが、頭に猫耳、腰の付け根からは尻尾が生えている。


「まぁそう嫌な顔をするなって。オラ、新人が自己紹介をしたんだからお前らもしろ」


 カプリスに促され、両側の二人はアイコンタクトを取り、先にルグレが口を開いた。


「では、私から。歳は長の二つ下で十八。名はルグレ。以上だ」

「十八歳!? アタシの二歳上だすか!?」

「む? 私が十八だと何かおかしいか?」

「い、いんや、もっと歳上に見えたもんで……」

「ふむ、そうか」


 実際、アペティが言うようにこの事務所内に居る者の中でルグレが一番歳上に見える。それは彼女の身長が百六十五センチと一番高い事と落ち着いた雰囲気を纏っているのが起因していた。


「つ、次はボクの番ですねぇ」


 ルグレの話が終わったのを見計らって寝癖頭の女の子がオドオドして目を泳がせながら自己紹介を始めた。


「ボ、ボクはテ、テメリテ……ですぅ。と、歳はこう見えて二十二歳ですぅ……見た目詐欺ですみません……」

「こつらこそ、何かすまねぇだ」


 逃げ腰なテメリテの外見はカプリスと背丈が変わらない引きこもりの少女。肌は青白く眠そうな目には隈。ボサボサの髪は滅多に切らないのか脹脛ふくらはぎ辺りまで伸びていて、服もかなり大きめのシャツ一枚で股下まで隠している。

 腰の低いやり取りの後、カプリスが言葉を放つ。


「最後は俺だな。スカウトした時に言ったが、敢えてもう一度言うぞ。俺がこの金融屋『鬼娘』のあるじ、カプリスだ。ようこそ、ペティ」

「ペティ?」

「愛称だ。ペティも俺たちの事を好きに呼んでくれ」

「わかりますた、親分」

「親分って……何だか族のかしらみたいだな」

「ダメだすか?」

「いや、構わん。それより早速、仕事を覚えて貰おうと思うんだが……ルグレ、お前がペティに仕事を教えろ」

「嫌です。長が勝手に拾ってきたんですから、長が面倒をみて下さい」

「ボ、ボクもルグちゃんに賛成ですぅ……」

「親分直々に教えて貰えるだか!?」


 冷ややかな目と期待を込められた目に見られてカプリスは観念した。


「わーったよ。俺が教えるよ」


 気だるそうに椅子から立ち上がったカプリスはドアへ向かい、アペティへ手招きをする。


「言葉だけで説明するより、見た方がわかりやすい。まずは貸付けと取り立てを教えてやるからついてこい」

「はい!親分!」




 カプリスがアペティを引き連れてやってきたのは事務所から南にある王都南西の比較的に治安の悪いエリア。

 家や店は古く、路上にはガラの悪い輩や小汚い格好をした者達が多く行き交う。

 その中に先程、事務所で金を貸した中年男性が数人見受けられた。


「親分。ここは何だすか?」

「ここか? 王都南西。ここら一帯は水商売や風俗店が多く存在する。取り締まりも緩く、裏組織の連中や違法者が堂々としていられる場所だ」

「聞くからに危ねぇとこだなぁ。取り立てと貸付けって言ってたけども、さっき貸したおじさんからもう取り立てるだか?」

「いや、アイツらは三日後だ」

「三日後?」

「ああ。アイツらはここへ女を買いに来てるのさ。昼間から借金して女遊びとはろくでもない連中だぜ。……そういえば、お前にまだウチの金利説明をしていなかったな」

「他の金融屋とは違うだすか?」

「ウチは闇金だ。金を貸して期日に返して貰うってのは一緒でも他の金融屋とは違う」

「一緒でも違う?」

「大きく分けると闇金とそれ以外の金融関係の違いは違法かどうか。当然、闇金は違法。法外な利息を取るし、そもそも違法だから国からは認められていない」

「何で態々、法を犯してまでやるだすか?」

「金だよ。生きていく為には金が必要だ。自給自足なんてのもあるが、どこかで必ず金が絡んでいる。その生きていく上で必要な金はいくらあっても困らねぇだろ? なら、俺はリスクを背負ってでも手に入れる。ま、これしか思い付かなかったってのもあるけどな」

「なるほどぉ」

「どうだ? 改めて聞いて、やっぱり違法のウチで働くのを辞めるか?」

「辞めないだす。上京してきて右も左もわからないアタシを拾ってくれた親分には恩があるだす。精一杯頑張るんで色々と教えて欲しいでな」

「そうか。なら、まずは金利からだ」


 カプリスは両手を胸の前に持ってきて指を三本ずつ立てて見せる。


「ウチの基本的な利息は三日で三割。略称は『三日三割さんざん』だ」

「三日で三割って、そりゃあ散々だでな」

「信用を得ていない客や新規に貸付ける上限は十万。そこから手数料一万と利息を引いた分を貸付ける」

「一万以下ならどうするだべ?」

「一万以下は手数料も利息も引かずに貸付けるだけだ」

「それなら毎回一万以下で借りた方が得だでな」

「そう思うだろ?」

「違うだか?」

「手数料と初回の利息は返済金に乗せるから、結果的には変わらないのさ」

「ほへ〜。よく出来てるだな〜」

「基本はこんな感じだ。細かい事はその都度教えてやる。次は取り立てだ。これは見た方が早い」

 中年男性が入っていった店へカプリスはアペティを引き連れて入った。

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