第12話 チケットの行方(1)

 翌朝、身支度を整えたテオドールが二階の自室を出て階段を下りていくと、玄関ホールで父と兄に出会でくわせた。


「父上、兄さん。これからご出勤ですか?」


 ライクス侯爵家は代々宰相の家系で、父のデビッドは現宰相、兄で跡取りのフィッツは宰相補佐官として毎朝王宮に登庁している。


「おお、テオドール。丁度良かった」


 次男の顔を見ると、父は思い出したように上着の内ポケットを探った。


「これをお前にやろう」


 差し出さてたのは二枚の紙片。


「うちが出資している劇場の芝居のチケットだ。支配人からもらったのだが、私もフィッツも都合がつかなくてな。お前が行ってくれないか?」


 ライクス家は資産家で、多くの企業のスポンサーにもなっている。その付き合いで、イベントへのお呼ばれや贈答品のやり取りが多い。


「芝居ですか……」


 正直今は芸術を楽しめる気分じゃないんだけどな、と内心ぼやきながらもチケットを受け取る。


「テオの都合が悪いなら、行きたい誰かにあげてもいい。舞台初日だから空席を作りたくないそうだ。テオは友達多いだろ? よろしくな」


 兄からも頼まれると嫌とは言えない。


「わかりました。いってらっしゃい」


 笑顔で父と兄を見送ってから、眉間にシワを寄せて考える。俺の友達に芝居に興味がある奴っていたっけ?

 チケットを確認すると、日付は次の休日だ。タイトルは……、


「お?」


 チケットに印字された見知った単語に目を留める。


(『脚本サウル・ディグスターヴ』って、エリシャ嬢が読んでいた小説の作者じゃないか)


 ということは、エリシャはこの芝居を見たがるかもしれない。


「テオドール様、そろそろ学園に行くお時間ですよ」


 玄関ホールに佇む令息に声を掛けた専属執事カルバンは、彼が手にしている紙片に気づいた。


「そちらは?」


「芝居のチケット、父上からもらった。エリシャ嬢の好きそうな演目なんだよな」


 ぼそっと呟くテオドールに、カルバン満面の笑みを浮かべる。


「ということは、エリシャ様をお誘いになるのですね?」


 しかし、


「いや」


 令息は執事の思惑とは逆の回答をする。


「エリシャ嬢は俺と出掛けたくないだろう。せっかくの舞台を楽しんでもらいたいから、これは二枚とも彼女にあげるよ」


 クッキーのお礼としてチケットを渡して、それでおしまい。

 昨日の今日でエリシャと距離を取るという決意は変わらない。

 テオドールは苦い気持ちでズボンのポケットにチケットを突っ込んだ。

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