第11話 令息と令嬢の反省会

「最近、エリシャ嬢に避けられてる気がする」


 夕方のライクス侯爵邸。学園から帰ったテオドールは、自室で頭を抱えていた。


「目が合っても逸らされるし、廊下ですれ違いかけても別方向に曲がってしまう。今日なんか、合同授業で一緒の講堂になったから隣に座ったら、さりげなく席を移動されたんだぞ?」


「それ、完全に嫌われてますね」


 専属執事ケントにズバッと言われて、令息は「うぎゃ」と机に突っ伏す。瀕死の重傷を負ったようだ。


「一体何をしでかしたのですか?」


「わからない。でもクッキーを貰った日以降、もう三日も会話してない」


 違うクラスでも、日に一度は挨拶くらい交わしていたのに。

 落ち込むテオドールに、ケントはティーセットを用意しながら、


「どこかでエリシャ様の忌諱きいに触れちゃったんじゃないですか? ほら、坊ちゃまは快活に無神経なところがありますから」


「……俺、『快活』が悪口として使われるの初めて聞いたぞ?」


 褒めの要素でけなされるなんて。


「でも、本当に心当たりがないんだよなぁ」


 肺が空っぽになるほど大きなため息をついて項垂れる。ジュースやクッキーのやり取りで、心の距離も縮まったと思ったのに。


「あまりに追いかけ回すから、坊ちゃまのストーカー気質に恐れをなしたのではないですが?」


 ケントの忌憚なき意見に、テオドールは「ぐはっ」と胸を押さえる。


「そんなにしつこくしたつもりはないんだけど……」


 心当たりがないわけじゃない。むしろありすぎる。


「少し焦りすぎたのかな」


 自嘲気味に呟く。


「所詮俺は王太子あちら側だし」


 元婚約者の親友に付き纏われても気味が悪いだけだろう。テオドールはザカリウスの乳兄弟で、こんな事態になった今でも一番の親友だ。


「これからは、もっとしっかり距離を取るべきだな」


 テオドールは独りで結論を出して、豪奢な銀髪をくしゃりと乱した。



 ――その頃、オルダーソン公爵邸では……。


「今日も逃げてしまったわ……」


 狼のぬいぐるみを抱きしめ、エリシャはベッドの上に座り込んでいた。


「何度か目が合ったのに逸しちゃったし、移動教室でせっかく隣になったのに思わず席を移動しちゃった。どうしよう。わたくし、テオドール様に嫌われちゃったかしら?」


「それ、どっちかっていうとお嬢様の方が嫌ってません?」


 辛辣なメイドのツッコミに、令嬢は「はうっ」と涙目でぬいぐるみに顔を埋める。


「だって! あのクッキーの日以来、どんな態度を取られるか怖くて話しかけられないんだもん……」


 語尾はか弱く消えていく。


「こんな気持ちになるなら、余計なことをしなきゃよかった。たまにお喋りできるだけで幸せだったのに」


 欲張って距離を縮めようとしたから、失敗した。


「わたくし、テオドール様のこと諦めるわ。ただの学友として慎ましく同じ時間を過ごすの」


「お嬢様が決めたのなら、それでいいと思います」


 ヒックヒックと揺れるエリシャの肩を、隣に腰掛けたアミが優しくさする。


 こうして、令息と令嬢は一つの決断をした。

 

 ――のだが……。

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