第5話 中庭で(4)sideエリシャ

 エリシャが同い年のザカリウスと婚約したのは、六歳の時だ。

 王太子であるザカリウスがストディウム学園初等部に入学する際、『余計な諍いの種を蒔かぬように』と婚約者を付けられたのは、リースレニ王国ではごく自然なこと。そして、彼の│パートナー《虫除け》として王家の親戚筋であるオルダーソン公爵家の令嬢が選ばれたことも、ごく当たり前なことだった。

 エリシャはザカリウスと初めて会った日のことをよく覚えている。

 金髪碧眼の彼は、まるで絵本から抜け出してきたかのように完璧な『王子様』だった。幼いながらに夢のように美しい容姿を持つザカリウスは、応接室で二人きりになったタイミングで、エリシャにこう切り出した。


『悪いけど、僕は多分君と結婚しないよ』


『はぃ?』


 キョトンと首を傾げる公爵令嬢に、王太子は滔々と語った。


『前回の聖女召喚から今年で六十八年。そろそろ次代の聖女が召喚される予感がするんだ。この国に聖女が来たら、僕は彼女と結婚する。だって聖女と僕は結ばれる運命だからね。でも、もし聖女が召喚されなかったら、王族の義務として君と結婚するよ。それまでは君も公爵家の人間臣下として役目を果たしてね』


『……謹んでお受けいたします、殿下』


 子どもながらに実家の立場を考え、エリシャは彼の言葉を承諾した。

 この件から知ったが、ザカリウスは聖女に並々ならぬ愛着を持っていたのだ。彼の曾祖母である先々代王妃が異世界から来た聖女で、とても人柄がよくザカリウスを溺愛していたことも要因の一つだろう。曾祖母が亡くなった時、四歳だった彼は何ヶ月もふさぎ込んでいたという。

 それからエリシャは王太子の婚約者として教育を受け、公務や社交に勤しんだ。

 有力者の子女には誘惑が多い。それを跳ね除けるのには『婚約者』という存在は互いに役に立った。

 胸の中に聖女本命がいるザカリウスはエリシャに興味がなく、常に素っ気なかった。それを諌めていたのは、王太子の乳兄弟で親友のテオドールだ。

 宰相であるライクス侯爵の次男の彼は、淡々とした性格のザカリウスとは真逆で明るく人懐っこかった。


『君がザカリウスの婚約者のエリシャ嬢だね。よろしく!』


 銀髪を揺らし微笑む彼は子犬のようだと思った。

 テオドールはいつもエリシャを気にかけ、親切にしてくれた。勿論、エリシャはザカリウスの婚約者として節度ある対応をしていたが……彼の優しさに惹かれないはずもない。

 同じ学園の同学年、三人は必然的に共に行動することが多かった。

 緩やかに時は過ぎ、それぞれの関係は変わることなく成長していく。

 そして……。

 『運命の日』が訪れた。

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