年齢が俺の半分のツンデレ女子高生を助けたら年の差純愛が始まったかもしれない

山田あとり

妄想みたいな出会いをラッシュアワーに求めることがあってもいいと思うんだ


 ホームへの階段を転げ落ちかけた女子高生の前に、とっさに腕を出した。

 彼女に、じゃない。グッとつかんだのは手すりだ。

 彼女は俺の腕に引っかかる。俺の腕の筋肉はさすがに軋んで悲鳴を上げた。そして、彼女はなんとか止まった。


 朝のラッシュの駅。

 俺と彼女の周囲だけがストップモーション。


「――ッだ!」


 雑踏の中、彼女の唇からもれた声を、俺は繰り返した。


「……だ?」

「――だ、誰も、助けて、なんて言ってないんだからね!」


 おおう。

 あのまま転げ落ちてたら死んでたかもしれないってのに、恩人相手にそのセリフか。


 俺がイケメン同級生なら違ったのかもしれない。だがあいにく俺は、通勤途中の三十代会社員だった。

 ん?

 彼女、顔は真っ赤だし視線が泳いでる――俺、変なとこ触ってないよな? 出したのは手じゃなくて腕だし。

 オジサンの腕がお腹に当たったなんてサイアク、とか言われたらさすがにショックだなあ。


「うんまあ、俺が勝手に助けたんだけどさ。反射で身体が動いたんだよ。ごめんな」


 なんで俺が謝ってんだろう。


「べ、別に、いいんですけど!」


 いいのかよ。

 彼女は自分の手で手すりにつかまった。膝がカクカクいっている。あ、なんだ。やっぱり怖かったんだ。


「階段下りられるか? 混んでるし気をつ」

「平気です!」


 食い気味に突っぱらかる彼女が危なかしくて、とりあえず下まで付き添った。いつもこんな感じだから、俺は「いい人」どまりの独り身なんだよな。

 彼女はまだ赤い顔で、ややふくれっ面。まあ怒る元気があるなら大丈夫だろ。何に怒ってるんだかわからないけど。


「じゃあ」


 俺はサッと立ち去った。振り向きもせず階段を駆け上がる。

 今日は早出の朝残業なんだ。朝イチで出さなきゃいけない書類があるんだよ。

 変な出来事に引っかかったけど――いや、俺が女子高生を引っかけたんだけど、さっさと仕事に行かなきゃな。



 * * *



 サイアクだ。

 上腕三頭筋が痛い。前腕屈筋群も。

 唐突に瞬発力を要求された俺の筋肉たちは、ギリギリその力を見せたものの使用方法には異議があったらしい。

 どうせ俺はオジサンだ。

 助けたあのなんて、きっと俺の半分くらいの歳なんだろう。ピチピチでツンケンしてて――っていう用語そのものが、もうオジサン思考だった。


 利き腕を微妙にいわした俺は、数日間業務に支障をきたした。キーボードが打ち辛い。そんなわけで仕事が滞り、また朝残業することにした。


 すると駅のいつもの雑踏に、助けた女子高生がたたずんでいた。

 階段の下。あの日と同じように。

 ……ループしてないよな?


「――ッま!」


 彼女は俺を見て、サッと顔を赤らめた。ループ……じゃないけど、なんかいっつも顔が赤いな、この娘。ていうか、ま、って何。


「……ま?」

「――待ってたわけじゃ、ないんだからね!」


 えええ。誰もそんなこと言ってないし。何に言い訳してるんだろう。


「あー、うん。おはよう。元気か」


 俺の筋肉たちは元気じゃないけど。

 彼女はツンとあごを上げながらうなずくという器用な仕草を見せた。そうか、元気か。


「よかった。じゃあ」

「――ッあ!」


 行きかけたところに彼女が一言声を上げて、俺は振り向いた。彼女は俺を見つめて何かを言ったようだったが声が尻すぼむ。人混みにまぎれて聞き取れなかった。

 あ?

 何だろう。まあ、いいか。



 * * *



 俺が早出すると、彼女はちょうど駅にいるらしい。初めて会った日の、あの時間。

 登校する彼女と出社する俺。すれ違うたびに視線を合わせ、そして一言交わすようになる。


「――ッお!」

「おう。おはよ」

「……おはよう」


 彼女の「おはよう」はすごく小さい。ほとんど聞き取れないこともある。一言目を喧嘩腰に叫ぶ癖は何なんだ。

 声量を平均化してくれないか、とも思うけど、面白いからそのままでいいか。

 彼女と挨拶するために、俺は夜よりも朝に残業するようになった。




 今日は早出をしなかった。なのに彼女が駅にいる。俺は驚いて駆け寄った。学校、遅刻するじゃないか。


「おい、どうした? 具合悪いのか?」


 心配で顔をのぞきこんだ俺に、彼女はやっぱり真っ赤になった。これは熱があるのか何なのか。

 つい、おでこに手を伸ばす。そしたら、ヒャンッ、て言って仰け反られた。変な意図はないんだけどなあ。


「――ッき!」

「……き?」

「き、今日、何日?」


 声はすごく小さいが、近かったからか聞き取れた。


「え……三月十四日」


 すると無言で小さな袋を押しつけられた。透明で、ピンクのリボンが結ばれている。中身は……ハート型のクッキー?


 ――あ、ホワイトデー。

 俺は気づいて真っ赤になった。逆だけど、そういうことか。え、マジか。俺は彼女に負けずに一瞬でのぼせた。


 嘘だろ。嘘だ。

 もしかしてこれを俺に渡すため、こんな時間まで駅で待ってたってこと。


「――あ、ありがとう」


 俺はボソボソと礼を言った。いつもの彼女みたいに小さな声。大人のくせにしまらないことこの上ない。


 だってさ、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 嬉しくて、照れちゃって、彼女の気持ちが可愛くて――いや可愛いって! 可愛いって俺! しっかりしろよ、相手は高校生だから!


 自分の気持ちに気づいてしまうと、とても彼女を見られない。ゆるむ口許を手で隠してにやけるオジサンなんて気持ち悪がられるんじゃないかと不安になる。

 彼女のことをチラリと見ると、彼女は決意したように息を吸った。


「――すッ!」

「……す?」


 挑戦的な声音で一音叫んだ彼女は、そこでアワアワとなった。

 そして蚊の鳴くような小さな声で彼女が続けた言葉は、雑踏にかき消される。

 でも真っ赤になった顔が可愛くって、いじらしくって。

 彼女が言おうとしたことが、俺にはわかったような気がした。だから俺は答えた。


「俺もだよ」


 彼女は目を見張って嬉しそうにし――慌ててツーン、と視線を逸らす。でも、その手は俺の上着の裾を、キュッとつかんだ。


 俺はそうっと、その手を取った。


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年齢が俺の半分のツンデレ女子高生を助けたら年の差純愛が始まったかもしれない 山田あとり @yamadatori

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