第35話 向こうも怪異連れなんだ
神様さんの説明を聞くと同時に肌がざわっとした。袖から覗く肌が鳥肌になっている。本能的に何かを察知したらしかった。
「……どうすれば」
神様さんにだけ聞こえるように小声で呟く。大きな音は立てないほうがいい。向こうがどういう類いの怪異なのかわからないが、場所を知られるのは得策ではない。
「念じるだけでいいよ。僕が読み取るから」
それでは神様さんの負担になるではないか、と考えれば、彼は大丈夫、と唇の動きで伝えてきた。器用な怪異である。
ドアを叩く音が止んだ。
「ん?」
諦めたのだろうか。状況を把握しようと耳をすませたところで、神様さんの両手が私の耳を塞ぐ。
「聞いちゃダメだ」
肌がざわっとした。
私の耳から彼の手が離される。ドアが開く音がかすかに聞こえた。私の家の鍵が開いたわけではない。隣の家のドアだ。
「ちょっと! なんでここは開かないわけ? 寝てるのっ? 寝てても効き目があるはずなんですけどっ」
不満に溢れた声が外廊下に響いている。
「催眠効果が主な特技みたいだね」
神様さんの解説を聞いて、ざっくりと想像がついた。つまり、外の女は何かを命じたのだろう。ドアを開けるように指示した、と考えるのが妥当か。
ってことはオートロックを突破できたのも、このアパートの住人に命じて鍵を開けさせることに成功したのかもしれない。
さて、向こうの根気が尽きるまで籠城していてもいいのだが、近所迷惑だろうことは変わりなく。だからといって顔を合わせて話し合いというわけにもいかないだろう。なんせ向こうは私に消えてもらいたがっているのだから。
「ねえ。そろそろ本気出してもいいかい?」
顔を上げて私は見つめる。彼の瞳は光って見えた。
この目を私は知っている。
出会ったときの、あの色。
彼が人間ではないことを強く意識した。
本気を出させてしまったら、私は彼を畏怖するだろうか――それを不安だと思えてしまう程度には、私は彼に絆されているとわかってしまってショックだった。
《怪異を使い捨てる立場》にある私なのに。
「だいじょうぶ大丈夫。憑きモノ落としってやつだから」
これまで見てきたような、私を顔で安心させて煙に巻く様子が微塵もないことにゾッとする。
彼はここで終わらせるつもりなのだ。
暑くもないのに汗が背中を伝った。
「君が望む未来を、僕は与えてみせるよ」
神様さんは意図的に嘘をつけない。明言を避けることが可能な広いニュアンスの台詞ではあるが、与えてみせるだなんて言葉をかけてくるとは彼は自分の作戦によほどの自信があるのだろう。
長考している余裕はない。ドアはガタガタと音を立てていて、撤退の気配はないのだ。
私は神様さんの目をしっかりと見つめて、ゆっくりと顎をひいた。
「お願いします」
「――心得た」
今までで一番低い声。色気と怒気を含んだ声にゾクっとする。
彼の手が私の顎をそっと持ち上げて、唇どうしが触れる。温もりを確かめ合うことなく離れた彼は、初めて出会ったあのときのように光り輝いていた。
「流石に看過できないからね、相応に対処させてもらうよ」
私に背中を向けた彼は、羽織袴の姿になっていた。
「恨みっこなしさ」
室内が黄金色に発光した。
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