第34話 ドア一枚隔てた向こう側


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 インターフォンの音がうるさい。私はゆっくりと目を開ける。


「……しつこい」


 インターフォンを鳴らしすぎだと思う。

 新聞の勧誘も宗教の勧誘もここまでしつこくしないのではなかろうか。オートロックの扉の前に長く居座っていると通報されるから、都合の悪い連中は早々に退散する。何者だろう。

 ケイスケの顔が一瞬よぎったが、あいつには合鍵を渡してあるからインターフォンを鳴らす必要がないことに思い至る。

 あとはアニキだろうが、アニキであればまずはスマホを鳴らすだろう。電源は入っているはずだし。

 憂鬱な気持ちで上体を起こしたところで、神様さんがダイニングの方から寝室に顔を出した。


「弓弦ちゃんは寝たままでいいよ」

「ですが、誰か来ているんでしょ?」


 まだインターフォンは鳴っている。しつこいにも程がある。

 大きく伸びをしてスマホに触れて新着を確認。時刻は十時過ぎですっかり寝坊しているのだが、誰かからの通話もメッセージも入っていないことはわかった。


「適当に追い払うから、そこにいていい」


 神様さんの様子がおかしい。どことなくピリピリしている。

 起き上がって部屋を出ようとする私をとどめるように彼は立ち塞がった。


「ん?」

「いいからいいから」


 まだしつこく音は響いている。


「知っている人?」


 この部屋からインターフォンのモニターは見えない。私が背伸びをして確認しようとすれば、彼は私をギュッと抱きしめて抵抗してきた。


「ちょ、神様さん?」

「見ないほうがいい。そのうち諦めるよ」

「怪異かなにかですか?」

「わりとその類だから、対応に困るんだよね……」


 神様さんは焦っているようだ。ここに来てほしくない誰かの訪問。

 会社の人ではないだろうし、ケイスケでもアニキでもないのだとしたら。

 突然に部屋を訪ねてくる友人は残念ながらいないのだが、一人だけ、神様さんが警戒するのも頷ける人物の顔を思い出した。


「まさか」


 インターフォンがようやく沈黙する。去ったのだろうと思って放せと促すが、神様さんはまだ警戒している。ドアの外に意識を向けている。


「神様さん?」

「黙ってて。ここまで上がってくる」

「え?」


 フロアのインターフォンが鳴った。ドアを隔てた向こう側に誰か来ている。

 もう一度、インターフォンが鳴った。そのあとにドアが叩かれる。ドンドンドン、とやや強めのノック。ご近所迷惑ではないかと思うが、向こうはお構いなしらしい。


「居留守すんじゃないわよ!」


 それなりに防音処理がされているはずの家なのだが、外廊下からの声ははっきりと聞こえた。

 この声。

 記憶の彼方に追いやられて、なんならしばらく忘れていた女の声がした。

 ケイスケと同棲中の女である。


「昨夜誰か訪ねてきた後から誰も外に出てないことは確認済みなのよ? いるんでしょ! 出てきなさいよ!」


 この喋り方、このまとわりつくような声。一度聞いただけで覚えられたが、正直なところもう忘れたい。

 一体なんの用事だ。

 ケイスケとは別れる話がついているし、居候女と競うつもりもやり合うつもりもなく潔く退くことにした私になんの用事があるのだ。


「部屋から一歩も外に出ないなんて卑怯よ! 正々堂々と勝負しなさいな!」


 部屋から一歩も出ないのは、今回に限ってのことではないのだが。

 私は腕に閉じ込められたまま神様さんの顔を見上げる。


「警察を呼びますか?」


 小声で尋ねると、神様さんは首を小さく横に振った。


「たぶん、それは意味がない」

「どうして?」


 あの夜の事件で警察が見回りを強化していたのだから、犯人が捕まったとはいえなんかしらの対応をしてくれそうなものであるが。

 私の問いに、彼は人差し指を口元に当てた。


「向こうも怪異連れなんだ」

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