第33話 推しアイドルのライブを愛でて
私は小さく息を吐き出す。
「――まあ、好きなようにされたらいいと思いますけどね」
そう応えて、スマホを操作する。アプリ経由でプロジェクターにデータを転送して動画を再生した。部屋を暗くして明るさを調整。音量は控えめにする。
私が動画を流し始めたからか、彼は壁を興味津々といった様子で見つめる。
私の推しは七人組のアイドルユニットのうちの一人だ。大学生のときにSNSで彼らのことを知って、それからずっと追いかけている。そこそこ広い会場でカウントダウンライブができる程度には勢いがあるグループだ。最近は声優業や俳優業にも活躍の場を広げている。
「弓弦ちゃんが好きなのは彼かい?」
カメラが推しの顔を抜いたところで、神様さんが聞いてくる。私は素直に頷いた。
「そんなにわかりやすいですか?」
「まあね」
「自分と似てるとでも思いました?」
「君は似てないとでも思った?」
質問に質問をぶつけられてしまった。私は苦笑する。
「似てますけど、神様さんのほうがずっと好みの容姿ですよ」
「……ふふ。そんな返事が聞けるとは思わなかった」
嬉しそうに笑って、壁に映っているアイドルを観察している。私の気を引くためのヒントを探っているのかもしれない。機嫌がよさそうなことは、彼が曲に合わせて頭を左右に振っていることから察せられた。なんか可愛い。
「――なんでしょうね。彼、宮原(みやはら)ユウマくんは、見た目で惚れ込んだんですけど、ゲームの甘崎くんほど熱を上げてはいないんです。頑張っている姿が素敵に感じられるというか」
「彼は努力家なんだと思うよ。そして、こういう舞台では自分の持っている力を極限まで出せる人だ。そこを魅力的に感じられるのはわかる」
「このライブ映像だけで読み取れるものなんですか?」
「なんとなく、だけどね。視線の動かし方とか手や足の動かす間とか、他の人たちと比べると少し未熟な部分がある。それを埋めるための笑顔とか声の出し方とか、とても努力している」
神様さんの分析は、前にインタビューで見たものや他の人の感想を思い返すに妥当であるような感じがした。私の心を読んで私が気にいるように言葉を選んだわけではないことも察せられる。
「……弓弦ちゃんは完成しているものよりも完成に近づこうとしているもののほうが好みなのかな」
「どうでしょうか」
あまり考えたことはなかった。そういうものだろうか。一般的にはどうなのだろう。
神様さんの横顔に憂いが混じる。
「神様という存在は、完成しているほうに入る気がする」
「神様はそうかもしれないですけど、神様さんは頑張って人間っぽく振る舞おうとされているので、そこはまあ張り合えるんじゃないですか?」
率直な感想を私が返せば、彼は私を見てふにゃりと笑った。
「ふふ。僕を喜ばせてどうしようっていうのかな?」
「別に喜ばせようとしたわけじゃないですよ」
「そう? 意図していない発言なら、なおのこと嬉しいよ」
そんな顔でこっちを見ないでほしい。恥ずかしいではないか。
私は彼から顔を背け、映像のほうを観る。
推しは推せるときに推せ――グッズはあまり買わないけど、また配信は買っておこう。
そのうちに眠くなってきて、耳は音を受け取らなくなり、スクリーンは見えなくなった。
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