第11話 しばらくはこのままってことです?

◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんなやり取りをしたところで、インターフォンが鳴った。画面を見れば兄がいる。ちょうどいいタイミングだ。

 解錠して上がってきてもらうと、もう一度インターフォンが鳴った。


「無事か?」

「開口一番にそれもどうかと思うんだけど」


 ドアを開けて、玄関に兄を通すとドアを閉めた。なにやら荷物が多い。


「得体の知れないヤツと一緒にいるんだ、心配ぐらいするだろ」


 そう告げると、様子をうかがっていた神様さんを兄は一瞥する。まあ、アニキの心配はごもっともではあるけど。

 幼い頃、私の体質によって兄にはたくさん心配をかけさせてしまったし、迷惑を被ったこともたくさんあったはずだ。今は無害そうな様子でも、豹変することは十分にあり得るのだから警戒するのは自然のことだ。


「ふふふ。愛されているんだねえ」

「神様さんは茶化さないでください」


 仲良くはなれそうにない。互いに問題を起こさなければよしとしよう。


「ところで、荷物がたくさんあるのね?」


 兄が提げているのは複数のエコバッグである。これとは別に、背中には宅配用のリュックサックを背負っているので、荷物だらけである。


「ああ、まあいろいろあってな」

「ほかに配達でもあるの?」


 それなりの人気店なので、配達先がたくさんあっても驚かないのだが、兄は首を横に振った。


「どうせお前の冷蔵庫は空っぽなんだろ? 食糧をつっこんでおいたほうがいいと思って差し入れだ」

「っても、この量、籠城するレベルだよね? 冷蔵庫に入るとは思うけど」


 受け取ったエコバッグの中身は冷凍食品だったり袋詰めのサラダだったりする。もう一袋にはカップ麺やパックごはんにレトルトパック、お菓子といった常温保存可能なもの。さらにもう一袋には大きいペットボトル飲料が三本入っている。二人分の食糧だとしても、二、三日は余裕で保つだろう量だ。

 というか、よく持って運べるな。力持ちと思える体型ではあるけど。


「しばらく外には出ないほうがいいと思ってな」

「ん? お守り、手配できなかったの?」

「そっちはまあ、そういうことではあるんだが」


 外が騒がしくなる。パトカーのサイレンの音だろう、大きな音を立てて近くの道を通り過ぎた。


「この辺も物騒だからな、弓弦は出ないほうがいい」

「昼間は問題ないんじゃない?」

「いや、必要がないなら家にいろ」


 そんなに治安が悪かっただろうか。私は首を傾げる。


「退屈だけど」

「動画でも漁ってろよ。必要ならプロジェクターを貸す」

「よし、それで手を打つわ」

「じゃあ明日の夜に運ぶよ」


 私は会話をしながら受け取った荷物を冷蔵庫に詰め込んだ。しばらく料理をしなくてもいいぐらい食べるものはある。


「父さんと連絡がつかない感じ?」

「今離島にいるから、早くて帰宅が明後日だってさ」

「離島……って、なんでそんなところに」


 父はときどき妙な場所に出かけて行くが、よりにもよって今回はすぐに戻れそうにない場所とは。ツイていない。


「呼ばれたから、行くしかなかったらしい」

「どこの離島よ」

「詳しくは言えないって」


 私は頭を抱えた。


「じゃあ、それまではこの状態のままですか……」

「そうなるな。で、弓弦はいつまで休めるんだ?」


 お守りがないから外出できない。仕事も例外ではなかった。


「あと四日間かな。代休が溜まっちゃってるから、自宅待機なの。作業の必要があればリモートでサービス残業ね」

「お前の仕事は大変だな……」

「アニキだって忙しいじゃん」

「忙しさの種類が違うからな」


 私が差し入れをしまい終えるのを待つと、兄は今日の夕食をリュックサックから取り出した。


「で、今日の夕食は特製ドリアだ。温かいうちに召し上がれ。で、こっちがポテトサラダで、デザートのベイクドチーズケーキ。紅茶のパックをつけておくから、自分で適当に飲んでくれ」


 メニュー表にないものだ。私はテンションが上がった。


「おおー、豪華! お金はいくら?」

「特別料金、だな」


 兄の言う特別料金というのは、実質タダである。だがそう甘えるわけにはいかない。


「落ち着いたらちゃんと払うから、差し入れのレシートも回しておいてね。なんなら人件費も入れておいてよ」

「なんだなんだ。お金持ちムーブ」

「残業代がたんまり入るからね。お金出せるときはちゃんと出すわよ。大人なんだし」

「んじゃ、そうするわ」


 そう答えて、兄は部屋の奥で腕を組んで見守っている神様さんをじっと見やった。


「何か話でもあるのかな?」

「オレは貴方と仲良くする気持ちはないが、必要以上に干渉するつもりもない。オレが見極めるに、貴方は無害な存在だと判断した。その評価を覆すようなことはしてほしくないと願っている」

「うん、賢明だねえ、梓くん」


 神様さんはニコニコと上機嫌そうに微笑んだ。ただ、兄の名前を呼ぶときは何か意味をこめているようにも感じられたが。

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