第12話 尽くす神様なんだよ


「じゃあ、弓弦。何かあったら気兼ねなく連絡を寄越せ。何かしら対応するから」


 大袈裟だなあと思いつつも、心配性な兄の言葉である。私は素直に頷いた。

 兄が出て行くと、私の背後に彼が近づいてきた。


「僕をしっかり牽制してから帰るなんて、出来のいい兄だねえ」

「これまでにいろいろありすぎたんですよ」


 食器棚からスプーンとフォークを取り出す。そこでふと彼を見た。


「夕食はどうしますか? 二人分用意してくれたみたいなんですが」

「ありがたくいただいておこうかな。君と同じものを食べるのは楽しいんだ」

「味覚ってあるんですか?」


 食べたいというので、彼の分のスプーンとフォークも取り出してテーブルに置く。紅茶のためにお湯を沸かそうと思ってコンロを見たら既に薬缶がセットされていた。彼がやってくれたらしい。


「人間と同じかどうかはわからないけど、美味しいか口に合わないかはわかるかな。ちなみに、味に関係なくお酒は好きだよ」


 上機嫌な様子で彼は笑った。お酒が好きなのは本当なのだろうと思う。


「神様さんはそういう感じなんですね」

「あと、弓弦ちゃんも美味しいと思ってる」

「私は食べ物じゃないです。それに昨夜の私を美味しいと感じていたのであれば、それは私が泥酔していたからでしょうね……」


 自分用と来客用のマグカップを二つ取り出した。お湯を注げば抽出できるように準備する。


「確かに、昨夜の君からはお酒のにおいがしたねえ。ずいぶんとたくさん飲んでいた」

「飲みたい気分だったんです」


 ケイスケの部屋から出てきた女の顔を思い出して、すぐに頭を振って記憶を消去した。もう二度と顔を合わせるのものか。


「今夜は飲まないのかい?」


 食べる準備をしながら、彼が尋ねてくる。私の不安定な感情を察したのかもしれない。


「飲みません。そもそも家で呑み潰れちゃうといけないから、アルコール類は置いていないですしね」


 その返事に、彼はふむと唸った。


「差し入れの中にもお酒はなかったみたいだね」

「アニキは私が家で一人飲みをしないことを知っているから持ち込まないんですよ」

「今日は僕がいるのに」

「いるから、余計にじゃないですかね」

「ああ、なるほど」


 お湯が沸いてマグカップに注ぐ。薬缶をコンロに戻すと、私たちはブランチのときと同じ場所にそれぞれ座った。手を合わせていただきますをする。


「――では早速」


 ドリアをスプーンですくって口に運ぶ。温かい湯気が食欲をそそる。


「美味しい!」


 底に入っているのはバターライスだろうか。ホワイトソースと混ざるとなお美味しい。少し冷めてはいるものの、食べやすい温度とも言えた。私は猫舌だ。


「ふぅん。興味深いな」


 彼もよく味わって食べているようだ。大きなひと口が豪快ではあるけども、それがまたすごく美味しそうに見えた。


「レギュラーメニューにならないかなあ。あとでアニキに感想を送っておかなきゃ」

「珍しい食べ物なのかい?」


 私がはしゃいだからだろう。彼が不思議そうに首を傾げた。


「注文できる料理の一覧にはなかったので、アニキのいるお店で食べることを考えたら珍しいです。ただし、ファミレスや冷凍食品にもある料理ではあるので、特別珍しい品物ではないですよ」

「そういうものなのか」


 なるほどとばかりにしみじみと頷いている。そんなに美味しかったのだろうか。


「気に入ったなら、アニキに伝えておきますけど」

「君がとっても幸せそうだから興味を持っただけだよ。僕も作れるのかな?」


 作れるのかな、だと?

 私は驚いて、食べる手を止めじっと彼を見た。


「神様さんは料理ができるんです?」

「君が喜ぶことならしてみたいよ」

「そういう基準なんですね」

「僕は尽くす神様なのさ」

「なんですか、それ」


 私は笑う。尽くしてくれているのはこれまでの態度から分かるので、私のためという名目で行動するのは好きなのだろう。

 他愛ない会話をしながらの美味しい食事の時間はあっという間に過ぎ去ったのだった。

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