第10話 久々に推しに会えるよ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アプリを起動した瞬間、ホワイトデーをもらい損ねていたことを思い出したが、まあいいかと大きく息を吐き出した。
いいや、ゲームで雰囲気を味わえればよしとしよう。
ベッドに座ってお気に入りのスマホゲームを始める。俳優を育成するゲームだ。しばらくログインすらしていなかったから、私の推しのキャラクターが「しばらく顔を見ていなかったから心配したよ」などと言ってくる。いやはや、申し訳ない。
「あ!」
私の横にピッタリくっついて画面を覗き込んでいた彼が小さな声を上げる。
「どうかしました?」
「この子だよね、抱かれたかった相手」
返事をしにくい質問だな。私は苦笑して曖昧に頷いておく。
私が妄想に励んでいたときに彼を拾ったわけで、思考を読まれていてもおかしくはない。正直なところ他人の思考を読むなよと言いたいし、こういう妄想に励んでいたときに遭遇してしまい申し訳なかったなとも思う。複雑。
「外見、似せたつもりだったんだけど、並ぶとやっぱり違うかあ」
残念そうに彼が言うので、私は画面と彼を並べてみる。雰囲気はかなり近いんじゃなかろうか。でも、このキャラクターのコスプレイヤーさんと彼を比べたら、彼のほうが生々しい気がする。良くも悪くも。
「そうですね。甘崎(かんざき)くんと傾向は一緒だと思いますけど、神様さんのほうがもう少し男感が強いですね」
「男……感……?」
なんだそれはと言いたげな表情で目をパチパチさせている。ごめんなさいね、うまい言葉が捻り出せなくて。
私は説明を続ける。
「甘崎くんって可愛いとか愛らしい感じの弟系キャラなんですけど、神様さんは顔立ちが美人系なんですよ。大人な感じ、でしょうか。あと、身体つきが男性らしくて厚みがあるような気がします。甘崎くんは華奢なんですよね」
熱の入った言い方になってしまって気持ちが悪かったかもしれない。私が反省していると、彼は口の端をにぃっと上げた。
「ふぅん……なんか表現が助平だねえ」
「うるさいです」
放っといてもらおうか。
私はゲームに戻る。先々週から始まったホワイトデーの季節イベントをこなしていなかったので、とにかくこれは終わらせておかないといけない。新規ボイスを聴き逃してしまうのは避けたいところだ。
よし、稼いだ残業代を突っ込んで、サクッと終わらせてしまおう。
「……隣に僕がいるのに、こういうもので遊ぶんだねえ?」
「男女交際を楽しむゲームではないので、そういう言い方はしてほしくないですね」
「僕からしたら似たようなものだよ。君がそういうことを求めているってわかるから」
私は手を止めた。彼を見る。彼は退屈そうな顔をしていた。
「求めていても叶うことがないから安心してゲームできるし、妄想できるんですよ。癒されるんです」
「……うーん。よくわからないや。邪魔して悪かったよ。もう黙って見ているから、頑張って」
彼は私が怒っていると思ったらしかった。少ししょんぼりとした様子で、私に手を振る。
「クリアの方法はわかったので、お待ちくださいね」
必要なアイテムを集めるミニゲームで課金してさっさと先に進む。条件をひとつひとつクリアしていけば、あっさりと目的を達成することができた。
「よっし。終わった!」
うっかり削除しないようにロックをかけて、ゲームを終わりにする。スマホを置くと彼と向き合った。
「応援ありがとうございました。サクッと終わらせましたよ」
私が声をかけると、彼は困惑するような顔をした。
「一人で楽しく遊んでいたんじゃないのかい?」
「ゲームの要素自体はあまり興味がなかったので、お金で解決することにしました。欲しかったものは手に入ったので問題ないです」
「それはげぇむってものの本質から外れる楽しみ方じゃないかと思うんだけど。良かったの?」
「ゲームのどこで楽しむかは人それぞれですし、どの部分で楽しんでいようともある程度はお金で解決できるようになっているものです。私の場合、甘崎くんの台詞に興味があって集めているわけで、ミニゲームのクリア条件がお金でラクになるのであれば、お金で解決する方法を取って時間を節約しています。社会人は忙しいですからね」
「説明されても、僕にはわからない感覚だよ」
彼は肩をすくめてそう答えた。
時間の感覚の違いなのかなあ。
少しがっかりしたものの、説明が徒労に終わったとは思えなかった。理解しようと歩み寄ってみた上で、わからないことをわからないと言える間柄ならいい関係のような気がした。何でもかんでも相手に合わせる必要はないのだ。
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