55:おじさん……は、はやく……!

 体格のいい男は繊細な青年を柔らかなベッドにドスンと押し倒した。二人とも人間の理性がすでに飛んでいて、体温が焼けるように上がり、獣のように本能に従って水音を立てながら激しいキスを交わす。

 馮艾保は腕の中の青年を食べてしまうかのような荒々しさで強引に舌を入れ、青年の暖かいねっとりとした口の中を舐めまわす。整然とした歯並びに舌を滑らせていき、蘇小雅の柔らかい舌を絡めて吸う。若いガイドが同じように熱情的に応えてくれているのを見て、さらに狂ったかのように蘇小雅の小さく整った顎をぐいと上げ、より一層深く舌を侵入させる。

 蘇小雅は息苦しさに溺れそうになった。馮艾保の舌は長い上に力強く、柔らかい鞭のように喉の奥まで舐めてくる。からえずきを起こしながらも負けず嫌いといった風に馮艾保の口の中を舐め返す。ねっとりとした水音が絶え間なく立てられ、センチネルのウッディ系の香りが鼻腔を蕩かす。

「うん……う……」蘇小雅はセンチネルの狂乱の動きに追おうとするが、若さゆえに経験も体力も足りておらず、瞬く間に馮艾保の嵐のような激昂に飲み込まれ、抵抗できずに合わされるままになった。

 蘇小雅は息苦しく、馮艾保の肩をつかんだ指先から腕までが震えている。顔が真っ赤に火照り、泉のように透き通った両目は焦点が合っておらず、茫然として近くに迫った馮艾保の目を眺める。馴染みのあってないようなその目は人間をも吸い込みそうなほど漆黒で、人間を飲み込むような欲望が露わになる。

 ようやく馮艾保のキスが終わり、唇を離す際に唾が糸をいくつか引いて、やがて口角から垂れ落ちていく。

 二人はそれほど離れていなく、今にも鼻先がぶつかり、熱い息を交わしている……なぜか蘇小雅は涙をこぼした。悲しいなどではなく、本当に気持ちが良すぎたからだ。舌が痺れるほど吸われ、喉が痒くなるほど舐められても、馮艾保の舌が恋しくてたまらない。このまま飲み込まれてもいいからもっとキスしてほしい、とすら思えてくる。

 だから彼は恥ずかしがるようにピンクな舌先を出し、馮艾保の先ほどのキスで赤らんだ唇を少しだけ舐めた。下唇から、真ん中、口角、そして上唇。馮艾保の唇には小さな膨らみがあって、普段は目立たないが、張りがあって舐め心地抜群だ。蘇小雅は少し顔を上げ、彼の上唇を吸う。

 好き……好き……大好きだ……

「おじさん……おじさん……は、はやく……!」馮艾保はキスを返さずに、ただ彼の火照り切った顔を凝視している。蘇小雅は体の奥から溢れ出た欲望に溺れそうな気分になり、何もしてこない馮艾保に怒りすら覚えた。

「小雅……蘇小雅……」馮艾保は彼の呼びかけに応え、何かを我慢しているように眉間にしわを寄せる。漆黒の目に光が点滅し、欲望と理性の間に行き来する。

 長いのか短いのか、どれくらいの時間が経ったのか二人に知る術がなく、間もなく欲望がまた沸騰し、二人は再び唇を重ねる。熱さで汗が滲み、相手に溶け込もうとしているかのように抱き締めあい、体をすり合わせる。

 ここにほかのセンチネルやガイドがいたらわかることだが、これは彼らのボンディング熱が最高潮に達していることを意味している。理性が帰ってくることはもうない。あるのは本能のみ。


※※※


 怒涛の一夜が過ぎ、蘇小雅は気を失ったまま犯されては目覚め、目覚めては犯されて気を失い、そのまま朝を迎えた。晩夏の日差しは依然として逞しく、リネン生地のカーテン越しに体を焼き付ける。

 蘇小雅はゆっくりと目を開け、欠伸をする。見慣れない天井をボーっとして眺める。ここはいったいどこなのか、なぜ自分は馴染みのない場所で目覚めたのか、一時的に気が回らなかった。

「起きた?」少し離れたところからチェロのような声がした。蘇小雅はびくりと身震いをし、頭の中に昨晩の記憶が蘇る。小作りな顔が炸裂しそうだ。

「馮艾保!」彼は自分がベッドから跳ね上がるところを想像する……今の体にまったく力が入らないから想像するしかなかったのだ。昨晩の狂乱を思い出す。予想内の出来事ではあるが、決して気軽に受け入れられる発展ではないのだ。

 ゆったりと起き上がると、蘇小雅は力が入らない以外に具合の悪そうなところが見当たらないことに気づいた。ボンディング熱のおかげだろう……いや、そもそもなんでボンディング熱が起きたんだ?別に馮艾保のことが好きなわけでもないのに!せいぜい、あのネズミを気に入っているだけだ!

 馮艾保はフィットソファを引きずってベッド側に座っている。スマホで誰かと連絡を取っていたようだが、蘇小雅が目覚めてからスマホを下ろし、自分を睨みつく若いガイドに微笑んでいる。

「その顔……」蘇小雅は彼をこっぴどく叱る、あるいはどうしてあんなことになったんだと詰るつもりだったが、その青あざが這い回る顔を見て、怒りが一瞬消え去って、また別の種類の怒りがこみ上げてきた。「君の母がやったのか?」

 馮艾保の顔立ちは両親からもっとも整った部分を受け継いだ。彼の鼻目立ちのよさは実に筆舌に尽くしがたいものだ。馮艾保に思うところがある蘇小雅でも、ついつい彼の顔の良さに引き込まれ、見入ってしまうほどだ。

 もちろん、美貌に惹かれるというのは人間の本性である。それについて蘇小雅はなんとも思っていない。

 しかし今、その顔はボロボロになっている。口角は引き裂いていて、両目の目元も傷ついている。しかも片目は今にも血が滴れそうなほどに真っ赤になっている。どうやら失明寸前になるまで殴られていたようだ。

 ほかの部分はもっとひどいものだ。今でこそ鼻筋は通っているが、その腫れ具合とガーゼから見て、折れていたのは明白だ。

 首には幅が三センチもある扼痕がある。見事に腫れ上がっていて、恐ろしい青紫色になっている。あれはガイドのエンパス(empath)でできたものだと、蘇小雅には一目瞭然だ。

 蘇小雅の視線が自分の首に止まっていることに気づき、馮艾保は申し訳程度に手で隠した。「うちの母を扼死させるところだったから、父が止めに入って私を扼して気絶させただけだ」と説明した。

 あたかも今日の天気いいねとでも言ってそうなノリだが、「扼」が二回で「死」が一回も出てきて、こんな口調で言っていい内容じゃないだろう!

 しかも登場人物三人は家族で、両親と息子……蘇小雅は昨晩馮艾保とのセックスをきれいさっぱり忘れていた。少し倦怠感とふらふらする以外、ほかに調子が悪いところが見当たらないのもあるだが。

 彼はベッドから降りて、様々な傷跡を観察するべく馮艾保を中心に歩き回る。回数が重なるにつれ、拳に入る力が強くなっていく。

「もうよせ、くらくらしてきた」馮艾保はごく自然に蘇小雅をフィットソファに、自分の至近に引っ張りこんだ。

 蘇小雅は少しだけもがいた。隣が嫌なわけではなく、彼の傷に触れる恐れがあったからだ。しかし強くもがくこともできずに、固くなってソファに倒れこんで、横から馮艾保を見るしかなかった。

「うちの親はもう研究所に行った。私たちはいつでもここを出られるけどどうする?もう少し休むか?」馮艾保は自分の傷をまったく気にしておらず、蘇小雅に手を回してちょこんと鼻先をかすめる。

「君は……」蘇小雅はいったい何のために両親とあれほど揉めていたのかと聞こうとしたが、昨晩のボンディング熱を考えて、答えはおのずとわかってきた。

 馮艾保は両親に嵌められ、本当に自分とセックスをしたことに怒っているに違いない。そして両親と揉めて、今に至る……考えれば考えるほど、蘇小雅の中に怒りがこみ上げてくる。さらに彼の怒りに拍車をかけるのは、自分が怒ったところで、馮艾保の両親には手も足も出ないという事実だ。

「まさかあれを一晩中盗み聞きされたってことはないだろうな?」他のことはさておき、これだけははっきりさせておかなければならない。

 それを聞いて馮艾保は少し笑ったが、何も返事をくれなかった。

 蘇小雅は青ざめた。嵌められて同僚とセックスしただけでも嫌なのに、確かに馮艾保のスタイルも顔も好みで、自分も気持ち良かったが、相手が自分のためにここまで殴られたんだ。そう簡単に追及をやめてたまるか。

 だが盗み聞きされたとなれば、また別の嫌悪感がこみ上げてくる。何なんだこの夫婦は?自分たちの息子を他人と関係を持つように仕掛けた上に盗み聞き?

「AVでも観ればいいのに」蘇小雅は唇を噛んでぶつぶつ言う。

 馮艾保はそれを聞いて笑いをこぼしたがすぐ収めて、蘇小雅を抱きながら真顔で火口を切った。「昨晩のことはすまなかった。もし私の両親を訴えたいなら、私が証人になることを約束する」

 そんなことを言われるのを全く予想できず、蘇小雅は馮艾保の青ざめた顔を見て啞然とした。

 馮艾保もそんな彼を急かさず、ただひたすらに彼を凝視し、返事を待っている。

 長い間、本当に長い間を経て、蘇小雅は馮艾保にくっついた側の体が彼の体温で熱くなったところで、やっと口を開いた。「筋は通させてもらうが、今じゃない。彼らも訴えられるのを恐れてないだろうし、そもそもボンディング熱を強引に引き起こされたなんて、どうやって証明するつもり?」

 ごもっともだ。研究所が極秘で禁薬を開発しているのを馮艾保は知っているが、極秘はつまり抹消も容易いことを意味している。そちらの利害が一致すれば、こちらには突破の糸口を掴むのも至難の業だろう。

 基本的に研究所はニュートラルな立場にあるが、あくまでも「基本的」だ。彼らはセンチネルとガイドに良き未来をと思い込んでいる。加害をしている自覚もなければ罪悪感もない。ましてや誇りを持った犯罪行為は一番厄介だ。有罪判決どころか、起訴までいけるかどうかすら怪しい。

「行こう!その傷を何とかするのが先決だ。昨晩のことは……なかったことにすれば?」後半まで言うと、蘇小雅も後ろめたさを覚えずにいられなかった。理性が飛ぶほど強烈なボンディング熱を引き起こされたことを、彼は認めたくないのだ。

 彼が馮艾保の顔とスタイルだけを気に入っているわけではないのを、認めたくないように。

 馮艾保は微笑んで、彼をフィットソファから引っ張って立ち上がって、スマホの予約番号を見せる。「診療の予約をしておいたから、君を家まで送ってあげようか?」

「うん」

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