52:両親が、きみがパートナーを見つけることを一心に願っている時に、彼らに手加減というものがあるとは思わないでください。

 蘇小雅が馮艾保の家に食事に行くと聞き、何思はまるで強大な敵に臨むかのように、いらだちリビングルームをぐるぐる歩き回っている。

「阿思兄さん?」蘇小雅はこってりと甘いミルクティーを優しく渡し、年上のガイドの気分をほぐそうとした。

 何思は複雑な気持ちで彼をちらっと見て、シナモンの香りを漂わせているミルクティーにも目を遣った。しばらくしてやっと、暖かいカップを受け取り一気に半分飲んだ。

 彼は深いため息をつくと、ソファに倒れ込み、顔を拭いて若いガイドに尋ねた。「馮艾保の両親が誰か知っているか?」

 蘇小雅は首を振った。彼はそもそもこのことはそんなにまじめな大事件ではないと思っていた。ただ相棒の家族と夜ご飯を食べるだけだ。馮艾保もよく彼の食卓に現れるのではないか?しかし、何思がこう尋ねるからには、馮艾保の両親は大変な大物なのだろう。

 何思はほとんど慈しみと、もしかすると少し憐れみの目でうちの純粋な子供を見つめ、腕のマイコンを操作し、すぐに壁に一組の中年男女の写真を投影した。

 二人とも四十代ぐらいで、どちらも顔立ちが極めて優れている。

 男の顔立ちはハーフのように立体的でシュッとしているが、雰囲気が非常に柔くて上品で、まるで温泉のようだ。ただ彼の写真を見ているだけで、心地よくなる。

 女は純粋な東洋顔で、丹鳳眼が彼女の本来の凛々しい顔立ちをまるで鞘に入っていない刀のようにより一層際立たせている。凛としたオーラは写真を通り抜け危うく人を切り付け得る。

 男の名はバオチォンと言い、女はフォンジンチュという。蘇小雅は彼らの写真を見ると、無意識に「あ」と声を出した。

 この二つの顔なら非常によく知っている。教科書に出てきた人物ではないか?数ヶ月前に馮艾保とマッチ度を測りに研究所に行った時も壁にこの写真があるのを見かけたんだ!

「彼らが……馮艾保の両親ですか?」蘇小雅は唖然として尋ねた。

「そう、彼らだ」何思の口ぶりは苦渋に満ちている。

 馮靜初と保澄といえば、この五十年の間の人々が皆共有している記憶と言っても過言ではない。まず、二人は前人未踏のダブルS級のセンチネルとガイドで、任務中に知り合って夫婦になった。彼らの後にも、一桁の数のダブルS級のセンチネルあるいはガイドは現れたが、レベルが高くなるにつれて力を制御するのが難しく、彼ら二人のように自分の能力をうまくコントロールでき、操れる人は、ほとんどいなかった。記録に載っている七人のダブルS級のセンチネルと五人のダブルS級のガイドの半分が若くして亡くなり、残りの者もマインドスコープの崩壊によって廃人になったため現在病院に入っている。

 こんなに能力が高いからには、国がもちろん放っておかない。はやばやと政府機関に招聘され、自らの力をささげ、国を守っている。

 この夫婦は、センチネルとガイドだけではなく、ミュートの心の中でも、大変尊敬されている存在だと言える。二人の円満な婚姻生活に加え、真実性がどれほどあるのかはさておき、彼らは確実にセンチネルとガイドの強大かつ頼もしいイメージを築いたといえる。

 驚いた後、蘇小雅はすぐに落ち着きを取り戻したが、何思の態度が彼を戸惑わせた。「阿思兄さん、馮艾保の両親が馮靜初と保澄でも、別にいいじゃないですか?僕は彼らを尊敬していますから、失礼なことはしませんよ」

「いやいや、きみが失礼なことをすると心配なのではなく、心配なのは……」何思は言葉を詰まらせて、言いにくいようだ。しかし、若いガイドの澄んだ目を見ると、大人としての責任を感じ思い切って口を開いた。「簡単に言うと、彼らはSGほど極端じゃないが、センチネルとガイドはボンディングすべきだという観念の強力な支持者だ。下級センチネルとガイドはともかく、彼らの観念では、上級センチネルとガイドは、マッチする相手を探しボンディングしなければならない」

「はあ?」蘇小雅はあきれかえった。

「こういう言葉があるだろ?警察手帳を持っているヤクザはもっと手に負えない。たぶんこの二人にあてはめてもおかしくない。彼らは上級センチネルとガイドのボンディングに尽力し、センチネルとガイドに遺伝子を保存することを強制するよう促していた。研究所で積極的にマッチ度をテストし、センチネルとガイドのボンディングを国家の法律による支配のレベルまで上げ、全ての上級のセンチネルとガイドを強制的にボンディングさせなければならないという」

「これは基本的人権に反するんじゃないですか」蘇小雅ははっと息を呑み、なぜ馮艾保が自分の両親について言及した時に珍しくうんざりした表情を見せたのか突然理解した。

「そう、幸いにも最終的にこの草案は通らなかった。公共政策プラットフォームに上がって間もなく、九割の反対票で却下された」何思はほっとしたように胸をさすったが、表情には依然として焦りがあった。「しかし、法律に通らなかったけれども、彼らがこのことを推し進めるのをあきらめたわけではない。せいぜい国家レベルによる強制執行から、民間の力による推進に変えただけだが。ある概念を作ろうとして、ある共通認識を作り出した……正直に言うと俺は、SGは彼ら側から分裂した過激派が打ち立てたものじゃないかと疑っている」

 蘇小雅は、返す言葉もないとは何か、アイドルへの幻滅とは何かを初めて知った。

「まさか彼らの行為を阻止できる法律はないんですか?」

「ない。彼らは別に極悪非道なことをやっているわけでもなく、ただセンチネルとガイドにお見合いの相手を積極的に紹介するだけで、結婚相談所みたいな感じだよ。他の結婚相談所とやっていることも違いなくて、せいぜい会員の遺伝子が特に純化していて、ミュートがいないだけさ」何思は肩をすくめ、気持ちを込めてさらに続けた。「できればこの食事の誘いを断ってほしい。俺には嫌な予感がするから」

 蘇小雅はすぐに返事せず、馮艾保の表情を思い出していた。センチネルは最近くたびれて元気がなさそうだ。おととい、うちでの食事の誘いを断り、お見合いに行かなければと言っていた。お見合いはどうなったのだろう……

「小雅?」若いガイドが自分の考えの中にはまったことに気づいて、何思は不安気に何度か声をかけた。

「阿思兄さん、僕はやっぱり行きます」蘇小雅は実のところ自分がなぜこう決めたのかわからなかったが、ただ馮艾保もきっと万やむをえず誘ったのだろうと思った。なんといっても、以前ラッセル中将と対面した時に、馮艾保は話をうまくそらし、家族とそれ以上全く付き合おうとしなかった。

 にもかかわらず今回、彼は自分が家に食事に行くことを求めている……

「馮艾保は彼の両親が僕に勝手なことをするのを許さないはずだと思います。彼らが伴侶を探しボンディングさせることに熱を入れているとして、僕はまだ十八歳です!まだまだ早いです」

 何思の表情は、一言では言い表せないと言うしかない。それは、親しい人が惚れた弱みになり、またさらに虎穴に突っ込んでいこうとしているのをぽかんと見ているだけで、自分にはどうすることもできないという絶望なのだ。

 彼は今、馮艾保が蘇小雅を守ってやれることを信じるしかない。

 しかし何思がどんなに心配しようと、蘇小雅と馮艾保の約束の時間はついにやって来た。

 夜七時半、馮艾保と蘇小雅は中央警察署を出発し、家での食事会のため、二人とも特に身支度せず、快適なカジュアルウェアで出かけて行った。

 蘇小雅が高級スイーツ店のロゴが載った紙袋を持って車に乗った時に、馮艾保は笑った。「そんな礼儀正しいんだね」

「自分が食べたかったんです」蘇小雅は平然と答えた。一般的には、夜ご飯の後、主人は客にお茶をすすめる。この時、客がスイーツを持って来れば、マナーとして主人は開けて分け合い、ついでに客のセンスの良さを褒める。

 蘇小雅が持ってきたスイーツのお店は、首都圏において一、二を争う高級店で、自家製のクッキーを販売している。作りは細かく美しく、味は特に美味しい。一般的に百グラムで八、九百元する。もちろんもっと高いものもあるが、蘇小雅には手が届かない。

 彼が今回買ったのは、お店で二番目に安い詰合せギフトだ。これからの一月半は消費行動に別れを告げなければならない。

 馮艾保は彼が宝物でも抱えているみたいに紙袋を胸の前に抱いているのを見て、我慢できずに笑った。「シートベルトは締めたか?一箱のクッキーはエアバッグにならないよ」

「締めました」蘇小雅は紙袋を少しどけて、馮艾保に自分の体に着用したシートベルトを見せ、まじめな顔で言った。「安心してください。僕は一箱のクッキーのためにルールを守らないわけがありません」

 馮艾保は、五分ぐらい大笑いが止まらず、若いガイドはぷんぷん怒って頬を膨らませた。エンパス(empath)でセンチネルの体がシュッと何度か引っ叩かれると、彼はどうにか笑い声を止め、笑い過ぎて出た涙をこすり話題を変えた。

「じゃ、出発するよ!両親の家までは十五分しかかからない。さっき彼らがメッセージを送ってきて、夜ご飯は準備できたらしい。我々が着いたらすぐ食べられる」

「はい」蘇小雅は無表情に戻り、落ち着いているような様子だが、馮艾保は若いガイドのエンパス(empath)がせわしく動き落ち着かずざわざわと振れ動いているように感じられた。

「何思がきみに私の両親のことを話したんだろう?」馮艾保は疑問文を使ったが、口ぶりは確信的だった。

 蘇小雅は一瞬ためらってからこわばりながらうなずいた。「言いました。阿思兄さんは僕に気をつけるようにと。あなたの両親は今あなたを引き入れたくてたまらず、直接ガイドを届けてあなたとボンディングさせようとしていると言っていました」

 馮艾保はハハッと笑い、なんと否認しなかった。「彼は私の両親の考えをよくわかっているんだね。たしかに、おとといお見合いに行った時、もう少しでホテルを離れられなくなるところだった」

「ホテルを離れられなくなるところだった?」蘇小雅は語尾の声が上ずるほど驚き、言いようのない怒りが湧き上がって、頭の中がガーンと鳴った。「彼らはきみに何をしたんですか?合法的なことですか?なんで?」

「怒らないで、怒らないで。彼らは別に何もひどいことをしていない。ただマッチ度が高くて写真で私に一目惚れしたガイドと私をホテルの部屋に閉じ込め、私たちにボンディング熱が生まれるようにわざわざ導いた」馮艾保は穏やかに言い、さらに面白がるように何度か笑った。

 だが蘇小雅はそれを聞いて頭が沸騰し、紺がニャーと鳴いて出てきた。シルクのようなアッシュブルーの被毛が逆立っている。怒りっぽい太い尻尾は車のダッシュボードをピシピシと叩き、鋭い爪を出して何度か空へ振り回してから、ウーと唸り声を出し、長い間やめようとしなかった。

「僕たちはご飯に行きません!彼らと会いたくないです!」蘇小雅の小さな顔が怒りで赤くなっている。彼は懐にある高級クッキーをぎゅっと抱きながら言った。「彼らに僕のクッキーを食べさせるものか!持って帰ってお兄さんと何思兄さんと分け合います!彼らは、彼らは……嫌すぎます!」

 紺もタイミングよく長い唸り声を出した。

「きみに一時我慢して平穏無事でいるように私は勧める。私の両親は、目的を達成しなければ諦めないタイプで、どんな手段でも用いる。我々は、ご飯に行って、一晩閉じ込められてから無事に発つ。それから、彼らはもう二度と我々に面倒をかけないだろう」馮艾保は慰めて言った。

「以前阿思兄さんも同じ目にあったんですか?」蘇小雅は口を尖らせながら、心の中は複雑で、何思と馮艾保の間に起きたことを一体どう扱ったらいいのか、はっきり言えなかった。

「そんな感じかな」馮艾保は漠然と答えた。蘇小雅はなんとなくしっくりこないと感じたが、それ以上問わなかった。どうもセンチネルは真面目に答えてくれないと思った。

「まあ、いいか……」蘇小雅はぷんぷんと怒って、胸に抱えていたクッキーを足元に置き、せわしく動いている紺に手招きした。

 鴛鴦眼のロシアンブルーは、自分の本体を見て、そして運転に集中している馮艾保を見た。毛は相変わらず逆立っていたが、最終的に、蘇小雅の胸に跳び込み、二ャーオ二ャーオと文句を言い続けていた。

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