50:何警官、さようなら~

 最近、生活が忙しすぎる。

 まず、卜東延の事件の終了報告書をまだ書き終えないうちに、何思の最後の出勤日がやって来た。

 特捜班は特に何思を歓送していたわけではないが、逆に少し打ちしおれていた。皆で長く共に仕事をしてきたので、お互い馴染んでおり、突然、人が離れるようになると、悲しむのもやむを得ない。それに、一か月ほど前、皆は何思に新婚のお祝いを送ったばかりだし、気持ちは十分だった。

 それで、最後の出勤日、何思はいつもと同じように過ごしていた。彼の机はもう整理し終わって、残りのこまごまとした物をまた分別しないといけない。馮艾保は、相棒を失うのが悲しすぎるからという言い訳で、堂々と休みを取って傷を癒した。非常に冷酷無情である。

 かえってインターン生の蘇小雅は何思の側で最後の日を過ごした。何思も、自分がどのような気持ちと考えからこうしたのかわからないが、蘇小雅を連れて中央警察署をひと回り参観した。彼を他の部門のいくつかの友人に紹介し、馮艾保がいつもこっそりタバコを吸ったり、こそこそしていたりする場所を教え、最後、特捜班が最もよく使う取調室に連れて行った。

「小雅、座って」二人は制御室に座っている。取調室は使われたばかりで、掃除のおばあさんが掃除している。

 この前使ったのは、同じく特捜班の同僚だった。別に面倒な事件ではなかったが、犯人には頭を悩ませられた。年は若くなく、禿げた中年男で、がりがりに痩せており、外見は臆病でみすぼらしく、反応が普通の人より三倍遅かった。

 しかしながら、このようなミュートが連続で三人殺した。さらに全員が若盛りのセンチネルだ。被害者の写真を並べてみると、知らない人なら広告制作会社のオーディションだと思ってしまうかもしれない。皆非常にかっこよくて、健康的に見える小麦色の肌を持ち、がっしりしていながらも、つきすぎない筋肉がシャツであれ、Tシャツであれ、薄い服から透けている様子は、ホルモンが爆発していると言う他ない。

 この三人のセンチネルは皆、セックスの際に興奮しすぎて亡くなったのだ。通俗的に、あるいは俗っぽい言い方で言うと、いわゆる腹上死だ。

 当然ながら、腹上死、つまり性交死は、性行為によってではなく、普通は性行為をする時に興奮しすぎることによって心臓が限界を越えたりして、脳溢血になることによって死亡する。元々心臓に持病を持つ者が、性行為によって不整脈になって心拍が停止するという場合もある。

 しかし、前述した三つの可能性について、心臓病は検死の際最初に排除され、残りの二つの可能性もセンチネルの優秀な生理機能に基づくと、同じく排除された。そうすると、可能性は一つしかない。彼らが毒を盛られ、毒によって死亡したということだ。

 なぜ面倒な事件ではなかったのかというと、検死の報告が出ると、三人の死亡原因が明らかになり、彼らと性行為をした相手を見つければよかったからだ。これも難しいことではない。調べると、三人とも首都圏でトップのクラブの常連だったことがわかった。このクラブは、なんら怪しく、違法で売春するところではなく、ただ単にお酒を飲んで楽しむところだ。お互い気に入ってワンナイトに誘う人がいるかどうかの話となると、クラブはもちろん責任を負わない。

 三人のセンチネルは皆クラブの有名人で、何と言ってもその身分と見た目ならば、首都圏の至る所で寝放題とも言えた。かなりの数のミュートの男女が彼らと寝ることは光栄だと思っていた。三人は、普段お互い会わず、同時にクラブに現れることはほとんどありえない。だが、他の二人が寝た人と寝るために必ず何とかするなど、密かに張り合っていた。

 彼らの死亡日はそれぞれ三日離れていた。彼らは皆、死ぬ前にクラブから、肩までのロングヘアで、小柄で華奢な女の子を連れ出していた。

 次はこの女の子を見つけさえすればよかった……しかし問題は今ここにあった。担当の刑事は、大量の時間と労働力をかけて、ついにこの……禿げの男を見つけた。

 事件は本当に複雑ではなかったが、犯人が女装癖のある者だったために取調べの難易度が増した。

 先ほど、犯人に尋問した際に、あの三人を殺した男が泣いて気絶した。それがさらに四度も続き、刑事も怒る気をなくしてしまった。最後に気絶した際には、担当のガイドは医療支援を呼んであげず、冷ややかに男のパフォーマンスを見ていただけだった。いずれにせよ、精神力は生体情報モニターとして使えるし、無事に自分で起きられるなら大丈夫だ。

 犯人が気絶しては起きまた気絶しては起きたのを含めて、尋問は十四時間も長引いた上、最後には失禁して取調室をめちゃくちゃにした。担当のガイドは精神力によって嗅覚を遮ると、犯人には自らの報いを受けさせ、どちらが排泄物の臭いが充満した空間に長くいることができるか観察した。

 嗅覚がある人がやはり最終的に敗れた。その悪臭の元は自分であっても。

 殺人の過程と動機を自白してから、三十分前に、犯人は泣きながら悪臭まみれで困り果てた様子でシャワーを浴びに行かされた。明日地方検察署に移送する予定だ。

 今は清掃のおばさんがそろそろ取調室の掃除を終えてちょうどマジックミラーを拭いているところだ。向かいに人がいることに気づいたらしく、手で叩いて挨拶した。

 何思も返事として二回叩いた。

「この方も我が署のベテランスタッフだ。清掃のおばさんだが彼女もガイドだ。当時、傷を負ったために第一線から退いたが、家で悠々自適な生活を送るのが嫌なので、思いきって清掃スタッフに応募した。今度会ったら、英さんと呼んで挨拶してな」

 蘇小雅は大人しくうなずいた。自分が何度か待っていた椅子に足を揃えて座り、心配事のありそうな何思を見つめても、どうして自分にこの事件について話したのか尋ねなかった。

「小雅」しばらくして、何思はやっと蘇小雅の名前を呼んだ。

「阿思兄さん、何か話があるなら言っていいですよ」蘇小雅は大人しく返事した。

 年上のガイドは、目線を若いガイドに向けた。その中には心配もあり無力感もあり、最終的にため息と化した。

「きみはまだ知らないだろうが、卜東延の両親が事故で亡くなったと知らせを受けた。一昨日の夜に一酸化炭素中毒のためだ。現場で見つかった情報と手がかりから当時の状況を再現すればこう考えられる。昨夜、二人のお年寄りはお湯を沸かしていることを忘れていて、沸いたお湯が溢れ出て火を消した。彼らの家のコンロは旧式のもので今のような安全スイッチがないから、ガス漏れを招いた。彼らはお年寄りなので嗅覚が退化しており、ガスの匂いに気づかず一酸化炭素中毒で亡くなった」何思の陳述は中立的で、感情の色が全くなく、先ほど三人のセンチネルが性交死した事件を述べた時に比べても、感情がない。

「まさか!本当に事故だったんですか?」蘇小雅は信じられなかった。

「事故だ。現場には他の人が侵入した痕跡がないし、彼らの死に怪しいところは全くない。最近、遺産問題では卜東延の兄弟姉妹が皆秦夏笙の両親と子供にもう迷惑をかける気をなくして、彼らはやっといつもの生活に戻っていた」何思のあっさりした言い方に蘇小雅は全身すっきりしなかった。無意識に顔をしかめ、なぜ何思がそんなに冷静にこの結果を受け入れたのか理解できないようだ。

 若いガイドはエンパス(empath)で何思の感情を探知しようとしたが、彼は蘇小雅の優しさを外に遮った。蘇小雅がエンパス(empath)で他人の感情を探知することに依存するのを減らさせようとする意思がはっきりしていた。

 秦夏笙の状況は何思に危機感を持たせたのかもしれない。彼は、蘇小雅の能力は強いけれど精神力に依存しすぎるということに気づいた。それに、若さゆえに特に感情移入しやすい。これは長所でもあり短所でもある。前後の二つの事件の結果からもわかる。アンドルー・サンガスを前にした時に、蘇小雅は冷酷さと理性で、馮艾保のヒントから尋問に利用できる突破口を見つけ、アンドルーの気持ちをリラックスさせることで、弱点を露呈させた。さらに相手がスピリットアニマルを使って自分を攻撃してくるように導いた後、論理的にスピリットアニマルで反撃した。

 多くのガイドのスピリットアニマルが猛獣類や猛禽類ではないのと違って、蘇小雅のスピリットアニマルは猫だ。猫は気怠げに見え、一般的には脅威のないペットだと思われがちだが、実際は自然界での凶暴な捕食者だ。この時代に至っても、猫の野性は未だ完全に飼い慣らされておらず、家猫にもまだ一部の狩猟本能がある。

 これはアンドルーの不注意であり、蘇小雅の強みである。蘇小雅は余すところなく使いこなした。特捜班班長である岳景楨さえも、尋問の記録映像を見た時に心から褒めた。

 しかし、蘇小雅が秦夏笙に出会ってから、状況は百八十度変わった。彼は秦夏笙に同情した。単に感情を輻射されたためだけではなく、もっと実際には彼は秦夏笙の境遇と最後に取った選択がより納得できたからだ。

 彼は、エンパス(empath)を通して秦夏笙の後悔と夫に裏切られた痛苦を確実に身にしみてよくわかった。ひいては、何思が秦夏笙に尋問し終えた後でもまだ蘇小雅はこのやむを得ないところが多いように見える女性に対して強く感情移入していることが感じられた。

 これは危険だ。危険すぎる。これは、蘇小雅は他人の人格、生活経験、さらに自分の道徳判断に流され、公正な第三者の視点で事件を捜査できないということを表す。何思は、馮艾保がいれば、蘇小雅はどのように中立になり、理性で事件と犯人に向き合うか、次第に身につけるであろうことを知っているが、自分は結局そばで助けることができないため、どうしても安心できなかった。

 先ほどの三人のセンチネルが死亡した事件について、犯人の犯行動機の間接的な原因は、子供の頃にセンチネルである父親から長期間性的虐待を受けていたことにある。犯人が成人し、センチネルである父親が急性アルコール中毒でこの世を去ってやっとねじれた関係から抜け出した。

 本来、犯人は心理カウンセリングに助けを求め、そのうちに通常の生活に戻れるはずだった。しかし、彼はこのような選択を取らなかった。生まれつきの性格なのか、センチネルの父親に長期間虐待されて心がずっと前に壊れてしまったのか、いずれにせよ犯人はセンチネルの恋人を取っ替え引っ替えし始めた。いつも彼の父親と同じタイプの、背が高く、かっこよくて、人でなしで、それに彼に女装させることに夢中になる人だった。

 最後の恋人とは七年前に付き合った。犯人は、その恋愛で、いつものような傷の他に、二十八箇所の刀傷と頭蓋骨の骨折を負い、病院で三ヶ月休養しなければならないという別れのプレゼントをもらった。

 尋問の記録によると、犯人はこう自白している。「私は後になって本当に怖くなった。医者に診てもらうべきだった。もう父の影を探すべきではない……これはが私に言ったことだけど、彼は正しいと思う。父はもう死んだ。後の人と比べて、少なくとも彼は本当に私を愛していた。私を傷つけたいだけの他の人と違って。もともと私はもう耐えられなくて、一人静かに日々を過ごして、ある日一人静かに死に果てるというのもなかなか良さそうだと思って。だけど……でも……」

 運命の悪戯か何かだろうか、犯人はあの日なぜ女装してクラブに飲みに行こうとしたのか自分でもわからなかった。彼が女装するのは久しぶりだった。女装したら、彼は自分が別人になるような気がして、自分の臆病さと惨めさを投げ出し、人に追いかけられるような美しい女性になることができる。

 一番目の事件は本当にただの事故だった。だが、センチネルが自分の腹の上で死んだ時、彼は不意に何とも言いようのない満足感を感じた。まるで彼の一生における苦難は全てこのためにあったようだった。

 残念ながら、心地よさと満足は長く続かなかった。そこで、第二、第三の事件が起きた。

 何思は、もし蘇小雅がこの事件に当たったらどんなことが起こるか、考えたくないし、考える勇気もない。明明白白なことに、蘇小雅は犯人に同情するだろう。もちろん捜査の邪魔をしたり、犯人を逃したりすることまではないが、むやみやたらに絡んでくる犯人に当たった際に、彼は全く処理できないかもしれない。このような時、まさかわざわざ他のガイドを借りて尋問に協力してもらうのか。

「小雅、きみは本当に刑事になって、馮艾保相棒になりたいのか?」何思はついにやっと口を開いた。「きみは本当にこれらの人間性の悪に対処することができるのか?自分をコントロールできるのか」

 連続で質問され、蘇小雅は口を少し開いたが、すぐに反応できなかった。

「わかってほしいんだ。実のところ刑事の仕事では、受け入れがたい事件にしょっちゅう出くわす。我々は人間性の最も暗く、ねじけた一面に触れなければならない。ひいては、最も罪がないのは被害者ではないことを発見するかもしれない。それにもかかわらず、きみが忘れてはないのは、人の命は平等であり、誰にも他人の命を奪う資格はないということだ」何思は力を込めて息を吐いた。「きみは、本当に準備ができているか?」

 何思は、班長の机に置いてあった蘇小雅の入社申請書を見たため、聞かずにはいられなかった。こともあろうに、今日は彼の仕事の最後の一日で、二時間後に中央警察署を出たら、もう蘇小雅を何も助けるわけにはいかない。

 何思は、自分が退職願を出すのが早すぎたのではないかと密かに後悔した。

 蘇小雅は顔をしかめ、何思の質問には答えず、うつむいていて何を考えているかわからない。

 制御室の雰囲気は、人を息詰まらせるほど重苦しい。何思と蘇小雅のエンパスempathは、息も絶え絶えでマインドスコープの中に引っ込んでいる。

「トントントン」ドアを叩く音が重苦しい雰囲気を一掃した。何思と蘇小雅が同時に目を遣り、ドアが開くと、現れたのは馮艾保の不敵な笑みを浮かべた顔だった。

「お二方、ご飯に来てくれないのかな?餞別であり、新歓でもあるよ~」馮艾保は特に蘇小雅に左目でウィンクを送った。真っ黒な瞳の中が光っているみたいだ。

 どうやら一日サボったことで、馮艾保は元気はつらつとなったようだ。

「阿思兄さん」蘇小雅は突然言葉にできない感情が込み上げてきて、深く息を吸うと、何思の方を見た。「雛鳥はいつか巣から離れるべきです。そうでしょう?」

 不安や推測がどんなに多くても、それは「今の蘇小雅」に基づいて判断したものだ。しかし、今彼はわずか十八歳だ!将来の柔軟性はまだ高い。

 何思は呆気に取られて、苦笑いをしながら首を振った。「そうか、じゃあ、これから頑張ってな。馮艾保の教えを排除しないで。彼はいい先生だ」

 蘇小雅はすぐ顔をしかめた。幸いなことに、拒否と納得できなさを危うく口にしそうだったが我慢した。

 今後の試練は、まだまだ多いようだ。

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