「沈（シェン）佳（ジャー）彤（トン）さんですか？」蘇小雅は手元の資料をチラッと見て尋ねた。

　王夫人、即ち沈佳彤は実際の年齢よりも若く見えて、本当はもう五十歳を超えていた。ぱっと見て四十歳くらいの感じで、顔の上には殆ど皺がなかった。日の光が一番強い昼時に、夫と一緒に店を出しているせいで、彼女の肌色は日焼けして健康的な褐色になった。

　彼女が警察署に入った時、「旦那に申し訳ない」、「自分は悪い女」、「私は旦那のことを愛しているから、私のことを見放さないで」とか言って騒いで、ウナギのようにくねくねしており、彼女を捉えてる人が馮艾保じゃなければ、逃げられたのかもしれない。

　その後は静かになり、大人しく尋問室の中に座り、俯いて黙って何も話さず、自分の髪に残っている血生臭い匂いを嗅いでいないようだった。例えクーラーがついている密閉空間だとしても、やはり少し気持ち悪く感じた。

　だから蘇小雅は入る前に、一時的に自分の嗅覚を封じた。

　尋ねる声を聞いた途端、沈佳彤は肩をすくめて少し震え、弓の音に怯える鳥のように、怯えながら全く頭を上げて蘇小雅を見ることができなかった。

「今回の被害者と知り合っていますか？」と蘇小雅はまた尋ねた。

　沈佳彤はまだ頭を俯いていた。彼女は単に事件の関係者なので、手錠に拘束されておらず、彼女は手を繋いで膝の上に置き、強く握っていたせいで、指が真っ赤になり、時に震えて、一体蘇小雅の話を聞いたのかどうかもわからなかった。

「沈佳彤さん？沈さん？」

　頭を俯いていた中年婦人は急に顔を上げ、激しく体を前に乗り出し、両手がパッと金属のテーブルに置いて、前に出て蘇小雅を殴るような姿勢だった。

　蘇小雅は驚かされて、すぐに立ち上がって後ろに下げ、エンパス（empath）を出して、警戒しながら沈佳彤を睨んでいた。彼女は息を切らして、眼窩から目が飛び出しそうになっていた。

「沈さん、落ち着いてください。僕はただ……」

「私が殺しました！私が殺したことを認めます！そうだ、私は彼と知り合っています。彼はその、デモンクビルで働いています！もう私の所に来ないでって言いましたのに！もう彼に教えました！私はそれ以上に平安を傷つくわけには、平安は私にとてもよくしてくれて、彼はこんなにも私のことを愛してくれています……彼は私のことを愛していたから、彼は私の所に来てしまいました……なんで？なんで？教えてください！もう来ないでって言いましたのに！」沈佳彤は息を切らしながら叫び、真っ赤な目で蘇小雅をじっと見つめ、最後は殆ど叫び声を出した。「私が彼を殺しました！私が彼を殺しました！私が彼を殺しました！私が彼を殺しました！」

　彼女は声がかすれるほどに叫んだ。最後の叫び声が終わると同時に、沈佳彤は瞬時に全身の力が抜けたように、拍子抜けして椅子に座り直した。そして彼女は危うく滑って床に倒れることになり、テラゾの床に両足を何回か擦ったおかげで、最後の窮地を免れた。

　彼女は断続的に息を整えていた。その目には焦点があっておらず、充血している眼窩から涙が零れ落ちた。音を立てずに泣いているその光景は、さっきの狂気に満ちた状態と強烈なコントラストをなしていた。

　蘇小雅は慎重に彼女を暫く観察してから、長いテーブルを元の位置に戻し、椅子を引きずって沈佳彤の向かいに座った。

　エンパス（empath）から伝わった情緒によると、目の前の女は非常に悲しむ同時に、非常に混乱していた。いつでもまた狂い始めるが、あまり攻撃的ではなかった。ある種の……蘇小雅は微かに眉をひそめて、戸惑いながらもう一度自分が感じ取った情緒を識別した。

　罪悪感や悔しさというより、沈佳彤の混乱した悲しい情緒の中に、満足感と誇りも含まれていた。一人、もしくは二人の男が自分を深く愛していることに誇りに思っていた……

　何かがおかしい。

「沈……」蘇小雅が口を開いた途端、沈佳彤は猛然と彼を睨みつけ、涙を流しながら彼の言葉を遮った。

「王夫人と呼んでください」彼女は少女のような甘くてあどけない薄笑いを見せ、もう一度強調した。「王夫人と呼んでください。私は王夫人と呼ばれるのが好きです。私の旦那は私を深く愛しているから、彼が喜びます」

「はい、王夫人」蘇小雅はすぐにその意見を受け入れた。「あなたは被害者と不倫関係にあったと言いましたね？」

「そうです」王夫人は連続に何回もうなずいて、蘇小雅が信じないのを心配して、言葉を付け加えた。「彼と奥さんは幸せではありません。だって彼の奥さんはあまり彼の傍にいないし、いつも忙しくしていました……すごく忙しいです。私と違って、私はいつも旦那の傍に居られるから、彼は好きです」

「その不倫関係はどれくらい続いていますか？」

「どれくらい続いていますか……かなり長いです……すごく長いです……確か彼と初めて会った時、彼はこのエリアで働き始めたばかりで、何年前のことなのか忘れました。その時の彼は今のように成功しているわけではなく、安いスーツを身に着けて、ネクタイさえもちゃんと合わせず、千羽虹区の他の人と全然違います……全然違います」王夫人は思い出の中に浸って、優しそうな目で長らく話し続けていた。「実は、私は何日間に彼を観察続けました。彼はわざわざ外でご飯を食べ、小さなお弁当を持っていたが、中にはインスタント食品でいっぱいで、全く美味しくありませんでした。彼の奥さんは妻失格です。彼女は夫の面倒を見るという妻の義務を果たせず、利己的で卑しいです！」

　王夫人がまた発狂しそうになるのを見て、蘇小雅は直ちに彼女の思い出話を中断した。「彼がこんなにもあなたを愛しているのなら、何故あなたは彼を殺しましたか？」

　王夫人の注意力はやはり逸らされ、彼女は凶悪な表情を保ったまま、何秒間にポカンとして、また怯えた表情に戻って、訥々と言った。「私が別れを告げました。彼は奥さんと離婚して、私と結婚したいからです。ダメです……そんなことが許されるはずがありません。私はこんなにも私の旦那を愛しています。その時、旦那のために仕事を辞めたのは、彼の傍にいるためでした……ダメです……」

　王夫人はため息をついているように、その声はソフトで、まるで何か良い夢から目覚めるのを怖がっているようだった。その目は涙を流しながらも、うっすらと笑みが含んでおり、心の奥深くに隠した満足感と誇りは、少しずつ露になってしまった。

　蘇小雅はテーブルの上に肘をついて、塔状になるように指を絡めて、自分の鼻以下の部分を隠し、考え込みながら低吟して王夫人に答えなかった。

　女には彼の返事を必要としておらず、自分勝手に言い続けていた。「彼のような事業に成功し、若くてかっこいい男が、何故私のような平凡で年老いた女を好きになるなんて、みんなが疑っているのを知っています……あなたたちは愚昧過ぎます。この世の男は女と一緒にいるべき、センチネルがガイドと結ばれることと同じように、一人だけではこの世に生きていけず、人であれば寂しく感じるものです。結婚したのなら、私のように夫のために自分の全てを捧げ、彼の傍に居て、彼の世話をして、彼に感謝すべきです」

「つまり、彼はあなたの……」蘇小雅は歯を食いしばって、危うく口をついて出る過酷な言葉をぐッと堪えて、もっと中性的な言葉を選んで続けた。「優しさ、もしくは献上精神に深く惹かれました？」

「もちろんです」王夫人は自慢げに顎を上げて、軽蔑の眼差しで蘇小雅を見つめていた。「あなたはガイドでしょう？警察署の中では、ガイドが犯人の尋問を担当していると聞いたが、それがセンチネルの労苦を分かち合っている何よりの証拠ではないですか？センチネルにはもっと重要な任務があるから、ガイドは女のように、後方勤務をしっかりと片づけ、自分の旦那に迷惑をかけず、彼らを楽しくさせます」

　蘇小雅は王夫人に手を出せないので、彼はただ両面ミラーを酷く睨みつけた。

　彼の怒りを感じ取り、両面ミラーの向こうにいる馮艾保は鼻を鳴らして笑った。「私はこの王夫人が好きだ。私も王様のように奉られたい」

「奉っているって知っているんだ」何思は白目をむいて皮肉を言った。しかし、彼の注意力はすぐに尋問室に戻った。「俺は手伝いに行ったほうがいいと思わない？何かがおかしい、恐らく王夫人は犯人じゃないと思う」

「うーん、中に入ることには反対しないが、言っとくけど、もし眉ちゃんが怒ったら、私とは関係ないよ！私はすぐ逃げるから。彼はあなたに怒らないけど、私は濡れ着を着ないぞ」彼は何思の顔を立てていないと言える。

　何思は何も言えないように反論され、馮艾保に言い返せる言葉が一つも見つけられなかった。

　最後、「いいだろう。これも一つの試練、最後まで小雅にやり遂げてもらわないと」と棒読みで言った。

　二人の大人が責任を押し付け合った結果は置いといて、そこにいる蘇小雅は既に怪しい部分に気づいた。

　彼は再び王夫人のお喋りを中断し、「被害者はあなたが殺したと言うのなら、どのように殺しましたか？」と単刀直入に尋ねた。

「私、私はどのように殺しました？」王夫人は言い淀み、口にしていない言葉を全て飲み込んで、呆然として蘇小雅を見つめ、まるで彼の問題を理解できないようだ。

「そうです。あなたが被害者を殺したと主張し、更に原因としてはあなたが彼と別れたいが、彼がずっとあなたを付き纏って別れたくないと言うのなら、あなたはどういう方法で彼を殺しましたか？」蘇小雅はテーブルを軽く叩いて、ドンドンドンという音は王夫人の注意力を集めるのに最適だった。

　女はテーブルを叩いている蘇小雅の指を見て、例えその目の焦点が相変わらず合っていないが、先ほどのような狂気や散漫はなく、「私は、私は彼を殺しました……」と茫然と答えた。

「僕たちが把握している目撃情報によると、あなたは被害者とかなりの距離があって、彼はあなたと話すこともなく、吐血して倒れました。なら、あなたはどのような方法で彼を殺しました？」

　ドンドンという音は急に止まり、王夫人は猛然と震え、茫然としてどうしようもなく蘇小雅を見て、口を開けっ放しにしても何も答えられなかった。

「王夫人、僕の質問に答えてください」

　数十秒が経った後、王夫人はどもりながら口を開いた。「私、私……私は毒を入れました」

「毒？どうやって入れました？どこに入れました？どれくらい時間が経ちました？何の毒物を使いましたか？」一連の問題に、王夫人は少し耐えられず、彼女は顔を赤らめて、何回か唇を開けては閉め、最後は憎むような眼差しで蘇小雅を見つめていた。

「私が殺したと言ったのに、何でそんなに問題がありますか？彼は私を愛してくれたが、その気持ちに答えられず、だから私に付き纏っていました。そして私は家庭の幸せのために、彼を殺すしかありませんでした！全部言ったじゃないですか？」王夫人はまた叫び出して、唾が飛んでいるように叫んでいた。「彼が私を愛しているのを知っています。彼が私を愛しているのを知っています。あなたたちには何がわかります？だから私は毒を入れて彼を殺しました！彼は私を一目見るために、毎日ダイナーに食事しに来ました。彼は私が旦那を離れられないことを知りながらも、私を愛してくれて、毎日私を一目を見れば満足しています……そうです……彼はこんなにも私のことを愛しています……」

「王夫人」蘇小雅はまたテーブルを二回叩いた。

「まだ何が聞きたいのですか！あなたには私の言葉を理解できません！あなたは、私たちの間の愛情と苦しみを理解できる年ではないでしょう？私だって彼を殺したい訳ではありません！そんなことをしたくありませんでした！でも仕方がありません……あなたに何がわかります！まだ成長し切っていない子供に何がわかります！」王夫人は髪をちぎって、狂気に満ちた表情で蘇小雅を見つめながら叫び、その目には憎しみに占められていた。

「教えて、被害者の名前は何ですか？」蘇小雅は自分に向けられた攻撃性を気にすることもなく、低い声ではっきりと問い質した。

　王夫人は口を開けたまま、目を見開いて、まるでショックを受けたように固まった。

「答えてください」蘇小雅の口調はアグレッシブになった。

「い、言ったはずです。か、彼は卜經理と教えたはずです……」王夫人は我に返って、怯えながら返事した。

「名前、彼のフルネームは何ですか？」

「フル……フルネームですか？私……私……彼……言ったはずです。彼は……彼は……卜經理です……そう、彼は卜經理と言います……卜經理です……」そう言って、王夫人の目玉は猛然と白くなり、白い泡を吐きながら床に倒れ込んだ。