25:結案レポートは卒業論文よりも簡単だった

 一言でホワイトタワー事件に結論付ければ、「予想外だが妥当」と言うべきだろうか?

 インターン生が使えるということで、馮艾保は何の負担もなく蘇小雅に結案レポートを任せた。彼の仕事が順調に行くために、自分の通行証も一緒に彼に渡して使わせ、ファイル室は何の障害もなく通り抜けることになった。証拠保管室でさえ、大半のエリアに入る際に別登録する必要がなかった。

 レポートを書くことはまだ卒業していない若いガイドにとっては朝飯前で、彼自身も二か月前に自分の卒業論文を完成したばかりだ。

 刑事事件は毎日のように起こり、殺人事件の比率も高いとはいえ、複雑の事件が終わった後、何日かの空白期間があって一息をつくことができる。

 馮艾保は蘇小雅にここ数日に警察署に来なくてもいいと言った。当然ながら彼が来たいのなら全然問題はないが、ただ執務室には彼が使えそうなデスクがなかった。蘇小雅は少し考えて、物を家に持ち帰ることにした。何せ馴染みのある環境のほうが、彼もレポートを書くことに集中できる。

 この事件自体は複雑ではないが、レン・チェスタの存在はぞっとさせた。むしろ、この事件が起きた根本的な原因は、完全にレンの導きによるものだと言える。

 何故レンの心はこれほどまでに歪んだのかわからない。だが、事件と関わった何人の日記と活動の痕跡から推測するに、蘇小雅はまるで自分が何十匹ものイナゴを飲み込んで、その虫が彼の胃の中でうじゃうじゃいるような気持ち悪い推測を浮かんだ。

 蘇小雅はレン・チェスタの日記のコピーを見つめて、これは馮艾保が前に彼に渡した日記ではない。先日レンが失踪したという知らせを受けた後、彼らはホワイトタワーに赴き、レンの寝室での棚の狭間で見つけたものだ。

 レンが何故本当の気持ちを記した日記を持ち出さなかったのかにおいては、一つの原因としてはホワイトタワーの中には日記を処分する工具がない。更に彼はホワイトタワーで十年間住んでおり、合計四冊の余分な日記がある上で、逃亡した時にこれらを持ち出すのは非現実的だ。何せ彼はこっそりとホワイトタワーを抜けたものだから、金以外のものは全て残された。余分な服も持っていかず、日記に残すスペースなんてあるはずないだろう?最後……この人の考えは非常に繊細で悪質と言わざるを得なかった。彼があえて日記を残したのは、誰もこれらの物を手に入れないことに賭けていた。

 日記を置いていた狭間は見つかるのが難しい。恐らく彼自身が作ったギミックだった。狭間を弾くメカニズムは棚ドアを閉じる時に空気の圧力を利用したものなので、順番に違うドアを閉じ、最後に狭間を弾けるほどの圧力を作り出せた。

 この棚はホワイトタワーの中のスタンダードの棚であり、合計で五つの棚ドアがあった。蘇小雅は数学の得意な人ではないので、かろうじて恐らく百二十個の組み合わせがあると計算した。時間をかけて試せないわけではないし、ちょっと面倒くさいだけだと心の中で思った。

 馮艾保は彼の言葉を聞いたら頭を振った。

「そんなに簡単じゃない。私は微かな液体が揺らぐ音が聞こえた。容器は恐らくガラス製品だ。金炳輝はさっき一回試したが、間違った順序だから棚の中から歯車が回った音が伝わってきた。多分一定の回数までに間違いを続ければ、腐蝕性の液体や点火装置が直接に狭間の中の物を破壊するのかもしれない」

 その時、彼らはまだ狭間の中にいるものが日記だと知らなかった。ただある狭間を見つけて、レンが残したものから狭間を開ける方法を推測していた。しかし、正確な順番を見つけられなかった。

 この狭間の位置は怪しい。前方、真ん中、後方、上か下のどちらの位置にもなく、棚の中央に隠していた。開けたら中のものが下に落ち、一番底の棚の中に落ちてしまった。しまう時は一番真ん中の棚を開けてから、底を触れると可動式のドアがあり、それを押せば物を取り込むことができた。しかし物を入れた途端、この可動式のドアは詰まってしまうため、彼らが可動式のドアから物を取ることは不可能だった。

 レンが狭間に関する詳細な資料を残したのは、彼らのどうしよもなさに対する嘲りだと蘇小雅は疑った。本当に嫌な奴だ。

 今残っている唯一の方法は、ギミックを繋がっている歯車を破壊すること。それで、ガラス瓶の中の液体が流れ出すことや点火装置を起動することを避けるのだ。

 しかし彼らの前に置かれた問題は、棚を大きく移動したら、または破壊されれば、高い確率で狭間の物はギミックによって壊されてしまう。

 何人は顔を見合わせて、最後に馮艾保はため息をついた。嫌そうで仕方なそうな顔をして肩をすくめた。

「私が何とかするから、あなたたちは外で待っていてくれ。私に三十分だけくれればいい」

 有無を言わさずに全員をドアの外に押しのけて、更にドアを閉めた後に直接鍵をかけた。

 金教官は怒涛の怒りに飲まれ、ドアの外で抑えきれずに何十分も怒鳴っていた。学生時代の葛藤から始まり、全ての不愉快について罵らないと気が済まないと言えるだろう。

 蘇小雅は彼ほどに怒っていなかった。離れる前に、彼は馮艾保のスピリットアニマルのネズミが床で走り回り、本体の足にくつろいで顔を洗って、とても元気で挑戦意欲が旺盛そうにしているのが見えた。馮艾保がネズミの行動が誰にも見られたくないと彼は推測した。まだ何日しか知り合っていないが、彼は馮艾保が自分のスピリットアニマルを誰かに見られることを非常に嫌いがっていると気づいた。

 このような強烈な意志のせいで、多くの人はあのふっくらとしているゴールデンハムスターが見えないのだろう?

 やはり三十分後、馮艾保はドアを開けて、何冊かの日記と液体に満ちていたガラス瓶を手に持っている。その後ろの床には静かに解体された棚が倒れており、全くネズミが行動した痕跡が見えなかった。

 それらの日記は、そのまま証拠保管室から持ち出すことはできないが、何ページかをコピーして持ち帰れるから、蘇小雅はレポート作成の資料として一緒に家に持ち帰った。

『コンコン!』

寝室のドアがノックされ、蘇小雅の思いはレンの日記から戻した。彼はノートパソコンを閉じて、広がっていた資料を簡単に整理した後、立ち上がってドアを開けた。

「兄さん?」

この時間帯では、家には彼ら兄弟しかいないから、蘇小雅は当然ながら自分の兄がノックしたと思った。もしかしたら、彼をアフタヌーンティーに呼ばれているのかも?

 しかしドアを開けた途端、目の前に現れたのは何思だった。

 蘇小雅は少しポカンとした。手を上げて腕についているマイクロパソコンが示している時刻を見ると、午後の三時四十分過ぎ、公務員の退勤時間ではないし、何思がこの時間帯で家に居たこともなかった。

「中に入ってもいい?」何思は尋ねた。

「いいけど……」蘇小雅は急いで後ろに二歩下がって、何思に入らせた。「今日は休みなのか?」

「まあ、どうせ重要なことはないし、いっそうのことサボった」何思は蘇小雅に向けてウィンクをしてそう言った。

 馮艾保には異議がないのか?蘇小雅の頭にこの問題がよぎったが、すぐに振り払った。馮艾保に異議があるかどうかは彼とは関係のないことだ。

「小雅!何思と話し終えたら、下に降りてお菓子を食べてね!」蘇經綸スージンロンは下の階で叫んだ。

「わかった!」

 ドアが閉まった。二人はお互いをよく知る友達のはずなのに、急に気まずくなり、何を話せば良いのかわからなかった。

 何思が蘇小雅の部屋に入ったのは初めてじゃない。何思は蘇小雅の寝室に専属の座布団を持っていた。

「何思兄さん、好きのようにしていいよ。僕はこの段落を終わらせる」蘇小雅は少し考え、いつものように振る舞うことに決めた。

「わかった」何思はうなずき、自分のクッションをベッド下のロッカーから取り出し、ベッドの傍に寄りかかって胡坐をかいていた。

 蘇小雅はカタカタと文字を打って、スピードは速かった。レポートの一段落を終わられたのにあまり時間はかからず、彼は満足そうに息を吐いた。

「レポートは順調に進んでいる?」と何思は尋ねた。

「まあまあかな、卒業論文ほど難しくない。ただ……気分を悪くするだけ」蘇小雅は椅子を回して何思に面と向かって、正直に答えた。「レン・チェスタは恐ろしい人だと思う」

 はっきりとした返事がもらえるとは予想せず、何思は逆に少し固まった。

「どうして?」

「そうは思わないのか?」蘇小雅は驚いたような顔を見せた。しかしすぐに自分を説得して、理解したようにうなずいた。「多分僕が見識不足のせいだろうか?ただこの前に、午後の間にホワイトタワーであれだけ忙しくし、ようやく無傷でその日記を取り出せたことを思い出した。馮艾保のスピリットアニマルがゴールデンハムスターじゃなかったら、完全な日記を取ることができないかもしれない」

「えっと……そういう意味じゃないけど……」何思は頬を掻いた。若いガイドが知識欲の強そうな顔で自分を見つめてるのを見て、思わず苦笑いを出した。「恐らく馮艾保がレン・チェスタの寝室に残っていたストロファンチンが揮発した匂いを確認してから、心の準備を出来ていたのだろう!ただ、まさか彼が逃げるとは思わなかった」

 事件の全貌を観察してみると、レンが自ら手を下した部分は陳雅曼を毒殺することだ。しかしこの部分においては、彼らには証明することで出来ない。状況証拠しかないし、レンは否定し続けることができた。更に、彼は自分が陳雅曼に頼まれて、相手のために毒素を抽出する手助けをしていると言えなくもない。

 何せ狭間からもらった日記の中には、はっきりとレンの陳雅曼に対する憧れと片思いに近い感情が書き記されていた。

 しかしその同時に、日記の中も自分の「普通じゃない」感情への恐怖と怒りが書いてあった。「センチネルはセンチネルと付き合うはずがないだろう?これは遺伝子の天性に逆らっているから、陳雅曼もきっとこのような恐ろしいことが自分の身に起きてほしくない。彼女はいい人であり、いいセンチネルでもある。彼女は尊重されるべきだ。彼女はセンチネルに属する純粋さと誇りを維持すべきだ」

 このような論点はSGと全く同じ。アンドルーの影響を受けたかどうかはわからない。

 しかしレンは黎英英と陳雅曼の関係性に嫉妬し、後になって敵視するようになった。黎英英を嫌っているせいで、レンは意図的に黎英英の一挙手一投足を注目し、その中から弄べる突破口を見つけて、黎英英と陳雅曼の関係を壊したかった。

 それ故、レンは最終的に黎英英と簡正の恋愛関係が発覚した。

「どうやら僕の経験はまだ少ないみたい。もっとたくさんの事件報告書を調べて、自分の知識を増やさないといけないね」蘇小雅は腕を組んで嘆き、馮艾保の通行証がまだ自分の手にある際を利用して、ファイル室で多くの資料を見ることに決めた。

「実は、今日はこの事件のために探しに来たわけじゃない」何思は蘇小雅がいつの間にか刑事の仕事に没頭したのを見て、かなり複雑な気持ちになった。彼は、蘇小雅が司法関係の仕事に就く夢を追い続けることを密かに願っていた。

 しかしこのような言葉はあまりにも言いづらい。若い人の積極性を打ち砕く訳にはいかないだろう?だから早く話題を変えるしかできなかった。

「うん?じゃあ何のために?」蘇小雅は訝りながら言った。

「あなたは……俺が刑事のことを經綸に言わなかったのか?」

「言わなかったよ」蘇小雅はすぐに答えた。「この前はどのような考えに基づいて、このことを隠したのはともかくとして、僕が兄さんに話すべきではないと思う。言ってほしかったのか?」

「いやいや、そういう意味じゃない!」何思は連続で手を振り、顔には気まずさが残っていた。「あなたは經綸と仲がいいから、彼にこのことを話すかもしれないと思った……ごめん、俺は自分の考えで人を推し量った」

「おう……」蘇小雅は肩をすくめて、「大したことじゃないから、あまり気にしないで。それに嘘をついたわけではない、刑事は確かに公務員の一つだから」と慰めるように言った。

 何思は思わず笑い出した。

「俺もわざと隠した訳じゃないけど、ただ……」彼はため息をついた。「刑事という職業はパートナーを探すことにおいて、加点項目ではなく減点項目だ。加給は少なくない、事件を解決したらボーナスも出るが、平日から仕事が忙しく、面倒事に巻き込まれて家族に迷惑をかけることもあった。特に俺はガイド、普通の人がこのような重ね合わせたアイデンティティタグを聞いたら、俺を避けるはずだ。だからその時は一部を隠して經綸に教えなかった」

「理解はできる」

「でも俺はもう仕事を辞める。何せ婚姻届を出しているから、このことも隠し続けるべきではなかった」

「大丈夫、僕はあなたの味方。もし兄さんがあなたに怒っていたら、僕が代わりに宥めるよ」蘇小雅は胸を張って保証した。彼は何思という新しい家族が好きだから、これくらいは容易いことだ。

「ありがとう」何思の心はようやく安堵して、精神力で蘇小雅に触れた。「そうだ。ついでに言うけど、今週の土曜日に家で馮艾保をご飯に誘った」

 蘇小雅の精神力は瞬時にサボテンの針のように尖っった。何思は何回か刺された後に急いで自分の精神力を引っ込めた。

「小、小雅?」

「馮艾保は家に来てご飯を食べる?」蘇小雅は息を呑んで尋ね、しかめっ面をしていた。

「えっと……そう……お兄さんも歓迎しているから、それで……」

 蘇小雅はしかめっ面のまま俯いて何も話さない。何思は手も足も出ないまま彼を見つめ、自分はこの食事をキャンセルすべきかと考えていた。

「何思兄さん、馮艾保が一番嫌いなものが何か知っている?」

暫くして、蘇小雅は微かに口を開いて尋ね、口角には一見気づかれないような弧度を上げた。

「僕はちゃんと彼をおもてなししないと」

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