13:おじさんと眉ちゃんのデュエット(5)

 蘇小雅、何思と馮艾保は車の中で、それぞれ違う姿勢で倒れ込んでいた。

 馮艾保は先ほど、シャツの背中部分が冷や汗でびっしょり濡れていて、容態が非常に好ましくなかったので、やむを得ず金教官に服を貸しもらい、彼の浴室でリフレッシュをした。

 陳雅曼の死を見て、金教官はかなりショックを受けた。若い上級センチネルが短期間に三人も亡くなった。蘇小雅ですら心臓発作を起こしそうになっていたのに、まして学生の世話に尽くした金教官はなおさらだったのも言うまでもないことだった。彼のマインドスコープMind-scopeはその場で野生化になる兆候を見せていたが、幸いなことに、何思がそばにいた。また、その時はホワイトタワーの抑制力が弱い二階の学生寮エリアに居たおかげで、何思が金教官を落ち着かせた後、気力を失って気絶にまでならなかった。

 大人二人とも倒れたが、依然としてきびきびして、元気いっぱいでいられた者は一番若い蘇小雅だった。

 幸いなことに、彼は少し前に運転免許を取得したばかりで、二人を家まで送ることができた。但し、彼らは急いでホワイトタワーを去ることを考えていなかった。

 リフレッシュして少し回復した馮艾保は、何思の押しとどめを無視して二階に戻り、陳雅曼の部屋を一回り捜査した。そして金教官に付き添われて、レンの部屋にも入って見た。

 けれども、レンはまだ生きており、彼自身も同級生の突然の死でショックから気を取り戻しておらず、混乱しているようで、馮艾保は部屋の中で何も触らず、一回り歩き回った後、日記帳を渡してもいいかとだけレンに尋ねた。

 それに同意したレンは、震える手で引き出しの鍵を何度か開け直してから、ようやく日記帳を取り出して馮艾保に手渡した。

 馮艾保はその後に燃え尽きたようになって、金教官とエリナの支えに頼って車に戻った。今、彼は熱中症に苦しむ老犬のように後部座席にへばりつき、大きな体を哀れに丸めて、呼吸が弱かった。

 彼がホワイトタワーから送り出された時とほぼ同時に、鑑識課のスタッフと汪監察医もホワイトタワーに到着した。二十四時間未満でホワイトタワーは再び黄色の非常線で囲まれた。

 蘇小雅はもう出発してもいいと思っていたが、何思も馮艾保ももう少し待つようと言われた。理由が分からなかったが、蘇小雅はそれをおとなしく従い、運転席に座って何思を心配そうに見つめた。

「水をもらってきましょうか?」

 精神力を過度に使ったせいで、何思の肌は透き通るほど青白くなり、目も開けられないようになっていた。彼は座席を後ろへ約六十度傾斜に調整し、半分眠ったように寄りかかっていた。

 蘇小雅の心配の言葉を聞いて、彼は頑張ってまぶたを開け、目を細めて首を振って言った。「大丈夫。しばらく休めば元気になる」

「そうですか?」 蘇小雅は優雅な眉をひそめて、疑問を持った表情をしたが、それ以上何も言わなかった。それから彼はバックミラーに映っている馮艾保に目を向け、ためらってから尋ねた。「あなたはどうですか?お湯をもらってきましょうか?」

「今必要なのはお湯ではない……でも、心配してくれてありがとう」馮艾保は依然として、ゆがんで不格好な姿勢で後部座席に腹這い、半分閉じた目の白目が真っ赤になり、疲れ果てたように見えた。

 どうして彼がこんなに疲れているのか?ホワイトタワーに入った時元気いっぱいだったのに。陳雅曼が胸を押さえて倒れた後、馮艾保の容態が急に悪くなって、まるで何歳も年をとったかのようにやつれていた。

 何もせずに座って待っているのは本当に退屈だったが、蘇小雅は休んでいる二人を邪魔しないように、自分のバックパックを取ってきて、中にある証拠品を取り出して観察した。

 彼は証拠品袋から物を取り出せず、袋越しで見ていた。自分が本物の刑事になっていないから、日記帳を確認することを思い浮かべたが、すぐにやめた。他の小さいものを確認するだけでもずいぶん時間がかかるだろう。

 黎英英は若い女の子であることは間違いなかった。ホワイトタワーに住んでいても、ブレスレット、指輪、ネックレスなど、普段身に着けていても目立たないような小さいゴールドやシルバーアクセサリーをやっぱりいくつか持っていた。

 これらのものはすべてオンラインで購入したのだろう?数えてみると、なんと十二、十三個もある。これは陳雅曼の説明で描かれたその強くて、厳かな女子生徒主席のイメージとは、なんとなく違和感を感じさせた。

 それらのアクセサリーのうち、ある指輪の形が特に美しい。透かし彫りの枝と葉がリングを構成し、洗練された細工でアイビーの模様が作られ、その最後に小さいけど、潤沢で澄んでいる真珠が飾られる。

 あるアイディアが閃いている蘇小雅は、心臓がドキッとした。しかし、その閃きは留められず、意味をはっきり確認できる前に消えた。

 相当の挫折感を覚えていた彼はずっとその指輪を手に持ち、何度もそれを回して見ていた。誰かが車の窓を叩いてから初めて我に返った。

 窓の外にいたのは汪監察医だった。蘇小雅はすぐにボタンを押し、窓を下げた。

「まだ生きているのか?」汪監察医は後部座席を覗き込み、体が立ち上がれない馮艾保を見てため息をついた。「こんなことに遭って、運が悪かったな」

「運が悪かった?」何思は目を開けた。

「そうだ。実際の死因はまだ不明だが、死者は毒物によって殺害されたことを疑っている。彼女の四肢末梢には低酸素症の症状であるチアノーゼが発生し、顔は非常に青白くなった。亡くなる前に大量の汗をかき、胸元には胸の圧迫感や胸痛に関係する引っかき傷があった」汪監察医は話をしてから、ため息をついた。「それに、亡くなる前に彼女のマインドスコープMind-scopeが崩壊したので、馮艾保もその影響を受けただろうと思う」

 後部座席にいるセンチネルは『フン、フン』と声を出し、それは同意だという意味を表しただろう。

 マインドスコープMind-scopeが野生化、または崩壊するとき、その狂暴になった感情と精神力は外部に広がり、周囲にある精神力を届けられるすべての精神力を攻撃する。このような状況になると、同じランクのセンチネルも簡単に攻撃されて傷つけられる。そのせいでマインドスコープMind-scopeも共に崩壊してしまう場合もある。

 それは馮艾保が異変が起こった時に二人の若者を追い払い、自分が陳雅曼に駆け寄って抱きしめた理由だった。それによって、馮艾保は今、半分死んでいるような状態になった。

「また中毒ですか?前と同じ毒ですか?」何思は元気を出して尋ねた。

「それはありえない。経口摂取の毒の可能性が高いと思う。馮艾保もその場にいたし、もしそれが洗剤や防腐剤からの有毒ガスであれば、この前、二人の死者の事件があったので、心の準備があったうえ、その匂いは分かっただろう」汪監察医は考えもせずに即座にその可能性を否定した。「私は……、まあ、いい。ご遺体を検死室に運ばれるので、明日お前たちに報告するわ!」

「ありがとう、先輩……」馮艾保は元気がないが、汪監察医にウインクすることを忘れなかった。

「ゆっくり休んでよ!もう勝手な行動をしないで」汪監察医は他にやりようがなく、ポケットから一つキャンディーのようなものを取り出し、馮艾保に投げた。

 丸々している小さな物体はドスンと馮艾保の肩に当たり、肩と首のラインに沿ってゴロゴロと転がり、最後には馮艾保がもたれかかっている座席に押されて変形した口の端で止まった。

「精神力の回復を促進する薬を飲んで、戻ってよく眠ってください。 必要であれば、何思に付き添ってもらおうか……」 汪監察医は死にかかりそうな何思を見て、大きくため息をついた。「いや。何思も休まなければならない」

「心配しないでください。先輩、寝れば元気になります。大丈夫です……」馮艾保が話し終えた後、アメーバのような行動をし、舌で口の端にある錠剤を口の中に巻き込み、元気がなくだるそうで噛んでいた。蘇小雅がそれを見て、肩をすくめて震えるほど気持ち悪く思った。

 全然大丈夫じゃないんだけど!

 汪監察医も同感しているようだった。一流のセンチネルである馮艾保が、これほど衰弱したから、安心して彼を一人で帰らせて休ませる者はいないだろう。本来なら観察のため病院に送らなければならなかったが、汪監察医は馮艾保の性格をよく知っているからそうしなかった。この男がおとなしく入院することは不可能で、こっそり病院を抜け出す可能性がとても高かった。それはむしろリスクを増やすことにつながるだろう?

 しばらくの間、誰も口を開かなかった。馮艾保が錠剤を噛み、最後にそれをそっと飲み込んだ音しかなかった。

 えっ?違う……蘇小雅は突然震え、背中の毛が逆立った。彼を慌てさせたほどの二人の視線が彼に集まって、気付いていない顔をしようとしたくてもできない。

 それは汪監察医と何思からの視線だった。蘇小雅は証拠品をバックパックに詰め戻すと、しょうがなく、見上げて二人の視線を受けて「僕に……何か言いたいことがありますか?」と言った。

「小雅……」何思は話し始めたが、言い淀んだ。蘇小雅の名前を呼んだ後、彼の表情は複雑になり、それ以上話さなかった。

 汪監察医は何思ほど顧慮することがなく、若いガイドを見て尋ねた。「君はもう成人したよね。見学中に馮艾保に掴まれて、インターンシップ申請書に署名させたと聞いたが、君を有望視しているだろう」

「うん……成年しました。僕は確かに彼に連れられて、インターンシップ申請書に署名するように説得せれたのです。しかし、有望視されているかどうかはわかりません」蘇小雅は慎重に答えた。。

「彼はきっと君のことを気に入っているはずだ」汪監察医はきっぱりと言った。

「小雅はまだ若いし、こうさせる必要はないでしょう……」何思は気力なく話をし、その場の雰囲気を柔らかくしようとした。

「君は上級ガイドのはずだが、馮艾保のスピリットアニマルも見えるんだよね?」汪監察医も馮艾保のスピリットアニマルの状態を知っている数少ない者の一人だが、それがどのような形かを見える能力がない。

 しかし、だからといって、同僚たちは馮艾保が蘇小雅を連れ去った時の状況を語るのを聞いて、二人のスピリットアニマルが戦い合った可能性があったということを推測するには影響をしていなかった。

 蘇小雅は答えなかった。しかし、答えないことは実はたくさんの質問の答えにもなった。

「そうしようか?君が我慢して一晩中馮艾保の面倒を見てもらえないか?」普段はセンチネルらしくなく、とても温厚で礼儀正しい汪監察医だが、この瞬間、彼の独断的な発言はセンチネルの特徴を完全に表した。

 今の話は意見の伺いでも相談でもなかった。それはただのお知らせだった。

 蘇小雅は窓際の中年のセンチネルを唖然と見つめ、耳には馮艾保が喜んで同意した声が響いた。「これは良いアイディアです。異論はありません」

 蘇小雅は我慢できずに「センチネルの辞書には『尊重』という二文字がないのですか?」と言った。

 これを聞いた汪監察医はポカンとした。最初は驚いた目で蘇小雅を見て、それに次いで理解ができたように、何かを言おうとしたとき、馮艾保が先に話した。

「眉ちゃん!怒らないで。『尊』と『重』の二つの文字はちゃんと収録されているよ」薬を飲んだ後、少し元気が戻ったセンチネルはすぐに腕白になった。「しかし、この二文字を一緒に使うかどうかは相手次第だ」

「言葉の説明、どうもありがとうございます!」蘇小雅は振り返り、喜色満面の馮艾保に厳しい視線を送った。

「行かないの?」馮艾保は笑顔で尋ねた。

 蘇小雅はフンッと鼻を鳴らし、後ろに向けて「思兄さん、先にお家まで送ります」と言った。

 行くかどうかを言っていないけど、何思を先に送るという決定は多くのことを説明した。こうやって蘇小雅は最後にわがまましたかっただろう。

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