11:おじさんと眉ちゃんのデュエット(3)

 自分が若いガイドを怒らせたのを知って、馮艾保は相手の精神力の平手を避けずに、顔が横に振られるほどの打ちを平気で受けた。

 すると、蘇小雅は逆に動転し、慌ててエンパスempathを戻した。どうすればいいかという表情を浮かべて、心配りの言葉を寄って言うべきかどうかを悩んでいた。

 馮艾保に命中することを予想しなかった。精神力の攻撃に対して、センチネルの敏感性はガイドほどではなく、奇襲されやすいとは言え、蘇小雅は成年になったばかりのガイドで、自分を守る以外に、精神力で大したことをやった経験がない。身を隠すことすら完璧にこなせられないのだ。馮艾保のような最盛期のセンチネルを攻撃して、的を外すのも当然のことだと思い込んでいた。

 男は骨のつがいが明らかな手のひらでさりげなく顔に残る赤い跡をこすり、眉を上げて言った。「怒りは収まったか?もう上がっていい?」

 蘇小雅はこれで謝罪や慰問の意を表す機会を失い、心には発散できない苦しい息が残り、イライラしにはなっているが、何もできなかった。仕方なく顔をしかめ、乱暴にカードキーをスワイプして、エレベーターの扉を開けた。

 ホワイトタワーでは階段を設けていない。フロア間の移動はエレベーターのような手段に頼っている。

 密閉された箱の中に光は柔らかく、鏡や光を反射するものはない。流れる水の音に包まれ、一階の廊下で感じ取った抑圧感が消えた。

 一階から二階への移動はドアが閉めるとすぐにまた開けるほど速く、通常のエレベーターのような無重力感がなく、まるでずっと動いていないかのように感じさせた。

 扉の外には白い上着を着て、白いズボンをはいた男女の生徒が二人立っていた。彼らの襟と袖口には淡い水色に染められているが、色が薄くてほとんど区別がつかないものだった。蘇小雅は自分が見間違いをしていないのを確認するため、何度も見た。

 衣装はどれも決まったスタイルで、体にフィットはしているけど、着る人の体型が分からず、一九七〇年代の風情が漂っていた。時代を錯乱させる古さを感じさせた。

「こんにちは、」最初に声をかけたのは男子生徒の方だった。彼には典型的なセンチネルの外見を持ち、鋭いラインを刻む顔立ちをし、眼光炯々でありながら目に虚ろさを帯びたている。誇らしい身長を持ち、薄い白い綿の服が引き締まった筋肉の輪郭を描く体を包んでいる。「僕はレン・チェスターです。男子生徒の副主席です。こちらは女子生徒の副主席のチェンヤーマンです」

「刑事部特捜班のインターンの蘇小雅です。彼は……」蘇小雅はすぐに自己紹介をした。そして、視線を元気がなくて、目の前のすべてにまったく無関心に見える馮艾保に向けた。

「刑事部特捜班の馮艾保です」男が欠伸をして、二人の若いセンチネルに手を上げて挨拶した。「後輩のお二人、こんにちは!どっか座って話をする場所はありませんか?」

 馮艾保の名前を聞くと、二人の若いセンチネルの表情が変わった。レンの目は少年がアイドルと会ったように、すぐに輝いた。陳雅曼は眉をひそめて、この伝説の先輩と会うのは好ましくないように見えた。

「あります。お二人は誰に話を聞きたいですか?会議室をご用意しました」レンはすぐに答えた。

「会議室は結構です。亡くなった二人の部屋まで案内してください」馮艾保は二歩前に出て、自分に対して目を輝かせている後輩の肩を軽く叩いた。「ところで、彼から質問はあります」そう言いながら、蘇小雅に指を指した。

 蘇小雅は一瞬、先ほど「五分間で尋ねたいことを考えておいて」と言われた意味を理解した。尋問を自分に任せるという意味だったのか?

「何を聞きたいですか?」道を案内する責任をレンに任せ、陳雅曼はゆっくりと蘇小雅と並んで歩いた。

「お二人は副生徒主席というなら、亡くなったのは今年の男子と女子生徒の主席でしょうね?」蘇小雅は質問を未だ決めていないので、まずは関係のないことから尋ねた。

「はい」陳雅曼が軽く頷いた。

「この二人、普段……どのような人ですか?」質問を聞くと、前を歩いていた馮艾保がにやりと笑い、蘇小雅の顔がすぐに熱くなり、慌ただしく質問を補足した。「つまり、彼らは生徒の間での評価はどうでしたか?」

 明らかに未熟な質問だったが、馮艾保は笑うのをやめて、小さい声でリンエンに話をしていた。ガイドである蘇小雅は精神力を使って盗み聞きをしない限り、彼らの話を聞き取るのは無理だった。少し不満だったが、まずは陳雅曼のほうに集中するしかできなかった。

「男子と女子の生徒主席とも生徒たちの模範です」と陳雅曼は答えた。

「いわゆる模範とは、具体的には行動や体質に関するものですか?」蘇小雅は次の質問をどのように聞くかを一生懸命考えた。陳雅曼の短い答えは、彼に考える余裕を与えた。

「両方ともそうです」陳雅曼は今度、少し話を止めてからまた続けた。「私たちには年に一回の身体検査を受けています。身体的および精神的な各種数値が上位1パーセントに入る者だけが生徒主席に立候補できます。簡正ジェンチェンさんも黎英英リーインインさんも二か月前、最新の身体検査を受けた時、身体的および精神的な各種数値の両方とも一位でした」

「つまり、ホワイトタワーにおいて、その二人の五感や体力がほかの生徒さんより優れているということですか?」蘇小雅は何かを掴まえたような気がした。しかし、その何かという感覚は煙のようなもので、見ることはできても触れることはできず、すぐに消えてしまった。

「はい。特に黎英英さんはそうなんです。彼女の五感は特に鋭敏で、嗅覚がブラッドハウンドに匹敵するほどです。ホワイトタワーに入ってからその名が知られています」黎英英のことを話すと、ずっと無表情だった陳雅曼の虚ろな瞳が微かに潤んできた。二人は多分仲が良かった。

「黎英英さんとはお友達ですか?」蘇小雅が尋ねた。

「それほどではありません」陳雅曼は直ちにそれを否定し、自分に対する何かを探りたい蘇小雅の視線を見て、すぐに付け加えた。「私たちは友達ほどの付き合いではありません。強いて言えば、仲間です。彼女は四年前女子生徒主席に就任したとき、私は彼女の助手でした。二年前に副主席になって、彼女とずっと一緒に仕事をしてきています」

「ではあなたはずっと彼女の部下だったのですか?」蘇小雅は再び尋ねた。

「そうは言えませんかな……生徒主席と副主席には上下関係はありません。権限が違うだけです。但し、各種の競技において、彼女に勝てないことは否定しません。ただ、このホワイトタワーに彼女と比肩できる人は多くありません」蘇小雅が自分を疑っているのを気づいたかどうか分からないが、陳雅曼は依然として高ぶらずへつらわず、明確に説明して質問を答えた。「ランクの違いについてガイドの間の差はどれほどあるか分かりませんが、センチネルの場合は遺伝によって色々決まっています。簡正も黎英英もランクの高いセンチネルで、高ランクの中のトップです。彼らはまだホワイトタワーを出ていませんが、人材募集のため、すでに軍事機関に声をかけられました」

 話をしている間、彼らは亡くなった黎英英の寝室に来ていた。女子生徒の主席であったため、彼女はシングルルームに住んでいた。広々としたスペースにシンプルなスタイルの家具がついている。色はほとんど白だが、カーテンだけは淡いライラック色になっている。窓枠が古典的な欧州風スタイルをして、女の子らしい雰囲気が漂っている。

 馮艾保は何も見ず、まっすぐ窓辺に行き、手を伸ばして窓枠を一回り触った。

「どうしましたか?」蘇小雅は思わず気になって尋ねた。窓には変なところがなく、せいぜいすりガラスが珍しく使われているだけだろう。それゆえ、窓が不透明となり、外の景色をはっきり見えず、微かなハローだけが差し込んでいる。

 馮艾保は彼をちらりと見返し、再びその不快にさせる笑顔を見せた。「どうぞ質問を続けて、こっちの状況について気を配らなくていいよ。」

 蘇小雅は眉をひそめ、いやな気分を覚えているが、陳雅曼に次の質問をした。「軍事機関が募集に来たって言いましたけど、そのこと、皆知っていますか?」

「わずかの生徒しかそのことを知っていません。皆生徒会のメンバーです」陳雅曼が答え終わった後、少し躊躇する表情を見せ、レンに向けて一瞥した。

 ファンのように馮艾保を追っていたレンは、彼女の視線を察知して、しぶしぶ馮艾保の脇を離れて寄ってきた。「どうしましたか?」

「先ほど陳さんに、軍事機関がなくなった二人を募集したことを皆知っているかどうかを尋ねました」蘇小雅は自分の質問をもう一度言った。

「いいえ、生徒会のメンバーしか分かりません」レンは蘇小雅が何か考えごとがあるような顔を見て、躊躇した口調で「でも……あの……えーと……誰かが知っているか知っていないかにもかかわらず、僕たちセンチネルがホワイトタワーを離れた後、遅かれ早かれ、ほとんどは軍、警察、または情報機関に入ります。センチネルには高度な服従性を持っている。ランクの低いセンチネルは自然とランクの高いセンチネルに従います。その二人は軍に早期採用されたとしても、嫉妬やその他の否定的な感情をもたらすことはありません」と言った。

 二人の若いセンチネルは若いガイドの気持ちを察知した。そして非常に巧妙に誰かに嫉妬され、殺されたという蘇小雅の推測を否定した。

「なるほど……」蘇小雅は少し恥ずかしいと思っていた。しかし、自分はまだ若くて、若いセンチネルに会う機会がなかったから、細かいことを知らないのも当たり前のことだと思った。それを考えると、恥ずかしい気持ちもすぐに落ち着き、即座に次の質問を出した。「性格についてはどうですか?あなたたちのある先輩のことを聞きましたが……」

 馮艾保は再び笑った。蘇小雅は不機嫌そうに彼を睨みつけたが、そのセンチネルがまったくこちらを見ることなく、死者の日記などをめくって読んでいた。

 蘇小雅は心の中でそっとフーンと鼻を鳴らした。自分のスピリットアニマルがイライラしてホリホリをしているのを感じた。しかし、ホワイトタワーの抑圧効果の関係で出てくることができず、ムカついて尻尾を振っていた。

 スピリットアニマルを落ち着かせながら、自分の考えることを整理して、続けてそう尋ねた。「その二人はルールを守るタイプですか、それとも反逆的なタイプですか?」

「これは……」レンと陳雅曼は顔を見合わせてから、レンが答えた。

「彼らは優秀な生徒です。服従性が高く、今までホワイトタワーのルールを守ってきました。とは言え、融通が効かない人たちではありません。言い方を変えよう。馮艾保先輩が残したホワイトタワーから抜け出す方法は、生徒会の内部で伝承されています。簡正と黎英英は四、五年前にはすでにその方法を知っていたけれども、一度も外に出たことをしなかったのです」

「卒業した先輩のうち、抜け出した人は少なくありません。それを簡正と黎英英も知っています。今は一部性格が反逆的な後輩の中に、その方法を試した人もいますが、それに対し、その二人は見て見ぬふりをしていました」陳雅曼が付け加えた。

 蘇小雅は我慢できずに馮艾保を見た。その大人のセンチネルはいつの間にか椅子を引き出して腰掛けた。しかし、座っていても姿勢がきちんとせず、快適であればいいと考えられて、体が曲がりくねっていた。それは目の前に気を付けの姿勢を保っている二人の若いセンチネルとは明らかに対照的だ。

「ですから、彼らが身を包んでいた衣装は標準的なドレスではなく、規定外のドレスだと知った時、驚きました」レンが話の最後にため息をして言った。

「なぜ驚いたのですか? 彼らがホワイトタワーから抜け出したことがなくても、卒業前のダンスパーティーは大事な日であるので、突然気まぐれになって出た可能性もあるでしょう」蘇小雅は理解できなかった。

「理由の一つは、この頃彼らが本当に忙しかったからです。卒業ダンスパーティーの準備作業や、生徒会の業務の引き継ぎなどがあって。正直に言うと、陳雅曼も私もどう考えても、彼らにはホワイトタワーを出る時間がないと思っていました。」レンは仲間を見て、サポートを求めた。

 陳雅曼が頷いて同意を示した。「そして、黎英英との仲は友達と言えませんが、ダンスパーティーのドレスについて話し合ったことがありました。少なくともダンスパーティーの四日前まで、彼女は標準的なドレスを着るつもりで、ドレスもすでに出来上がったと言いました。ほら、いまだにクローゼットにぶら下がっていますよ」この少女が話をしながら、クローゼットまで行き、扉を開けた。クローゼット内の服はすべて白で、一点だけはカーテンと同じ色をした長いドレスだ。真っ白の中に特に目立った。

「簡正のほうも同じような状況でした。この前、彼とは同じ寝室を使っていて、友達だと言えました。彼のほうも標準的なドレススーツを準備しました」レンが陳雅曼の話を次いで説明した。

「ですから私たちは驚いたのです。ドレスの準備ができているのに、なぜこっそりとドレスを買わなければならないのですか?また抜け出すことを決めたであれば、わざと標準的なドレスを頼む必要がなかったでしょう?」二人の若いセンチネルは声を合わせて言った。

「たぶん……彼らは、自分たちもホワイトタワーから抜け出したということを皆に知られたくないだけでしょう。男子と女子生徒主席はやっぱり皆の模範でいなければならないでしょうね!」蘇小雅は直感に任せて答えた。

「しかし……」陳雅曼は少し躊躇ってから言った。「昔の生徒主席には頻繁にホワイトタワーから抜け出す人もいました。ここ十年間、外部から購入したドレスで卒業ダンスパーティーに参加する上級センチネルもいました。主席までもいました」

「ネットショッピングもできますし」レンが説明を加えた。「六年前に、金教官がホワイトタワーに戻って就任した後、最高学年の生徒のインターネットへのアクセスを認めました。ネットを利用することもできるようになり、ネットショッピングもできました。例えば、今回僕のドレスもネットで購入したものです。当初、買おうとしていた時、簡正にも一緒に注文するなら送料を節約できるよと言って誘ったが、彼に断れました」

「後輩ちゃんはお金を節約する方法を知っていますね」馮艾保が口を挟んだ。黎英英の日記を読み終えたようで、証拠品袋にいくつかのものを詰めてから寄って来て、すべてを蘇小雅に投げた。

 各証拠品は大きさが違って、若いガイドはそれをすべて安全に保持できないぐらいあった。蘇小雅は少し慌てた。誤って証拠品を落としてしまうのを恐れていた。証拠品が壊れたら、彼は責任をまったく負えないから。

「ホワイトタワーは遠すぎるから、送料が割高ですし、卒業する前、予算も限られていますので、少しでも節約をしたいと考えていました」レンは少し顔を赤らめて、頭を掻き、にやにや笑いながら憧れの先輩を見ていた。

 馮艾保は若いセンチネルに親指を立て、蘇小雅に次のように説明した。「眉ちゃん、物をバックパックに収めておいて!」

 それは言うまでもないことだろう?蘇小雅は馮艾保を睨みつけた。もともとバックパックに物を入れようとしていたが、それをまだしていないだけだ。しかし今の状況になると、まるで馮艾保に注意を促されて初めて自分がしたように見えた。なんか自分が頭を使っていないように見られるようだった。

 なんという嫌な人だ!

「次は簡正の部屋へ行こうか!」若いガイドに睨みつけられていることに気づいていないように、馮艾保は優しくバックパックのジャックを開けてくれて、先輩らしい行動をした。これを見ると、蘇小雅はさらにムカついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る