10:おじさんと眉ちゃんのデュエット(2)

 蘇小雅は素早く手元にある資料を読み終えた。ファイルフォルダーを閉じ、窓の外に通り過ぎる街並みを眺めながらしばらく考え込んだ。

「死者の二人が着ていた服は葬儀場などの場所から流出したもののはずです。国内の葬儀方法は主に火葬ですが、火葬する前、葬儀場の従業員が死者の貴重品や衣服を外して古着屋などに転売する前例はないとは言えません」頭が考えたことをまとめてから、蘇小雅は速やかに話を始めた。「二〇二七年の例を挙げますと、当市の営亜インヤー区の葬儀場では、あまりにも悲しくて、火葬を止めようとして火葬場に闖入した家族がその場で葬儀場の従業員が死者の衣服とアクセサリーを外しているのを見つかりました。これは国内での最後のケースではありません」

 車を運転している馮艾保は口笛を吹いた。「坊や、すごいね。ケースの資料をたくさん読んだの?」

「うん」坊やか眉ちゃんか、どう呼ばれても蘇小雅は異論をしない。そのセンチネルを相手にしたくはないから。だが蘇小雅はなんと言っても話の聞く子で、少し迷っていてから答えた。「司法の道を歩みたいと思っているので、準備もしておかなければなりませんでしょう」

「小雅はずっと真面目な子だよ」何思は横で、わが子自慢のような感じをした。

 蘇小雅はそんな何思を見て、頬が少し紅潮になった。彼は俯いてそっと咳をした。「理由がわかりませんが、どうして服を売る古着屋の代わりに、ホワイトタワーを先に調べますか?この市には行政区画が九つあって、葬儀場が合わせて四か所ありますね。葬儀業者は全部で七十八店、すべて調べるにはそれほど時間がかからないと思います。疑惑のある葬儀場や葬儀業者を特定できれば、衣服をどの商店に売ったかを聞くことができるでしょう。そうではありませんか?」

 運転中の車は赤信号の手前でキーという音を立てて止まった。馮艾保は振り返り、蘇小雅に拍手を送った。「その通りだ。非常に標準的なプロセスだが、ちょっとした問題が一つだけあってね」

「何が問題ですか?」蘇小雅は少し当惑したように眉をひそめた。

「死者がセンチネルだよ。しかもホワイトタワーを未だ出ていなくて、黄色いヒヨコのようなセンチネルなんだよ」馮艾保は蘇小雅にウインクして、赤信号のカウントダウンがゼロになる一秒直前に頭を振り返り、緑のライトが点灯するところに車を発進した。

「意味が分かりません。センチネルであるかどうか、ホワイトタワーを出たかどうかとは関係せず、その二着の衣服は明らかに古着でしょう。思兄さんが先ほど、あることを教えてくれました。あなたはまだヒヨコの時代にも、ホワイトタワーを出る方法を見つけたこととか、その方法を残して後輩のセンチネルに受け継がれたこととか。そうであれば、その二人もあなたの方法でホワイトタワーから出て、古着屋でこの二着の衣装を買うことができたでしょう」蘇小雅は不満そうな口調で言った。

「私のことをヒヨコとこっそりして呼んだのを聞いたよ。眉ちゃんもかなり短気だね。機嫌が悪いと爪を出して人を引っ掻けるよね」馮艾保は小さな声で笑った。若いガイドの嫌味を真剣に受け止めなくて、バックミラーを通して蘇小雅に向けて瞬きをした。「ならそんなことを証明できるのか?」

 蘇小雅がぎょっとした。

「できないだろう?何思が教えてくれたのは彼と私の推測で、それを証明できる事実や証拠はまだないのだ。確かにホワイトタワーからひそかに抜け出して、古着屋で衣装を買うのは可能だが、お使いサービス料金を払えれば、誰かに頼んで衣装を送ってもらうのも可能だろう。ホワイトタワーは一般人が想像するほど、学生を厳しく管理していないよ。特に間もなくホワイトタワーを出る成人したセンチネルに対してはそうだ。彼らは自由に出前を依頼してもいいし、ネットショッピングをしても大丈夫だ」馮艾保は非常に辛抱強く、揶揄や嘲笑を含まない口調で説明した。それを受けて、先ほど少し鋭い話をした蘇小雅が恥ずかしそうになった。

 彼は自分の頬をこすり、バックミラーで馮艾保と目が合うのを避けるために車のドアにもたれ掛かった。

 しばらくして、顔が熱くなくなった後、彼は再び尋ねた。「ということで、今私たちがホワイトタワーに向かうのは、彼らがホワイトタワーを抜け出したことがあるかどうかを確認するためですか?」

「はい。これが捜査の心得の一つなんだ。当たり前のことだと考えてはいけない。すべての発見や推測に対してそれを裏付ける十分な証拠や事実を確保しなければならない。それがないと、それを明確な方向として捉えて、捜査を急ぐことをしてはならない。ほとんどの場合、先入観があると、事件の調査を間違った方向に導く。その際に他の可能性を無視してしまい、事件を解決する鍵を失ってしまうことになる。このような事態が発生すると、未解決事件になるのはまた軽いことだ。もし冤罪事件になってしまったら、どうすればいいだろう?」 何思は蘇小雅の垂れた頭を安心させるように軽く撫でて、責める気がなく、事件捜査のテクニックを優しく説明した。

 物事のやり方の多くは経験の 積み重ねに頼っている。誰も最初にミスを犯すことがあるだろう?後輩に対して、何思は非難するのではなく、常に教え導くことと励ましという方法で指導をしている。

 当初、馮艾保を指導するときもそうだった。十八歳の時の馮艾保は蘇小雅より性格が激しく、頭の回転も他の人より早かった。この服従心を持たないセンチネルを指導するためには何度も精神力を使った。そうしないと、彼を連れて着実に一歩一歩前に進ませることはできなかっただろう。

 まさかこいつも人に教えられるようになったな。

「ホワイトタワーにはセンチネル全員の行動記録がありますか?」蘇小雅がすぐに元気を取り戻した。ずっと犯したミスにとらわれるのは意味がないことだ。できるだけ早く前に進んだほうが学びに役立つ。

「はい、全員分ある」馮艾保がバックミラーに映っている若いガイドを見ながら、笑って言った。「ホワイトタワーの中にいるかどうかにかかわらず、理論の上ではすべてのセンチネルの行動記録がある」

「不思議ですね……」蘇小雅が讃嘆した。

「そうとは思わないね」馮艾保はそっと鼻を鳴らした。「それはセンチネル全員の首に目に見えない鎖が掛かって、一生ホワイトタワーに縛られていることを意味している。番犬のようにな」

「私は犬が好きです」蘇小雅はそっと鼻を鳴らして言った。馮艾保のような内心を推し量りにくい、そして気まぐれのセンチネルには、確かに慎重に監視される必要があると感じた。

「ロシアンブルーのほうじゃないのか?」馮艾保は小声で笑った。

「もちろん猫も好きです」そしてゴールデンハムスターも。蘇小雅は馮艾保のそのぽっちゃりして、自分の美の基準を十分に適合したゴールデンハムスターのことを思い出した。

 ふわふわの動物であれば、彼はみんな好きだ。

「俺は運転に集中する人が好きだけど」何思はバックミラーの中の馮艾保を睨みつけ、成年したばかりの若いガイドに魅力を感じさせ、焦らすのをやめてと静かに警告を発した。

 馮艾保の桃花眼がバックミラーの中で二つの三日月形に曲がっていて、とても上機嫌そうに見えたが、彼はこれ以上何思の忍耐力を挑まず、注意力を道路の状況に集中した。

 車の後部座席で、蘇小雅は事件の焦点を事故か殺人かに当てるべきかについて、何思と議論を始めた。

「中毒死とはいえ、その毒物は揮発した薬物が混じってなった毒ガスですね。偶然の可能性が高いでしょう。それが故意をもって設計されたものとは考えにくいですよね? 」蘇小雅は自分の意見を述べた。

「汪監察医の見方はあなたのと似ている。衣服に残っている洗剤と防腐剤の量は多くない。毒性物質が揮発したとしても、ミュートはせいぜい皮膚が赤く腫れ、めまいを感じて嘔吐するだろう。不可逆的な損害になることはない。一般的に言えば、死亡の危険性もない」何思は性格が穏やかな人で、監察医が出したレポートの中にある各データの意味を蘇小雅に丁寧に説明し、自分が検死で見たディーテール及び汪監察医の見方も伝えた。

「簡単に言えば、この毒はセンチネルにしか傷害を与えないということですか?」蘇小雅は確認するために聞いた。

「はい、年長で腕利きのセンチネルにでも死亡の危険性はある」それはやはりセンチネルの五感は敏感すぎるせいだ。もし心の準備ができていれば、大した問題にはならないかもしれない。しかし、今回の事件のような無防備状態の場合、何かがおかしいと気づいたときには、たいてい挽回できない状態になっている。

「そうですか……」蘇小雅はよく理解してうなずいた。そしてすぐに目ざとく追って尋ねた。「これは汪監察医が言ったことですか?あるいはおじさんが言ったことですか?」

 何思は笑わずにはいられず、またすぐに口を覆って咳を装ってした後、さりげなく答えた。「汪監察医が言ったのだが、馮艾保の推論も大体一緒だ」

「親愛なる相棒、笑ってもかまわないよ。どうせ先ほどはっきりと聞こえたんだから」馮艾保は車を止め、振り返って苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

 話が終わった途端、何思は大声で大笑いし、五分間も笑った後ようやく止まって、お腹を押さえて謝った。

 ホワイトタワーの外に彼ら一連が到着した。午後のホワイトタワーは太陽の光で白くてマットな光沢に覆われている。ゲートの外には軍服を着た青年が待っていたかのように立っていた。

 何思は急いで車から降りて、急ぎ足で前に出て男性に手を伸ばした。「金教官、お待たせして申し訳ありません」

「確かに長く待ちました」金教官は冷淡な表情をして、太陽の日差しで不快であるかのように、眼鏡の透明なレンズの下で目を細めている。「あなたたちは三分四十秒も遅れています」と言い、何思と握手した。

 それを聞いて、何思は笑顔を作るしかできなかった。

「やほー、同級生」馮艾保はサングラスをかけてから車から降り、手を上げて元気よく挨拶した。

「私についてきてください。」金教官は馮艾保に見て見ぬふりをし、定規で計ったかのような角度で振り向いて、この数人をタワーの中に導いた。

 蘇小雅は少し小走りして追いついたが、それに対し、馮艾保は足をゆっくりして、のろのろしてちっとも焦ることがないようにした。

 ホワイトタワーに入ってから、金教官の表情が少し緩め、目も先ほど強張っていたように細くするのをやめた。彼は振り返り、何思たちに話した。「卒業間近の生徒は皆二階に住んでいます。直接上がって話を聞いてください」

「金教官もご一緒ですか?あるいは……」何思は丁寧に尋ねた。

 金教官は、列の最後尾にいる馮艾保を見て、頬の筋肉を二回も引きつらせてから、視線をすぐに何思に戻した。「あなたたちの仕事分担をどうしているのかわかりませんが、生徒たちの話を聞くには、私の同席は必要がないでしょう。男子生徒と女子生徒の副主席は既に二階で待っています。ご質問や何かがのニーズがあれば、彼らに言っておけばいいでしょう」

「それでは……」何思は側に立っている蘇小雅を見て、それから振り返って、いままでついて来ようもしない、立ち姿をしっかりせず、そちらの壁にもたれて掲示板の情報を読んでいるように見えた馮艾保を見た。「金教官と私は、被害者たちのここ一か月間の行動記録を調べに行き、生徒たちへの質問を馮艾保に任せましょう。いかがでしょうか?」

 その話を聞いた金教官は、すぐに嫌がりながらも安堵した表情を見せた。彼の内心にある矛盾を直接感感じられたと言える。

 蘇小雅でさえ今の状況を理解できた。馮艾保と一緒にする必要がないことは金教官にとってどれぐらい嬉しいことだという状況を。馮艾保という男は発言するたび、人を不機嫌にしないと脳出血を起こすかのような変な悪い癖があるんだ。しかし同時に、金教官も自分が守っている子供たちが馮艾保のようなブラックシープと接触させるのは嫌だろう。万が一悪影響を受けてしまったらどうすればいいだろう?

 二つの悪の中から小さいほうの悪を選ぶ。金教官はうなずいて何思の提案に賛同した。

 彼は制服のポケットから一枚のカードキーを取り出し、それをまだ幼い顔をしている蘇小雅に渡した。馮艾保よりも、彼はこの一目でインターンだとわかる青年を信頼したい。「これが宿舎エリアにアクセスするための鍵です。すべての権限を持っています。是非とも乱用をしないでください」

 最後の一言は特に強調して言いました。後ろにいる馮艾保は小さな声で笑った。

「ご安心ください。このカードキーを安全に保管します」振り返って馮艾保に睨みつける気もなく、蘇小雅はしっかりと約束した。

 ホワイトタワーが精神力と感情を抑制すると何思が言ったが、蘇小雅は自分のエンパスempathがあまり影響を受けていないと感じた。ホワイトタワーの雰囲気には確かに不快に感じたが、馮艾保を数回殴るには問題がない。

 金教官は少しリラックスしたようで、蘇小雅にうなずき、何思を連れて速足で立ち去った。

 足音が消えた後、蘇小雅はカードキーを持って、馮艾保の側に歩いて行った。「行きましょうか?」

「行こう」馮艾保が片方の唇をすぼめて、ゆるい態度を収め、準備ができている野獣のようになった。しかし、この野獣の一発目の行動は蘇小雅の左耳の近くに近づけ、小声で「尋ねたいことを五分間で考えておきなさい。ま・ゆ・ちゃん!」と言った。

 これでもう三回目だ!蘇小雅は怒りが湧いて、自分の左耳を覆って、エンパスempathを勢いよく伸ばして、馮艾保の顔に向けて鞭打った。

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