9:おじさんと眉ちゃんのデュエット(1)

「用事をすべて済ませたか?もう行っていいか?」相棒の足音が聞こえてきて、何思が手元の捜査資料を読みながら、さりげなく尋ねた。

「もう大丈夫だ。行こう!」馮艾保は軽やかに答えた。「ところで、インターン一人がついてくるんだけど、ちょっと挨拶してもらっていい?」

 インターン?何思は一瞬当惑し、そんな情報を聞いた憶えがないと思うけど。しかも、彼と馮艾保はいつも特別なケースを取り扱っていて、そのほとんどはインターンの研修には向いていないものだ。研修に向いていない理由はまだ入職していない人の心に影を落としたくないからだ。

「班長から聞いていないけど……」何思は顔を上げて、馮艾保の後ろに立っている肌白くて端麗な顔立ちを見ると、一時停止ボタンが押された骨董品のラジオのように、言いようとする話は全部喉に詰まってしまった。数秒後、彼は息を呑み、震えた声で言った。「小、小雅?蘇小雅なのか?」言葉の最後の声がかすれた。

「阿思兄ちゃん?」蘇小雅も目を丸くして、兄の夫に会ったのに驚いた。 「あなたは特捜班の刑事なんですか?それで来月退職しますか?」非常に迅速かつ正確に、単刀直入だったと言えるほど話の重点を言った。

 今にも腹立ちそうな何思は一瞬で怒りを失い、ぎこちない表情になって、場の雰囲気が気まずくなった。

 脇に立って二人を見っている馮艾保は興味を持って、口笛を吹いた。「知り合いだったか?阿思兄ちゃん?」

「お前は黙って」何思は蘇小雅に腹を立てることはできないけど、馮艾保には遠慮なんかをする必要はない。彼はエンパスempathでセンチネルに殴り掛かり、人に血を吐かせるまでしないと気が済まないほど強い勢いだった。

 馮艾保は早い動きで数歩後退し、ちょうど何思のエンパスempathが触れられる範囲より二センチ以外のところに止まった。それと同時に相棒に眉を上げるのを忘れず、人を挑発することがとても上手だった。

「どういうこと?小雅はなぜインターンとして特捜班に来ているのか?」何思は人を殴りたいなら一歩前に進んだらエンパスempathが届くけど、蘇小雅が横に立って見ているので、馮艾保を掴んで殴る意欲を失ってしまった。逆に、歓心を買うように若いガイドに笑顔見せた。

「今決めたばかりです」蘇小雅は何思を見て、そして視線をのんびりしている馮艾保の方に投げて、暫く考えてから言った。「これは大したことではありませんよ。実習する機会が三回もあるので、やってみようかなと思いました。ホワイトタワーでのセンチネルの死亡事件を追っていると彼が言いました。興味深いと思っています」

 この言葉の裏には『プライベートのことを後にして、馮艾保というセンチネルに詳しい話を聞かせたくない。目の前最優先にすべきことは事件の解決のはずだ』という意味が含まれた。

 何思は若いガイドの話を理解し、エンパスempathで相手の精神力をちょっと触れて、お詫びの気持ちを伝えた。見た目が冷淡な表情をしている蘇小雅は彼の気持ちを受け取ってから、『気にしないで、大したことではありませんから』とエンパスempathで返事した。

「歩きながら話そうか?あるいはお二人は家庭内の問題について先に話し合ってもかまわないよ?」馮艾保の隙を見て話を割り込むテクニックは非常に熟練している。二人のガイドがその言葉を聞いて、同時に彼の顔を見た。

「歩きながら話そう」何思が決定を下した。馮艾保には何かが知っていて、わざと蘇小雅を相手にしたかと疑わっていた。しかし、冷静して考えると、馮艾保がそんな性格の持ち主ではない。

 もし蘇小雅と自分の関係を知っていたら、馮艾保はこっそりして蘇小雅にアプローチするなんかはしない。逆に故意に何かを理由にして、何思と蘇小雅を偶然に会わせ、そして不倫現場を押えた夫のように、二人が会話している間に後ろから飛び出すだろう……いやいやいや、自分の夫はこの天下が乱れるようにとばかり望んでいるセンチネルとは違うんだ!

「どっちでもいいけど」馮艾保が肩をすくめ、近寄って何思の机の上にある捜査資料を整理して、すべてを側にいる蘇小雅に渡した。「さあ、向かう途中読んでおいで。もし何か疑問があれば聞いてください」

 意外と私情にとらわれずに仕事をした。二人のガイドはともに、不思議そうに馮艾保を見つめた。

「誰が運転する?」馮艾保は自分に注目する視線に対して知らないふりをして、車のカギを手に取り、投げて遊んでいた。

「お前だ!」何思は何も考えずに答えた。馮艾保と蘇小雅との余計な接触を止めないといけない。自分の相棒はなんとなく大きな悪いオオカミのように見えるから。

「いいよ。まずホワイトタワーへ?」馮艾保はカギを高く投げ上げて、正確に手のひらに落ちらせてから手に握った。

「ホワイトタワーに行くなら、質問を俺に任せる。お前は黙って」何思の表情が硬くなった。エレナと金教官のことを考えると、彼の精神力が緊張して自動的に丸く縮こませた。

「いいよ。エレナと金炳輝はあなたに任せて、私は後輩たちと話をしよう」馮艾保はどちらでも構わないように肩をすくめた。自分と昔の同級生は犬猿の仲であることをよく知っているから。センチネルは服従する傾向が強くて、刑事の質問に対して答えをしなかったり、隠したりするなんかはしないけど。しかし、その場合、何思は複数のセンチネルを落ち着かせるために余計に精神力を消耗してしまうことになる。

 あっさりしている馮艾保を見て、何思もほっとした。

「僕はどうですか?」二人が仕事の分担を決められてから、自分のことが言及されていないのに気付いて、蘇小雅は手を上げて注目を求めた。

「誰と組みたい?」馮艾保は身を乗り出した。彼はセンチネルの平均身長より五、六センチとダントツに高いので、彼の前に蘇小雅は少し小柄に見えてしまった。この大きな意地悪いオオカミは故意に若いガイドを自分の影の中に入らせ、身を屈めて彼の左の耳元で聞いた。

 蘇小雅は今度我慢できず、吐息に吹かれて熱くなった左耳を強く覆って、椅子を二つも蹴っ飛ばして、大きな動きで横に逃げた。

 馮艾保がすぐに爆笑して、それで何思にエンパスempathでひどく殴られた。

「あっいたっ、ごめんごめん、わざとではなかったよ!」センチネルが数発殴られた後、慌てて回避した。さらに、恥を知らずにスピリットアニマルのゴールデンハムスターを出し、可愛いらしさで人の機嫌を取ろうとした。まん丸いバカっぽくて可愛い顔と短い二本の前足を合掌して、何思を拝んだ。

 本当にかわいかった。かわいすぎたせいか、蘇小雅の耳の熱さが消えていなく、未だぞくぞくしているうち、スピリットアニマルのロシアンブルーも自然に飛び出した。そして、一瞬も休むことなく、ゴールデンハムスターに向かって駆け寄り、口を開けて噛みついた。

ガン!」蘇小雅は慌てて止めようとしたが、先ほどと同じく何もできなかった。

 それから大混乱になってしまった。特捜班のオフィスの一角が二匹のスピリットアニマルとセンチネル一人、ガイド二人によって、台風が通過した状況のようになった。何思の机さえも九十度引っくり返されそうになった。結局、S級のシニアガイドである何思の力で鎮圧し、天敵同士の乱闘をかろうじて終わらせた。

 ロシアンブルーの鼻にはハムスターに噛まれた傷が残っている。ゴールデンハムスターの背中には一部の毛がなくなり、幾つかの歯の痕跡が残っている。二匹が何思のエンパスempathに隔てられ、息を切らしながら、いつでも突進して勝敗を決めたいように立ち向かっていた。

 両方の本体のほうはそれほど狼狽えていなかった。馮艾保が腰を揉めながら、蘇小雅の鼻にある赤い痕跡に対して舌を打ったぐらいだけだった。

 まだホワイトタワーの敷地内に入っていないけど、何思は心がすでに疲れているのを感じた。彼は二人にスピリットアニマルの回収を強制し、そして上級ガイドしか分からないテクニックを使って、ロシアンブルーとゴールデンハムスターがまた突然と飛び出て喧嘩しないように、二人のマインドスコープMind-scopeを短時間に封鎖した。

「小雅、俺のほうについてこようか」何思は彼らが二人きりでいることを心配している。

「眉ちゃん、どう?」馮艾保は明らかに異議を唱えている。同じ質問をわざともう一度聞いた。その上、蘇小雅に妙なニックネームを付けた。

 眉ちゃんってなに?ふざけんな!蘇小雅は心の中で突っ込んだ。しかし理性のほうが利き、言葉を口にしなくて、少し白目をむいただけだった。

「ホワイトタワーがスピリットアニマルを抑制しますよね?」蘇小雅がホワイトタワーに関連する歴史を読んだことを思い出した。ガイドはもうタワーの管轄外になり、ブラックタワーはもう歴史のゴミ箱の中で塵となってしまったが、基本的な知識は未だに学ばなければならないものである。

「はい、感情の起伏も抑制される」馮艾保はタバコを一本取り出して、手のひらで軽く叩いてから、口にくわえながら答えた。

「うーん……」蘇小雅は深く考えずに頷いた。「おじさんについて行きたいです」

「おじさん?」馮艾保は体を引き締めて、口にくわえたタバコが嚙まされて切った。彼は何事もなかったかのようにタバコの頭の部分を吐き出し、中身の煙草が吹き出された部分と一緒にゴミ箱に捨てた。「私はまだ二十九だぞ」

「僕は十八歳ですよ」蘇小雅は慎み深く、おごりたかぶる笑顔を見せた。それはまさにそのロシアンブルーと同じ表情だった。「おじさん」

 側にいる何思は思わずぷっと笑い出した。

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