4:卒業は人生の始まりか終わりか?(4)

 何思の予想通りに卒業ダンスパーティーの曲目リストを手に入れた。けれども、馮艾保とホワイトタワーを出た時、自分が五十歳老けた感じがした。

 パトカーに寄りかかった馮艾保は長い足を片方だけ曲げて立っていた。サングラスで半分の顔が見えなくなり、火を点ったばかりのタバコを口にくわえていた。小さな火が真夜中にちらつき、物を照らすには役に立たないが、ある種の特別な雰囲気を漂わせた。

 簡単に言えば、この男はタバコを吸うときでも人を誘惑しているように見える。

 鑑識スタッフは任務終了で既に離れ、残りの数人の警察官が現場を片付けている。二人の若者の遺体は既に検死室に送られた。死者はセンチネルであるため、割り込んで検死作業が早期に始まる可能性がかなり高い。早ければ明日の朝、遅くとも明日の夜に、詳細な剖検レポートを入手できるはず。

 何思はすべてのマナーを捨てて、車の横に長い間しゃがんでいた後、ようやく生気を取り戻した。精神力のほうはまだかなり疲れているが、空振りし続けたような精神が引き締めた緊張感から抜け出すことができた。

 携帯灰皿が軽くカチッと音が立たれた後、タバコの煙を消す音が聞こえてきた。

 馮艾保は特製のセンチネル専用タバコを吸っていた。このタバコはミュートが吸うタバコのような強い匂いがするものとは違い、メンソール系のライトタバコのように、ほのかなミントの香りを帯びていて、ニコチンの匂いはほとんどしない。なので、それを知らない人はすぐにセンチネルの人がタバコを吸ったことに気づかないのだ。

 灰皿を閉じて収めてから、馮艾保は飴の包装紙をむいて口に入れた。センチネルのダイヤモンドほど硬い歯に飴が軽く突き当り、ホワイトノイズのような小さい音を立てた。その音で何思の最後の緊張感を一掃した。

 何思は長い息を吐き、立ち上がり、しゃがみ込んでいたせいで痛む足を伸ばした。

「ちょっと教えてもらえない?あなたとあの二人の間に何か嫌な過去があったか?」金教官が馮艾保を見て、歪んだ表情をすぐにも抑えられないことを思い出したら、反射的に何思の肩が震えた。

 幸いなことに、二人の出会いはホワイトタワーの中で起きたのだ。ホワイトタワーの環境で、二人のセンチネルが取っ組み合いをする状況まで展開しなかったが、その対立して戦いそうな雰囲気は本当に何思を肉体的にも精神的にも疲れさせた。

 本当は二人の間に、どのような感情があるかのを知りたくないけど、エンパスempathを使って二人のセンチネルを可能な限り慰めなければならなかった……いいえ、慰めるべき人は実は一人だけだった。それが金教官だけだった。相棒の馮艾保はトラブルメーカーと言っても無実のことではない。彼の精神状態は安定で、さらに少し愉快な感情を帯びていた。このことについて何思は非常に不快に思った。

 馮艾保は両手を広げ、自分のガイドに肩をすくめ、無邪気な顔をして言った。「何をやって彼らの機嫌を損ねたか自分も知らない。当時、その二人は先生と教官にとってはいい子だった。エレナが女子生徒の主席で、金炳輝ジンビンホェイが男子生徒の主席だった。ホワイトタワーで楽しい生活を送っていただろう。教師と教官は彼らをかわいがって信頼し、仲間にも追従されていた。このようなことは思春期の子供にとって、人生の頂点に立っているようと言えるだろう」

 自分とは完全に関係がないような説明だった。まるで『馮艾保が潔白な蓮の花みたいに害のない人』と言ってるのように聞こえた。

 何思は遠慮なく目を丸くして、馮艾保を白い目で見た。舌を打ってからそう言った。「じゃあなたはどうだった?彼らを追従していたか?追従していたらなぜ卒業ダンスパーティーの幹事長をあなたが務めたのか?彼らは?」

 何思の頭は馮艾保ほど回転が速くないかもしれないが、精神力という武器がある。エレナと金炳輝の方から受信した感情で、すべての不愉快なことに起因は卒業ダンスパーティーだと知り得た。またこの前馮艾保がダンスパーティーの事務を担当していた昔話をしたことから、この人たちの間に矛盾が起きた主な原因はそれだと判断できる。

 馮艾保が頭を傾けてだだをこねるような笑顔を見せて言った。「それは関係ないことだ。彼らとのことは大昔、過ぎたことだった。過去の失敗で自分を苦しめるのが好きであれば、どうぞ勝手にしやがれ。私とは関係ない。今回の事件とも関係はない」

 それを言いながら、常ににこにこしている顔から突然笑顔が消えて、不意に真剣な表情に変わった。それを見て何思は唖然とし、無意識に背筋を伸ばして真面目な態度になった。

「しかし、卒業ダンスパーティーの曲目により、生徒たちにある程度の被害をもたらし、そして曲目リストに審査責任のある人は義務を果たさなかった場合、その責任を確かに問われるべきだ」馮艾保は言い方をわざと厳しく言うつもりはなかったけど、何思は依然に神経を尖らせた。

 確かに、曲目のミスによって生徒たちにどんな程度の被害をもたらしたかとは関係せず、慎重に正面から検討すべきだ。

「とは言え、私としては生徒たちの死に、音楽の曲目とは関係ないと思う」一秒前まで厳粛だった態度はまただらしのない状態になってきた。馮艾保は口の中の飴をボリボリと噛み砕いて、欠伸をしながら言葉を付け加えた。

「なぜそういいきれるのか?」監察医が音楽の曲目に関する推定を言っていた時から、馮艾保がそれを信じていなかった。そして、馮艾保があとからも重ねて曲目は重要なことではないと言っていた。「何を根拠に推論しているのか?理由を隠して言わないのをやめなさい!俺がエンパスempathであなたのスピリットアニマルを殴るぞ!」これを言うと、何思がムカつくなってきて、怖い顔で相棒に歯をむき出した。

 今日の彼は肉体的にも精神的にも疲れ果てていると言える。そのうえ、長く隠してきた秘密をどうやって相棒へ打ち明けるかを悩んでいたが、その秘密は不意にふたが開けられた。ということで、こんな時、もし誰かがまた彼をいじようとしたら、何思は本当に爆発しそう! 長い間彼は馮艾保を殴りたかった。仕事を辞める前に、一回殴ってもいいかも。

 相手を威圧する言葉を吐いたうえ、もう冗談の話はない。馮艾保のようなトップセンチネルでさえ、S級ガイドによるスピリットアニマルへの攻撃には耐えられない。

 彼はその空気を読んで何思の機嫌を取るように微笑んで、車に向かって頭を傾げて、「帰りの途中で話そうか?もうホワイトタワーの敷地内にいるのは嫌だ」と言った。

 何思はこの点に異議を唱えていない。今夜四名のセンチネルがホワイトタワーに対するそれぞれ異なる反応を見せてくれた。馮艾保の様子は異常だったと言える。監察医は普通のセンチネルがよくする反応をした。横たわって、流れに身を任せて、反抗をせずが、完全に妥協することもしない。エレナと金教官は馮艾保とは正反対の立場を取り、自分を失ったほどホワイトタワーの影響に極度に服従している。

 馮艾保は今まで何ともないのように振る舞っていて、受けた影響の度合いはガイドである彼よりも浅いに見えても、実際の状況について、何思は簡単に結論を出すことをしない。この奴は自分の感情を隠すことに慣れている。ガイドの前でセンチネルがどうやって謎のままでいられるのか。その答えが見つからない。

 何思はかつて非常に困っていたが、今の何思はもう気にしていない。馮艾保はただの変な奴で、普通のセンチネルとして扱ってはいけない。

 二人は車に入ってから、何思がすぐに車を発進させた。暫くすると彼らはホワイトタワーの敷地を出て、その周辺にある富裕層が住むエリアの道路に入った。

「時間の話を聞いたが、覚えているか?」今度馮艾保が手段を弄せず、誠意を示すために真っ先に話を始めた。

「覚えている。時間って何か問題があるか?」長い通りの状況はよかった。この時間に車がほとんど走っていなかったので、何思は自分のエネルギーの一部を馮艾保に割り当てた。

「卒業式の進行が私の時代と同じなら、今夜は六時に始まって九時に終了で、計三時間だったはず」馮艾保は顔にかけていたサングラスを外し、前席のグローブボックスをさりげなく開け、サングラスを放り込んでからわざと音を立たせて閉じた。

 何思は眉をひそめて彼を睨みつけた。それはセンチネルの敏感な鼓膜を心配したからではなく、グローブボックスのバックルが壊れてしまうのではないかと恐れていたからだ。他所のセンチネルはバックルよりも弱い可能性があるが、こっちのセンチネルは十個のバックルよりも強い。

「この時間帯は合理的だ」

「確かに合理的なので、曲目との関係が薄いと言っていた。考えてごらん。通報を受けたのは夜の七時二十八分だった。監察医の到着時間は普通な場合、八時ごろで、遅くても八時十分を超えることはないだろう。その十分後私たちが現場に到着した。ご遺体を見たのは八時半ごろだった。先輩との会話はせいぜい十分で、彼がそちらを出たのは約八時四十分すぎ……この推論は大丈夫だろう?」

 事件が起きた場所はホワイトタワーだったので、警察の出動速度は一般の犯行現場よりはるかに速かった。中央警察署はホワイトタワーから遠くないし、どちらもセントラル地域に所在しているのだ。

 何思はしばらく黙った。心の中で馮艾保が提示したタイムラインを考えてから言った。「はい、あなたのタイムラインは正確であるはず」と頷いた。

 時間の計算について、センチネルはストップウォッチのように器用だ。

「つまり、八時から八時十分まで、スピーカーからは『1812年序曲』が流れていた。そして八時四十分ごろになってから、初めて『カルミナ・ブラーナ』の「O Fortunaおお、運命の女神よ」のメロディーが流れてきたのだ」馮艾保は楽曲のタイトル「O Fortuna」をシェイクスピアの戯曲の口調で言い、それを聞いて何思が我慢できずにエンパスempathで彼にパンチした。

 馮艾保は痛いと叫んで泣き叫ぶのを装っていたが、何思が再び自分を殴ろうとしているのを見て、表情を正しくし、話を続けた。「成人になったばかりのセンチネルは確かに弱い。殻を破ったばかりのひよこのほうが彼らよりも強い」

 何思はぷっと笑い出し、エンパスempathで脅かし半分で慰め半分で、自分が殴った部位を撫でた。

「いくら弱いと言っても、彼らはセンチネルだ。多少刺激を受けるとは言え、大砲の音や大合唱で刺激を受け、死んでしまうことはあり得ないだろう。彼らの生理機能は正常で頑丈だし、心臓疾患の患者でもない。確かにセンチネルは刺激を受けて、精神や肉体がダメージを受けることはある。しかし、クラシックの楽曲に高強度の刺激を継続的にセンチネルに与える時間が長くて十分であると思うか?」サングラスの邪魔がないと、馮艾保の美しい目が一望できる。その目に見つめられると、見通されるみたいな不気味な感じがする。

 何思はその質問に唖然とし、運転する気にもなれなかった。道端に空いている駐車スペースがあるのを見て、そこに車を止めた。

「しかし、監察医が若いセンチネルには耐えられないかもと言っていたが……」そう言うと、彼もまた突然口を閉ざし、軽く息を吸い込んだ。「あなたが言ったよね。卒業ダンスパーティーで音楽を流すのはあなたの時から始まったのだ。つまりそれ以前、ホワイトタワーの卒業ダンスパーティーには音楽を流すことをしていなかったっていうことか?」

「やっと理解してくれた」馮艾保は大げさに彼に拍手を送って言った。「若いセンチネルについて、先輩が判断を間違えたことに理解できる。彼は昔、ダンスパーティーで音楽の洗礼を受けたことはなかった。信じてくれ、その場で序曲『1812年』を聞いても、大砲の音が最も衝撃的なバージョンを聞いても、体質の弱い子はせいぜい二日間耳鳴りを起こすだけで、驚いて死ぬことはない。私が担当したあの卒業ダンスパーティーで流した最も刺激的な音楽はレッド・ツェッペリンの曲だったよ」

 馮艾保が本当に大した度胸だった。レッド・ツェッペリンか?それはヘビーメタルロックのバンドだ。

「当時、二日間耳鳴りを起こした子にはエレナも金教官もいたか?」何思はすぐに理解ができた。

 馮艾保は八重歯をむき出しに笑った。「二日間ではなく、七日間だった。彼らは耳が聞こえなくなると思っていた。

 なんてクソな奴だ!

「私が残した慣例に従うと、音楽の曲目は遅くなるほど刺激の度合いが大きくなる。八時に序曲『1812年』が流され、八時四十分すぎてからは『カルミナ・ブラーナ』の序章で、今期の子たちはかなり慎重だった。金炳輝は職務を怠ることをしていないと思う。」馮艾保は勝手に結論を下した。

 何思は口を半開き、次の瞬間に馮艾保の肩を強く殴って怒鳴った。「あなたはこの前俺をミスリードしていた!」

 一般の殺人事件の場合、何思は今日のように馮艾保に導かれることは絶対に起きない。たまたま二人のセンチネルが死亡し、こいつは情報の非対称性を利用して彼を騙した!それを楽しんでやっていた!

 何思はエンパスempathで、馮艾保のスピリットアニマルを掴み出して殴りたかった!

「最初はただ先輩のメンツを保つためと考えていた。彼は感傷的になって、私たちの尋問を待っていたので、その場で彼のメンツを潰すことをしては良くないだろう?」馮艾保は肩の痛みがあまり感じなく、何思よりも体質がはるかに優れている。それでも無邪気な苦い顔をして、肩を揉めて嘆願した。

「嘘つけ!」何思は腹立って咆哮し、エンパスempathで馮艾保を脅した。「あなたの頭をダメにするよ!」

 そんなことをしないと馮艾保が思うけど、口に出してはいけないので、震えるふりをした。

「他に手がかりがある場合、すべて吐き出して!俺に隠すことがあれば、ふん!退職まであと一ヶ月あるから、退職のプレゼントとして、毎日あなたのスピリットアニマルを殴ってもいいよ」

「やめてやめて。お手やわらかに!私のスピリットアニマルはとてもかわいいよ。手荒なことはしないだろう?」馮艾保が芝居を打って弱いふりをした。何思はそれが嘘だと知りながら、恥ずかしいことに、自分がその手に弱い人だ。

「教えてください。他に何か分かったことあったか?」車を再び道路に戻った。数回叫んでから、ようやく今日一日に蓄積されてきた多くのムカつきと疲れを発散した。

「亡くなった二人はこっそりホワイトタワーを抜け出したことはあっただろう。彼らの洋服の生地と裁縫の作り方がちょっとおかしい」と馮艾保は今度、非常に率直に話を続けた。「彼らのタキシードとドレスの生地は純綿ではなかった。学生には本物のシルクの服を買うお金がないので、その生地が合成繊維しかありえない。ホワイトタワーに住む雛たちは純綿の服を着ているので、卒業ダンスパーティーのドレスも純綿で作っているのだ。もちろん、ホワイトタワーからこっそり抜け出して自分用の特別なドレスを購入する方法があれば、それを着ることも可能だが。教官や教師はそれを禁止はしない」

「但し、普通の若いセンチネルはそうしない。ホワイトタワーを抜け出す方法も知らないだろう?」何思は運転の隙を見て馮艾保に視線を投げた。彼が話をし始める前に、一歩先に話をした。「もしかしてあなたの時から、何かがの秘密路線図が代々継承され、その時から少しの若いセンチネルがホワイトタワーを抜け出す方法を知るようになっただろう?

「そんな言い方をやめてください。私は窓を一つ開けただけだった。その窓から抜け出すかどうか、それは個人の選択だ」焦げつかないテフロン鍋のように、悪いこととは一切関係ない人間みたいの言い方だ。

「エレナと金教官は気性の優しい人たちだ」何思は暫く黙ってから感慨深げに言った。「服に何か問題があるとは思わないだろう?」

「さあね?」馮艾保は肩をすくめ、相棒に左目をウインクした。「私はただ、糸口が見つけやすい可能性を一つ提案しているだけだ。」

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