3:卒業は人生の始まりか終わりか?(3)

 馮艾保は本当、何思にその決定は価値があるのかと心から尋ねたかったのだ。今すぐ一服する必要があると、彼はその切迫感を感じた。

「教官や先生に話を聞くか?それとも外に出てタバコを吸うか?」ホワイトタワーの中にいると何思の精神力があまり役に立たず、その上自分が疲れてしまう。先ほど自分が投げ出した話が馮艾保への影響は明らかに想像以上大きかったとは思ってもいなかった。

「とりあえず外に出ようか。今日は知りたいことを聞き出せないと思う。けれども出る前に、卒業ダンスパーティーに使った楽曲のリストをもらっておこうか」まずはチャイコフスキーの序曲『1812年』、続いては『カルミナ・ブラーナ』の序章。いずれも有名で親しみやすい曲だが、成年になったばかりのセンチネルのダンスパーティーには決して相応しいものではない。

 当時自分が参加したダンスパーティーのことを馮艾保は今も覚えている。ホワイトタワーにいた頃、彼は既にマイペースな人として知られ、先生も教官も彼をどうすればいいか分からなかった。ホワイトタワーは未成年のセンチネルを守る場所ではあるが、もし若いセンチネルがわざと刺激源に触れようとしたら、他の人へ影響を与えていない限り、先生も教師もどうしようもない。

 これは馮艾保の茶目なところだ。死を恐れず、繊細な五感が耐える限界をギリギリまで試して続けてきた彼は、死なない限り、どんな傷を受けても、わがままを止めることはしないと言える。

 だが、彼には被害を拡大させない術を持っているため、先生も教官も彼に対してしたかがない。彼がホワイトタワーにおける最後の一年になる際、彼の悪魔のような、極限まで探り続ける過剰な好奇心を消耗するため、彼は卒業ダンスパーティーの幹事を務めさせられた。

 それはたぶん馮艾保という人に対して、その八年間で一番賢い決定だと言えるだろう。

 確かに馮艾保は常に自分の能力の限界をいたずらのようにチャレンジをするんだが、そんないたずらを他の人には決してしない。実は、彼が抜け穴を利用する歪んだ才能を除き、馮艾保は非常に名誉を重視する、責任感の持ち主だ。

 その年、馮艾保は仲のいい数人の仲間とボランティアの同級生をリードして、卒業ダンスパーティーを盛大かつ完璧に開催した。八年間も自分の体の機能を用いて実験してきたおかげで、馮艾保はこれら卵の殻を破った雛のような若いセンチネルが耐えられる刺激の限界をよく理解している。その限界を超えずに刺激を与える方法を知っている故、五感の喜びを存分に味わってもらえたと言える。

 音楽を流すというやり方は馮艾保が率先して採用した。

「穏やかな音楽は若いセンチネルにとって良い刺激の源だと思う。選び方を知っていて、限界がどこまでかを知っている限り、通常は害を及ぼさず音楽を楽しむことができ、聴覚を活性化する効果も期待できる」馮艾保は何思の一歩先に、先生と教官の宿舎エリアに向かって歩きながら説明した。

「とはいえ、あなたはホワイトタワーに数十年か数百年に一人しか出てこない異端児だと思う。未だ卒業していないのに、すでに刺激の限界を知っているなんて」何思は静かにため息をついた。これで、今まで十年間の小さな疑問を解決したと考えていい。

 十八歳にホワイトタワーを出た馮艾保が同じ年に警察隊に入隊できた理由を何思はようやく答えを見つけた。優れた生理的能力を持つセンチネルは成年後、軍隊、警察隊、国安部署などが争って確保したい者だとは言え、ホワイトタワーを出て、高度にマッチングできるガイドを見つけるまで、これらのセンチネルには約一年間の社会化教育を受けて必要がある。

 その教育を簡単に言うと、つまり一般社会における各種の刺激に慣れる教育のことだ。各種の刺激とは騒音、鮮やかな色、いろいろな匂いが混ざっている空気などを指す。ミュート(センチネルでもガイドでもない。能力を持たない一般の人)が暮らす社会において、敏感な五感を利用しながら、回復できないダメージを受けない方法を学ぶのだ。

 したがって、普通のセンチネルは二十歳前後で正式に一般人の社会に入るのだ。当時まだ十八歳だった馮艾保の社会参加は例外中の例外だと言える。最初は彼が障害のあるセンチネルだから、そんなに早く社会に溶け込むことができたかと疑う者もいた。

 何思は一度もそんな疑問を持っていなかった。成熟したガイドである彼は、センチネルの生理的や心理的機能に欠陥があるかどうかを簡単に察知することができるから。馮艾保が今まで会ったセンチネルのうち、一番健全な人だ。

 大げさではないが、彼は驚くほど健全なセンチネルだ。

 これは怪しいことだった。彼は数え切れないほど理由を考えた。馮艾保が予期に反して行動するものだという結論を下したが、その経緯を今日になって初めて分かった。

 生まれつき類まれな能力を持っている人はいるかもしれないが、死を恐れずに頑張って練習してきた優秀な人材もいるだろう。

「それはそうではない。もともとホワイトタワーに入らなくてもやっていけるよ」馮艾保は頭を傾け、何思にウィンクした。これは相棒同士だけの暗黙の了解を示すジェスチャーだ。

 何思は反論しようもできなく、いい気がしなくセンチネルに白い目で見た。「今回の楽曲リストで問題が起こったのは学生のやり方に問題があったか、誰かが意図的にしたのか、どっちが原因だと思う?」

 やっぱり仕事の話をする方が気楽だ。

「いい質問だ。選曲の問題は大きくないと思う」馮艾保が弾むステップを踏んで道を案内している。周りは全く同じな白色とレイアウトがして、何思はもう自分がどこにいるか分からなくなってしまった。

「何故なのか。監察医が言ったように、彼にさえ、序曲『1812年』が耳に入ってきたときに、過度の刺激で鼓膜が不快感を覚えた。これらの子たちにとっては猶更だろう」何思は足を速め、馮艾保と肩を並んで歩いた。今少し息を切らしているが、相棒の前でそれを見せたくない。

「あんたたちかわいいね」馮艾保は人差し指でサングラスを持ち上げると、二つの深い瞳が現れて、左目で何思にウインクした。彼の目の形がとても美しく、桃花眼とうかがんと言われる。笑っていない時は微笑んでいるように見え、笑うと妖艶な印象を与える。

「どこがかわいいか俺には見えない」何思はもう馮艾保の美しい瞳に惑わされない。相方の口が言う「とてもかわいい」という言葉が超嫌いだ。

 それはこの言葉の後ろには常に付き物があるからだ。のろまな奴、小バカめ、このダボがなど、ダムを溢れて西部平野の農場全てを半年灌漑できるほど揶揄う気持ち満々。

「今、何時?」馮艾保が突然聞いた。

 これは顧みて他を言うのだ!馬鹿野郎!

 ムカつくけど、何思は頬を膨らんで腕の電子腕時計に目をした。「あと八分で九時になる」

「うん」馮艾保が頷きながら口を閉じまま、速足で何思を連れて左へ曲がってから長くまっすぐな白い廊下を歩き続けた。

 しかし、何思はもう我慢できず、馮艾保より少し前に二歩前に出て、彼を睨み付けて尋ねた。「何のために時間を聞いたか?なんで人に質問をしてから何もリアクションしないのか?」

 馮艾保のこのような反応は実は初めてではない。こいつは頭の回転が速く、鋭い五感を持っているので、いつもそれを武器に、一足先に事件の異変に気付いている。そして、意地悪く何思の好奇心をそそり始める。センチネルとの戦いに勝つことができず、精神力で相手を本当に傷つけたくない気持ちがなければ、馮艾保をここまで鼻高々にするわけはないだろう。

 いいことばかりのこの相棒ですが、人を怒らせる才能がある。

「ついた!」馮艾保は突然立ち止まった。それと同時に片方の手で何思を止めて、もう一方の手をガイドの背中に置いた。それは急に止められて転んでしまう慣性運動から人を守るための行動だ。

 けれども、何思はやっぱりよろめいた。怒りで顔が少し赤くなってそう言った。「わざとやったのか?今言った仕事をやめることに報復しようと思っていたか?」彼は小さい声で尋ねた。

「聞かれる以上、もちろんいいえと答えるだろう」馮艾保の笑顔はやんちゃ的と言える。何思はより悔しいと思った。馮艾保がどれほどやんちゃな表情をしても、その顔がムカつくほどにきれいだ。

 何思の返事を待たずに、馮艾保が手を伸ばして、目の前の白い扉を叩いた。

 部屋にいる人は扉の向こうでずっと待っていたかのように、馮艾保が三回ノックしただけで、ドアがすぐに開いた。真っ白な服を着た女性がドアの後ろに立っていた。黒い髪を頭の後ろに短いポニーテールで結ばれ、表情が空っぽのような落ち着いて、二人をまっすぐに見つめていた。

「こんにちは。中央警察署刑事科の刑事です。これは私の警察手帳です」何思は礼儀正しく、公務を実行するときの表情に変えて、警察手帳をそのドアを開けた女性に見せ、確認してもらった。「彼は私の相棒です。彼も……」

「馮艾保」何思の説明の途中、その女性が馮艾保の名前を呼んだ。まさか、彼の知り合いか?

「はい」馮艾保は体を緩めて壁にもたれかかり、その女性に手を振った。「お名前はエレナというよね?ホワイトタワーに先生として戻ってくるとは思わなかった」

「知り合いか……」何思はこれが意味ない質問だと分かっているけど、目の前の状況に対して自分は何を言えばいいか分からないからそう言った。

「同級生だった」欠伸をして、馮艾保はサングラスを頭の上に押し付けた。「同級生の中に、私がブラックシープだったと言われれば、、エレナはナンバーワンのいい子で優等生だった。また会えるとは思わなかった」

「私も思わなかった」エレナが頷いて賛同した。そして冷たい目線を何思に向けて言った。「何を聞きたいですか?」ホワイトタワー時代から気に食わないこの元同級生を相手にする気がなさそう。

「そうですね。お手元には今度の卒業パーティーに使った楽曲リストがありますか?」何思はすぐに尋ねた。

「ありません」エレナが冷たく速やかに答えた。

「え……、生徒たちは先生に楽曲リストを提出して審査を受けることはしませんか?」何思は精神力を通じてエレナが発信した抵抗感と少しの怒りを感じ取って、ばつが悪い感じをした。

「馮艾保に聞けば。このことなら彼は知っているでしょう」エレナが腕を組んで、防御的な姿勢を取っている。何思に直視する瞳は人がその中に沈みそうな空っぽさになっている。それはホワイトタワーの影響かどうか分からないが、ホワイトタワーの影響が存在しても、彼女が馮艾保に対する嫌悪感を抑えきれることはない。

 エレナの顔に表情がなくてもその気持ちが伝わってきた。

「私たちの時だけは先生の審査が要らないと思っていた。なんと言っても必要性はないもん」馮艾保はエレナの冷たい態度と嫌悪感を感じていないようだった。あるいは、彼はそれを感じて、相手の脆い神経を故意に触ろうとしていたか。馮艾保の言葉が口から出た途端にエレナの目尻が痙攣し、空っぽな表情が維持できなくなりそうだった。

 二人のセンチネルの感情を感じられる精神力の持ち主として、何思は火に焼かれたように、無意識に足を半歩ぐらい横に寄った。

 自分の感情がコントロールできなくなっていることに気づいたようで、エレナは二回も深呼吸して、自分を落ち着かせようとした。「私は今日夜勤を担当する先生にすぎません。卒業ダンスパーティーのことは知りません。A区四十五号室の金教官に聞けばいいです」話し終わった後、エレナは会ってから初めてはっきりとした表情を――嘲るような笑みを浮かべた。

 馮艾保に。

 何思の心に警鐘が大きく鳴った。エレナが伝えた来た感情から推測すると、彼女が言った金教官はもしかして、馮艾保との間にちょっとした確執があったかもしれない。もう一人元同級生の優等生ではないかな。

「ご協力ありがとうございました。エレナ先生」馮艾保はまだこの元同級生をほっとせず、何思が見ても殴りたいぐらい爽やかなジェスチャーで、胸のポケットから名刺を取り出して、エレナに渡した。手を差し伸べた時に、ウィンクすることも欠けていなかったんだ。「どんなことでもいいが、事件に関連する情報を思いついたら、私個人の電話番号までお電話していいですよ。恥ずかしがらないでください」

 エレナの空っぽな表情に少し暗雲が漂って、眉尻がわずかに震えた。次の瞬間に馮艾保に飛びかけて平手打ちするのではないかと何思が心配した。

 幸いなことに、物理的な衝突は起こらなかった。エレナは馮艾保の名刺を暫く見つめてから深呼吸をして、そして静かに名刺を受け取ってポケットに入れた。それで何思に手を伸ばした。「ところで、あなたは名刺を私にくれませんか?」

 多分、連絡するならは何思の方にするつもりがあるだろう。ドアを閉じてからすぐにも馮艾保の名刺を千切にしたいのは間違いないことだ。

「それはいけない!彼は仕事をやめるのだ。あと一か月しか働ないよ。彼に連絡することは時間の無駄だよ。私の方がよくない?センチネルだし、一生中央警察署に縛られるんだ。必ず連絡が取れるのだ。同窓会を開催したい時も私に電話していいよ!」馮艾保はこの時再び足を踏み入れ、後ろ手で名刺を取り出そうとしている何思の手を押さえ、笑顔でエレナにそう言った。

 静かな廊下に暫くシーンとした。その間、エレナの息づかいがどんどん重くなっていくのだけが聞こえてきて、やっとバンという音とともに、ドアがバタンと閉まった。

 馮艾保が故意にそれをしたと何思は確信した。エレナとのホワイトタワー時代での古い確執や、先ほど彼に率直に話した自分の辞任に対して、馮艾保がふてくされてわざとしたのだ。

「どうだ、あなたがタバコを吸いに先に外に出て、俺だけが金教官を尋ねていけばいいだろう」何思は、馮艾保が金教官に会った後、また何か悪いことをするのではないかと本当に恐れていた。だから、彼を先に出てもらいたいと考えた。そうしないと、情報を聞き出すことは無理だろう。

「そうするのもいいけど」馮艾保が肩をすくめて、何思が安心した顔を見ながら、唇を曲げ、八重歯を見せて微笑んで尋ねた。

「しかし、A区をどうやって行くのを知っている?」

 いわゆる一撃必殺を受けたということはこんな感じだろう。

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