橋の上に・・・家?

中瀬を起点に、東西へ伸びる橋、内海橋。


普段なら街側の景色が一望できる・・・筈だった。

今は、向こう側の景色を見る事はできない。


なぜなら、車道の真ん中には家があった。

正確には、家のが乗っかっていた。



東内海橋に乗っかったトタン屋根の上を渡り、中瀬へ。

幼少期、親父と共に頻繁に来ていた岡田劇場は影も形もない。

数回にわたる津波の押し引きで瓦礫に埋もれ、建物基礎がどこかすらわからない。

周辺の家屋は橋の欄干に押し寄せ、欄干は所々が歪んだり、落ちたりしていた。



咥え煙草のまま中瀬の様子を一通り眺めた後、湊側を振り返る。

街場はまだ建物が残っているが、橋を隔てて湊側は壊滅的だ。


企業・店舗が集積している街側と比べ、湊側は住宅が殆ど。

『橋向こうの湊・渡波地区には自衛隊の救援物資が届いていない』

中学校で再会した知人から、そんな話を聞いた。


日和大橋は橋の上り口が落ちているから、そもそも移動不可。

内海橋は瓦礫により車両通行不可。

おそらく現状では石巻大橋も車両の通行は出来ないだろう。


・・・となると、3月14日時点で物資が届いていないという話も信憑性が高そうだ。

避難所にいる方々は早々に食糧問題が発生しそうだな。



石ノ森萬画館は奇跡的にその姿を残していた。

館内にいたお客さん達は無事だろうか。スタッフの皆さんは無事だろうか。

瓦礫に道を塞がれ萬画館へ近付くのは難しい。

後ろ髪を引かれつつ西内海橋を渡ろうとするが、今度は目の前に船が乗っていた。


船は傾いた状態で乗っかっており、船上を通って街側に渡る事は可能のようだ。

さあ行こうと踏み出した瞬間、右足に激痛が走る。


ブーツを脱ぐと足裏が赤一面。

瓦礫から飛び出ていた釘を踏み抜いてしまっていた。


メディカルバッグからガーゼを取り出し、持参していた抗生剤を多めに塗る。

張り物の準備が出来たらナイフを取り出して刺さった個所を十字に切り裂く。

オキシドールをダバダバかけると、ジュワジュワと尋常ではない量の泡が立った。


熱い!熱い!


焼けた鉄をグリグリと押し付けられた様な感覚に気を失いそうになるが、

傍らにあった木材を噛み締め、涙鼻水を流しながら唸って堪える。


破傷風になって死ぬより遥かにマシだ。

なめんなよ畜生。生き抜いてやるぞ。


出血が落ち着いてきたのを確認し、ガーゼを張って包帯を巻く。

アドレナリンが出ているからなのか、切り裂いた割には止血が早かった。



足の疼きを「仕方ない」と割り切り、街側に降り立つ。

傾いた船からは、誰かが掛けてくれたであろう梯子を慎重に降りた。


真っ先に向かったのは、すぐ近くの老舗料理店。

若い頃から頻繁に声を掛けて頂き、育てて下さった親方の無事が気になる。


「こんちわー!皆さん無事ですかー!」

「無事だぞー!靴のままでいいから上に来ぉい!」


店に辿り着き、声を出しながら2階に駆け上がると、

そこには親方、女将さん、娘さんが揃ってストーブに当たっていた。



「おお、無事だったか!」

親方が笑顔で迎えてくれるも、やはり疲労の色は隠せていない。


「はい、なんとか無事でした。湊側も見てきましたが、酷いもんでした」

暗い顔を見せないようにし、簡潔に自分が見て来た事を伝える。


「そうか、そうか。んでも、絶対に無理はすんなよ?」


互いの状況確認の後、「こいづ飲んで温まっていけ」とコーヒーを頂く。




親方の優しさが染み渡る。


間違いなく、これから先も超えるものは無いであろう、

俺の人生において一番旨いコーヒーだった。


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