進軍開始

「んじゃ、おんちゃん行くからな」

日が昇り、別れ際にもう一度、姪っ子を抱きしめる。

いつもの仕草、でこピタで勇気を分けてあげた。よし、笑顔が戻ったな。


学校を出る際、何人かの同級生と再会した。

「昨日の昼間やぁ、なんか獣の咆哮みてぇなの聞こえだのや。おっかねぇどな」

・・・悪ぃ、たぶんそれ俺だ。屑を仕留めている時に吠えた記憶あるわ。



両親の無事が分かり、改めて実家内を捜索する。

家の向きが変わる程の水の勢いに改めて戦慄を覚えた。

海と実家の間に中学校があったから、結果的に防潮堤の役割を果たしたのか。

通っていた頃は「校舎から俺の部屋が見えるし、こんなに近くは嫌だなぁ」と

思っていたが、いやはや何がどう転ぶかわからないものだ。


台所の壁はぶち抜かれておらず、茶の間のテーブルやテレビなどが押し寄せていた。

記憶を頼りに人間重機と化して発掘作業を行う。


まず発見したのは大量の小銭。当時は洗車場を経営していたから尋常じゃない量。

そして次は親父の年金ヘソクリが入った黒いリュック。中にはピン札で200万。

・・・まったく、無造作に置いておくにも程があるぞ。

金庫を置いていた場所の壁は残念ながら景色が見える状況になっていて、

肝心の金庫がない。だから二階に置けと言っていたのに。

二階からは同様に大量の紙幣と小銭。あぁ、今月は決算期だったもんな。


座敷には水産加工場のスカイタンクと自転車、そして年配者の御遺体。

二階で見つけた般若心経の経典を迷わず開き、静かに唱える。

幼稚園での週一座禅会、その経験がこんな場で生かされるとは思わなかった。

それなりに、御仏の子として育っていたという事か。


実家捜索の第一陣を終え外に出ると、ブロック塀に潰されたバイクが目に入った。

従兄弟の店で一目惚れして買った、CB400スーパーフォア。

名車と言われたCBXの赤白カラーを纏った愛車はヘッドライトに水が溜まり、

まるで泣いているようにも見えた。たくさん乗ってやれなくてゴメンな。


実家を離れ、大門崎歩道橋へ向かう。

途中、向かいの家の親父さん達と再会、皆さん無事だが位牌が流されたそうだ。

なんとか見つかって欲しいなぁ。


続けて幼馴染と再会、奥さんが門脇から車で戻る最中に津波に飲まれたらしい。

車の特徴を聞き、見つけたら俺の方でも対応する、頑張ろうぜと握手し別れた。


泥にまみれた中から大量の缶詰と冷凍食品の袋を発見、有難く頂戴する。

こんな時に限って缶ビールも見つけ、迷うことなく腹の中へ入れた。

今はどれだけ飲んでも酔わない自信がある。とにかく生きなきゃ。


自宅から持ってきたのは払下げ品の軍用リュック。

入れられる物をとにかく詰め込んでも容量に余裕があり、ビクともしない。

普段はサバゲーに行く時しか使っていなかった大型のリュックが、

まさか本当に役立つ日が来るとは思わなかった。


国道398号線を進み、旧石巻赤十字病院へ向かう。

途中のコンビニで物資を調達すべく店内に入ろうとしたところ、

盛り上がった大きなモップを踏みそうになり、なんとなく躊躇する。


よく見ると、モップじゃない。泥にまみれた頭部だ。

離れた所にはこの方の手だろうか、足だろうか。

いずれにしても、失礼なことにならずに済んで幸いだった。

店内からマッチと煙草を数カートン、飲み物と食料を頂戴する。

お線香も忘れずに頂き、踏みそうになった非礼を詫び静かに焼香した。


向かいの銀行ではATM周辺に何人か群がっている。

どうせ後で捕まっちゃうんだからさぁ、やめとけって。


「火事場泥棒」という括りなら俺も同じになってしまうのかもしれないが、

非常事態とは言え、俺は金品を盗みに入るまでに人間性は落ちちゃいない。

失敬するのは必要最小限、そこだけは絶対に譲れない。



石巻赤十字病院は蛇田に移転し解体済だが、隣接の看護学校は建物が残っていた。

直感が働き、割れた窓から中を覗き込ませてもらう。


・・・ビンゴ。やはり、あった。

大量に積まれたダンボール箱から、赤いウエストポーチが見えている。

赤十字マークの入ったメディカルキットだ。

迷うことなく正面入口の扉を内側から蹴破り、箱を全て外へ運び出す。

この物資の存在に気付いた人、どうか持って行ってくれ!


メディカルキットを何個もリュックに入れ、残りはとにかく体からぶら下げる。

知り合いと会った時に、もし必要とするならなら渡そう。

皆が皆、俺のように機動力が有る訳じゃない。

動けない奴もいるかもしれない。


自分の分として確保したのは約30個。

迷彩服にブーツと軍用グローブ、頭はタオル巻きにヒゲ面、そして咥え煙草。

自分の姿を確認し、笑い出してしまう。


「ガハハハハ・・・まんま、一人軍隊ワンマンアーミーじゃん・・・・・」

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