《 第25話 友情は永遠に 》

「……春馬のことが、好きだからだよ」


「おうっ! サンキュな!」


 きっと俺の『悠里を元気づけよう』という想いが伝わり、言わずにいられなかったのだろう。気持ちのこもった『好き』に、俺は満面の笑みで返事した。


 すると悠里は、なぜかおどおどする。


「え、ええと……ボクの想い、ほんとに伝わった?」


「ばっちりだぜっ!」


「た、たぶん伝わってないと思う……」


「いいや、たしかに伝わったぜっ! ありがとな悠里! 俺も好きだぜっ!」


「ぜったい伝わってないよね!?」


「だから伝わってるってば」


「伝わってないよっ。だって、春馬ってばノリが軽すぎるもんっ! 伝わってたら、もっとまじめな顔するはずだよ」


「あ~……サンキュな。俺も好きだぜ」


「うう、やっぱり伝わってない……」


 要望通りまじめな顔で好きだと告げたのに、なぜか頭を抱えられた。


 なにが言いたいのかさっぱりだ。戸惑っていると悠里が頬を赤らめて、



「さっきの好きは、恋愛的な意味で好きってことだよ……」



 わかりやすく説明してくれたが、すぐには理解できなかった。


 大好きな友達に恋人ができたら遊ぶ時間が減ってしまう。だから合コンの話は聞きたくないんだと思っていたが……恋愛的な意味で好き? 悠里が? 俺を? 友情的な意味じゃなく?


 それって、つまり……



「俺と付き合いたいってこと……?」


「う、うん。付き合いたいってこと……」


「そ、そっか。なるほどね……」



 告白に対してあの返事じゃ、そりゃノリが軽すぎるとか言うわな。


 だけど俺だって悪気があったわけじゃない。悠里に恋愛感情を抱かれているなんて――告白されるなんて、想像すらしていなかった。いまだって信じられない気持ちでいっぱいだ。


 俺の困惑が伝わったのか、悠里は申し訳なさそうな顔をする。


「いきなりこんなこと言って、困らせちゃったよね……」


「い、いや、困ってるわけでは……ただ、まさかの告白に戸惑ってるだけで……」


「いままで一度も思わなかったの? ボクに恋愛感情を向けられてるかもって」


「正直、まったく気づかなかった」


 悠里はため息をこぼす。


「これでも気づいてもらえるように、けっこうアピールしたんだけどな……」


「……いつ?」


「添い寝とか、間接キスとか、恋人繋ぎとか……」


「あれってデートの練習だったんじゃ……」


「ほんとは春馬を誘惑したかっただけだよ。そもそも好きでもないひとにあんなことしないよ」


 そうだったのか。間接キスなら過去にしたことがあるのだが……あのとき肉まんを一口くれたのも、アピールだったのか……。


 てことは、かなり前から俺のことが好きなのな。


 なのに俺は悠里の前で恋人が欲しいとアピールして、合コンに胸を躍らせて……。だから悠里は、あんなにつらそうにしてたのか。


 自分が見ている目の前で、好きなひとが恋人を作ろうとしてるから。


「ごめん。悠里の気持ちに気づけなくて……」


「ううん。ボクのほうこそデートの練習とか嘘ついちゃってごめんなさい」


「そんなの気にしなくていいから」


「うん……ありがと……」


 そう言ったきり、悠里は黙り込んでしまう。


 待っているのだ、俺の返事を。そして返事を待ちつつも最悪の展開を予感しているのか、悠里はいまにも泣きそうな顔をしていた。


 まさかの展開に俺もパニック寸前だが、さっきみたいに軽いノリで返事することはできない。


 とにかく真剣に考えて、そして結論を出さないと。



 まずは気持ちの整理からだ。


 俺はいままで一度も悠里と付き合う想像はしたことがない。しかし同時に、悠里のことを可愛いと思ってしまったことはある。一度どころかかなり頻繁にドキドキしている。


 だからこそ、俺は急いで恋人を作ろうとした。ドキドキしていることが悟られれば友情が壊れると思い、合コンに参加することにしたのだ。


 だけど悠里は、そんな俺に恋愛感情を抱いていた。


 だとすると、俺にドキドキされていると知ったところで友情は壊れない。どころか大喜びだろう。悠里は俺のことが恋愛的な意味で好きなのだから。


 そして俺も、少なからず悠里に友情とは異なる感情を抱いているわけで……



「……やっぱり、ボクと付き合うのは無理だよね」


「ま、待てよ。俺まだなにも言ってないだろ」


「だけど春馬、ずっと黙ってるから……。これが可愛くて性格のいい女子からの告白だったら、すぐに交際に踏み切ってると思うし……」


「そりゃまあ、否定はできないが……待たせてる俺が言うのもなんだけど、そんなに自分を悪く言うなよ。見た目もいいけど、なにより悠里の性格は最高だぞ」


 悠里は自信なさげに首を振る。


「そんなことないよ。ボク、春馬の幸せを素直に応援できなかったもん……。本当に性格が良かったら、春馬のために合コンを盛り上げようと頑張ってるよ」


「それは性格悪いとは言わないって。素直に応援できないって、つまりそれだけ俺のことが好きってことだし……それに実を言うと、俺が恋人を作ろうとしてたのって、悠里にドキドキしたからなんだよ」


「うん。ボクにドキドキしてくれてることには気づいてた」


「マジで? 隠せてなかった?」


「隠せてなかった。膝枕したときとか、心臓の音が聞こえそうだったもん」


「あ~……まあ、あれは破壊力やばかったしな」


「でもさ、どうしてボクにドキドキするからって、恋人を作ろうとするの?」


「悠里との友情を保つためだ」


 俺の返答が予想外だったのか、悠里はきょとんとした。


「ボクとの友情を……保つため?」


「ああ。親友に恋愛感情を抱いてるって知られたら、友情が崩壊すると思ってさ」


「し、しないよっ! 崩壊なんて……っ! 相思相愛のふたりが付き合ったら、崩壊どころかもっと仲良くなれるよ!」


 たしかに悠里の言う通りだ。


 片思いなら話は変わるが、両思いなら話は別。


 交際すれば関係は変わる――『友人』から『恋人』にシフトするが、それで不仲になることはない。


 俺は悠里が好き。


 悠里は俺が好き。


 付き合っても友情は壊れない。


 それだけわかっていれば充分だ。


 だから、結論としては――




「だったら……付き合ってみるか?」


「……えっ?」




 と、不安そうにうつむいていた悠里が、弾かれたように顔を上げた。困惑しきった可愛い顔に、じわじわと笑みが広がっていく。


「い、いいの? ほ、ほんとにボクと付き合ってくれるの……?」


「付き合うよ」


「ほんとにほんと!?」


「ほんとにほんと」


「ボクと付き合っても、学校じゃ秘密にしないとなんだよ……?」


「わかってる。学校ではいままで通りに振る舞うよ」


「う、うん。だけど……学校の外では、いままでと違うこともできるから……。た、たとえば、キスとか……」


 言いながら、悠里の顔が赤らんでいく。


 恥じらう悠里が可愛すぎて、今日は女装してないってのに、めっちゃドキドキしてしまう。


「いきなりキスは俺の心臓が持たないって……」


「自分で言っててなんだけど、ボクの心臓も持たないよ……」


「じゃあ、ジュースで練習する?」


 そばにいるだけでドキドキするのだ。いま悠里とキスをすれば、ドキドキしすぎて倒れてしまいそうなので、俺は間接キスを提案した。


 すると悠里は恥ずかしそうに頬を赤らめ……


「う、うん。春馬と、したい……」


「お、おう……」


 悠里の可愛さに頭がくらくらしてしまう。


「ど、どうしたの? 立ちくらみ?」


「い、いや、悠里が可愛くて、つい……」


「そ、そう……ふらふらするなら、あとで膝枕してあげよっか?」


「じゃ、じゃあお願いしようかな……」


 ドキドキしすぎて心臓が張り裂けてしまいそうだ。


 性別なんざ関係ない。


 やっぱり俺、悠里のことが好きなんだな。


 あらためて好意を自覚しつつ、俺たちは間接キスをするために自販機コーナーへと足を運ばせるのだった。





 ……俺が凄まじい勘違いに気づくのは、もう少しあとになってから。


 いまでもたまに友達みたいな妻から家族団らんの場で蒸し返され、我が子に作り話だと笑われてしまうような、とんでもない勘違いだ。

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「実は女なの!」と親友に告白された日の記憶だけを失った男~親友にベタ惚れされていることを俺はまだ知らない~ 猫又ぬこ @wanwanko

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