《 第24話 笑顔のきみが見たいから 》

 桜ヶ丘高校との合コンを辞退したあと。


 カラオケ店が見えなくなると、悠里が遠慮がちに話しかけてきた。


「ね、ねえ、ほんとに合コンに参加しなくていいの?」


「しなくていい」


「あんなに楽しみにしてたのに?」


「楽しみにはしてたけど、参加はしなくていい」


「天沢さん、あんなに可愛かったのに?」


「可愛かったけど……参加はしなくていい」


「天沢さん、まじめで優しくて友達思いで……あの娘の友達なら、残りの3人もいい娘たちだと思うけど」


「うん……」


「しかも3人とも恋人を作りたがってるって――」


「お、おい、あんまり俺の決意を揺るがすなよっ」


 悠里がしゅんとした。


「ご、ごめん……」


「謝らなくていいけども」


「だけど……ごめん」


「いいってば。責任感じるなよ。後悔してないから」


 突然の辞退になってしまったが、合コン参加者に迷惑はかかっていない。なぜなら男子は大勢いるから。


 俺たちが不参加でも合コンは成立するし、俺は気にしていないのだ。だから悠里が責任を感じる必要はない。


「てかさ、いまさらだけど悠里は合コンに参加したくなかったんだよな? 全部俺の勘違いってことはないよな?」


「う、うん。勘違いじゃないよ。ほんとのこと言うと、合コンに乗り気じゃなかったんだ……」


「やっぱりな。やけにテンション低いから、もしかしてとは思ってたんだ」


「心配かけちゃってごめん」


「いいって。……で、なにがあったかは話せないのか?」


「……話せないよ」


「そか。だったら言わなくていいよ。とにかく、風邪とか腹痛とか、そういうのじゃないんだろ?」


「そういうのじゃないよ」


 やっぱり肉体じゃなく精神的な問題か。ま、風邪を引いたとかなら隠す必要はないしな。


 嫌なことと言うと『親と喧嘩した』とか『試験が憂鬱』とかかね? なんにせよ、嫌なことがあって落ち込んでいるのなら、元気づけてやらないと。


「んじゃ、ぱーっと遊ぶかっ」


「遊ぶの?」


「おうっ。どのみち今日は1日フリーだしな。……そんなテンションじゃないなら、このまま帰るけど……」


「ううん。ボクも春馬と遊びたい。どこで遊ぶの?」


「そうだな……ゲーセンとかどうだ?」


「いいね。そこがいい」


 話が決まり、俺たちは商店街のゲーセンへ足を運んだ。


 店内には爆音でミュージックが流れ、自然と気分が盛り上がる。しかし悠里はまだ元気がなさそうだ。


 そんなときはストレス発散系のゲームに限る。


「パンチングマシーンしようぜっ!」


「いいね。やろっか」


 俺たちはパンチングマシーンの筐体へ。まずは俺からやることになり、グローブをはめてお金を投入。画面に強盗団が映し出された。


 強盗が押し入った銀行にヒーローとして駆けつけ、スポンジの的に拳を叩きつけてやる。


「うぉりゃ!」


 ドンッと的を殴った瞬間に強盗が吹っ飛び、画面にスコアが表示された。


「196点か……惜しいな。次、悠里やれよ」


「3回まで遊べるよ?」


「残りの2回は悠里がやっていいから」


 グローブを渡すと、悠里は小さな手に装着した。そして、パンッと的にパンチ。


「やぁっ! ……82点か~。もう1回していいの?」


 うなずくと、悠里はさっきより強めにパンチする。


「んやぁっ! ――わっ、97点だって!」


「惜しいなっ。もうちょいで大台じゃんか!」


「うんっ。これもう1回やっていい?」


「いいね。やろうぜ!」


 悠里がお金を入れ、的に右ストレートをお見舞いする。一度目は95点と下がってしまったが、二度目の挑戦で102点を叩き出した。


「やった! 100点超えたよっ!」


「おめでとさんっ!」


「ありがとさんっ! 最後の1回は春馬がやっていいよ。春馬も200点出しちゃいなよ」


「ああ、やってやるぜ!」


 右拳にグローブをはめ、思いきり殴りつけてやる。


「うぉっしゃ! 200点ジャスト! いぇ~い!」


「いぇ~い!」


 パン、とハイタッチを交わす。


 満面の笑みとまではいかないが、悠里は笑顔だ。ストレス発散が功を奏し、元気になってくれている。この調子でどんどん元気にしてやろう。


 パンチングゲームを切り上げ、続いて太鼓ゲームをすることに。


 太鼓ゲームはゲーセンに来たときの定番なので、盛り上がること間違いなしだ。


 さっそくお金を入れ、悠里が元気になってくれそうな曲を選ぶ。


「えっ、プチキュア?」


「悠里この曲好きだろ?」


「好きだけど……いいの? いつも恥ずかしいから違うのがいいって言ってるのに」


「プチキュア映画を観に行って耐性がついたんだよ。悠里の得意な曲で勝負するわけだが、負けたからって落ち込むなよ?」


 悠里が、ぴくっと眉を動かす。


 安い挑発にまんまと乗ってくれたようだ。


「プチキュアの曲じゃ負けないよっ」


「言ったな? 俺が勝ったらぎゃふんの刑だぞぎゃふんの刑」


「ボクが勝ったら春馬こそぎゃふんの刑だからねっ」


 勝負が成立したところでゲームスタート。


 悠里を元気づけるためとはいえ、勝負は勝負だ。


 悪いが本気を出させてもらうぜ!



「いぇ~い! ボクの勝ち~!」



 完敗だった。


「約束覚えてるよね?」


「わ、わかってるよ。言うよ。言えばいいんだろ。ぎゃ――」


「あ、待って!」


 悠里がスマホを向けてきた。


「いいよ、言って」


「ま、待てよ。動画撮るのか?」


「記念にね。とびきりのぎゃふんを聞かせてよ」


「わかったよ。負けたとき覚えてろよ? ……ぎゃふん!」


「あはは、上手上手」


 めっちゃ悔しいが、おかしそうにクスクス笑う悠里を見ていると、なんだかんだで楽しい気分にさせられる。


 にしても笑顔が似合う奴だ。やっぱ悠里はこうでないとなっ。


「次なにする?」


「エアホッケーしようぜ!」


 俺の提案に、悠里は笑顔でうなずくのだった。



     ◆



 春馬と遊ぶのはやっぱり楽しい。さっきまでは気分が沈んでたのに、一緒に遊んでいると心が晴れてきた。


 ただ、男の子の体力に付き合うのはちょっときつい。パンチングマシーンと太鼓のゲームは難なくできたけど、エアホッケー3連戦でへとへとになってしまった。


「ね、ねえ、ちょっと休まない……?」


「だな。あっちでジュースでも飲むか」


「その前にトイレ行ってきていい?」


「おう。ベンチで待っとくから」


 春馬と別れ、トイレへ向かう。


 ささっと済ませて手を洗い……目線を上げると、鏡のなかのボクは明るい顔をしていた。


 昨日お風呂に入ったときも、今朝顔を洗うときも、ひどい顔をしてたのに……。


 それもこれも春馬のおかげだ。言葉にはしなかったけれど、ボクを元気づけようとしているのはわかる。


 春馬は本当に友達思いだ。そんな春馬の幸せを、素直に応援できないなんて……。露骨に暗い顔をして、心配をかけて、合コンを辞退させちゃうなんて……。



「こんな女子、好きになるわけないよね……」



 ため息がこぼれてしまう。


 また暗い気持ちになってしまった。これ以上、春馬に心配はかけたくない。ボクは頬を叩いて自分に活を入れ、春馬のもとへ向かう。


 春馬はベンチに腰かけてスマホを見ていた。僕を見ると、手招きしてくる。


「田中からメッセージが来たぞ」


「田中くんから?」


「ほらこれ、写真つき」


 となりに腰かけてスマホを見ると、女子の写真だった。天沢さんも一緒にいるし、合コンの女子メンバーだろう。


「みんな可愛いね。池田くん、倒れてないといいけど……」


「めっちゃ緊張してたしな。まあでも、緊張以上にわくわくしてると思うぜ。なにせこんな可愛い娘と話せるんだから」


 合コンの話を聞いていると、胸がズキズキ痛んできた。


 気持ちが顔に出てしまったのか、春馬が慌ててスマホを仕舞った。そして、ボクを気遣うように優しく語りかけてくる。


「気にするなよ。合コンを辞退したことになんの悔いもないんだから」


 ……違うよ。そうじゃないんだ。


 ボクの胸が痛むのは、罪悪感だけが原因じゃないんだよ。


「そりゃ本音を言えば合コンは楽しみだったぜ? けどさ、やっぱり悠里と遊ぶのが一番楽しいからなっ」


 じんわりと視界が滲む。


 春馬はますます慌てた顔で、


「う、嘘じゃないぞ? ほんとに悠里と過ごすのが一番好きだし! そ、それにさ、二度と合コンできないわけじゃないんだぞっ! だから悠里が気に病むことじゃないんだよ!」


 必死そうに慰められ、ボクは小さく首を振る。


「……違うんだ」


「な、なにが?」


「罪悪感だけじゃないんだ。ボク、春馬には合コンに行ってほしくない……春馬の口から合コンの話は聞きたくないんだよ」


 もう言わずにはいられなかった。


 春馬が合コンの話をするたびに心配をかけるなんて……そんなの耐えられない。


 春馬がボクを元気づけようとしてくれたように、ボクだって春馬の元気な顔が見ていたい。


 本音を伝え、事情を知れば、ボクを気遣う理由はなくなる。心配そうな春馬の顔を見ずに済む。


「なんで聞きたくないんだ?」


「それは……」


 そこから先を口にすれば、春馬との関係が変わってしまう。心地良い関係が壊れ、ぎくしゃくしてしまうかもしれない。


 だけど。


 もうこれ以上、気持ちを隠すのはつらいから――



「……春馬のことが、好きだからだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る