《 第21話 女子とデートしている気分 》
晴れ渡る空の下、俺たちは恋人繋ぎで映画館を訪れた。
気温はさほど高くないが、手は汗でびっしょりだ。暑さではなく緊張が原因なのは間違いない。その上カップルシートで過ごすのだ。考えただけで緊張するし、映画が終わる頃には脱水症状になりかねない。
「わんにゃん物語ってあとどれくらいで上映?」
「あと10分くらいかな」
「わりとギリギリだな。もうカップルシート埋まってるんじゃね?」
「だいじょうぶだよ。上映終了間近だからお客さんもそんなにいないし、これ子ども向け映画だもん」
恋愛映画ならいざ知らず、キッズ映画ならカップルシートの利用者は少なかろう。落ち着いて過ごせる自信はないが……カップルシートがただのソファなら、そこまで緊張する必要はないのかも。
さておき、券売機でチケットを購入。普通の席より高かったが、デート中にお金のことを考えるのはやめとこう。
悠里だって今日のためだけにワンピースを買ったんだ。小遣いも入ったことだし、ケチ臭い考えは捨てないと。
「トイレ行っていい?」
「ああ、俺も行くわ」
俺たちはトイレへ向かった。
……悠里が、さも当然のように女子トイレに入ろうとする。
「ちょまっ!?」
「ど、どうしたの急に大声出して」
「い、いや、だって……」
お前、男じゃん――喉元まで出かけたその言葉を、ぐっと飲み込む。通行人がいたからだ。
傍目には悠里は女子に見える。ここで男だと指摘すれば警察沙汰になりかねない。男子トイレを使わせたら、それはそれで騒ぎになる。
俺さえ黙っていれば何事もなく過ごせるんだ。なにも言わずにおこう。
「な、なんでもないっ」
俺はトイレに駆け込んだ。
ささっと済ませて通路で待っていると、悠里が出てきた。
入れ違いに女性がトイレに入ったが、悠里が呼び止められることはなかった。
完璧な女装だな……。
「お待たせ。飲み物買おっか」
「だな。もう喉がカラカラだ」
「ボクもだよ。Lサイズをひとつでいいよね?」
「Lサイズをひとつ? そ、それって……」
ゴクリと生唾を飲み込む。
すると悠里は悪戯っ子のように目を細めて笑い、ちょいちょいと手招きしてきた。おずおずと歩み寄ると、俺の耳に唇を近づけて――
「か・ん・せ・つ・キ・ス♡」
「――ッ!?」
「しよ♡」
「――ッ!?」
すっかり癖になってしまった。囁きボイス、超やべえ。彼女ができたらぜったいにしてもらおう。
それはそれとして……
「す、するのか? 俺と悠里で、その……間接キスを」
「……嫌だった?」
悲しげな顔を向けられると、罪悪感が湧いてくる。
悠里は頑張って彼女役をしてくれてるんだ。その気持ちを無下にはできない。
そ、それに肉まんを一口もらったりしたこともあるしな。あれだって間接キスだ。あのときはそんなこと1ミリも思わなかったけど、実際に経験したことがあるんだ。いまさらドキドキすることないだろ!
「い、嫌じゃないぞ!」
「よかった」
嬉しげな悠里とカウンターへ向かい、Lサイズのオレンジジュースを購入。それを手にカウンターを離れると、さっそく悠里がねだってきた。
「一口飲んでいい?」
「あ、ああ、いいぞ」
飲みやすいようにジュースを向けると、悠里はストローを咥えた。つややかな唇をすぼめ、オレンジジュースをチューッと吸う。
唇から目を離せずにいると、悠里と目が合った。上目遣いに俺を見つめ、ニコッとほほ笑みかけてくる。
笑顔の破壊力がやばい。思わずノックアウトしそうになった……。
「美味しかった。春馬も飲みなよ」
「い、いい。俺はそんなに喉渇いてないし」
「嘘。さっき喉カラカラって言ってた。間接キスが恥ずかしいんでしょ」
からかうような口調だった。
図星なだけに、よけい恥ずかしい。
「べ、べつに平気だ!」
こいつは男! こいつは男! こいつは男!
肉まん食った! 肉まん食った! 肉まん食った!
そう自分に言い聞かせつつストローを口に咥える。オレンジジュースで喉を潤し、口から遠ざけると、悠里がつま先立ちをして――
「しちゃったね♡」
すっかり耳元ボイスのとりこになってしまった……。
ていうか、さっきから完全に手玉に取られっぱなしだ。俺のためにしてくれていることとはいえ、ちょっと悔しい。やり返してやる。
「悠里も飲めよ」
「え? ボクはさっき飲んだから……」
「そんなに飲んでなかっただろ。あ、もしかして間接キスが恥ずかしいのか?」
からかってやると、悠里は頬を赤らめた。
「うう、いじわる……」
「ほらほらどうした。恥ずかしくないなら飲んでみろよ」
「わ、わかったよぉ」
小さな唇で、遠慮がちにストローを咥える。
そんな悠里の耳元に、俺は顔を近づけて――
「しちゃったな」
「――ッ!?」
げほげほと咳き込む悠里。
「だ、だいじょうぶか?」
「う、うん、平気……こ、これ、されるとこんな感じになるんだね……」
耳元ボイスの破壊力を理解してくれたようだ。
仕返しに成功したところで、俺たちはシアタールームへ足を運ぶ。
「……これが、カップルシート」
カップルシートは劇場の最前列にあった。てっきり横長ソファだと思っていたが、まさかのベッドタイプだった。
悠里は知っていたようだ。リアクションを見せることなく、クツを脱いでシートに座った。ひとまずドリンクホルダーにジュースを置き、悠里のとなりに腰を下ろす。
すると悠里がクッションをぱふぱふしながら、
「せっかくだし横にならない?」
「べ、べつにいいけど……」
シートに仰向けになると、悠里がそっと寄り添ってきた。身体ごと俺に向けているようで、視線を感じる。
「春馬……どこ見てるの?」
「天井」
「目、悪くなっちゃうよ?」
「平気」
「……こっち見てくれないの?」
「……なんで?」
「見てほしいから……」
ドキドキしながら顔を横に向けると、美貌が目の前にあった。
これもうキスするときの距離じゃん!
「鼻息荒いね……」
「す、すまん。あっち向くから――」
「やだ。あっち向かないで」
「で、でも鼻息当たるの嫌だろ?」
「嫌じゃないよ。……キスするときは、もうちょっと落ち着いててほしいけど」
悠里がしゃべるたびに、甘い吐息が頬を撫でる。おかげで興奮が収まらないが……悠里の言う通り、これがキスを想定した練習なら鼻息は控えるべきだ。興奮しているのが丸わかりだと彼女に引かれてしまうから。
なんとか鼻息を落ち着けていると、悠里がお腹に手を添えてきた。
「ひんっ」
「ふふ、変な声」
「きゅ、急に触るからだろ。触るときは触るって言えよな」
「触っていい?」
「いいけど……」
細い指先で、お腹をさわさわしてくる。
「春馬のお腹、すごく硬いね」
「ま、まあ、鍛えてるからな……」
「かっこいいよ♡」
頭がくらくらしてきた。これから悠里と電話するたびに今日という日を思い出してしまいそう。
ドキドキしていると、館内が薄暗くなってきた。やっと映画が始まる……。これで多少なりとも心が落ち着きそうだ。
「ねえ、腕枕してほしいな」
「クッションは……」
「春馬の腕がいいの。……だめ?」
「……だめじゃない」
こんなふうにおねだりされると断れない。
腕を伸ばすと、悠里は嬉しそうに頭を乗せた。そのまま身体をこちらへ向け、胸に手を乗せてくる。
女子に添い寝されてる気分だ。シャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、ますます興奮してしまう。
「キツくなったら教えてね?」
「あ、ああ、わかった」
そうして腕枕したままわんにゃん物語を観るが……けっきょく集中できず、興奮が収まらないまま劇場をあとにしたのだった。
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