《 第20話 似合いすぎてる 》

 翌日、土曜日。


 早めに昼食を済ませて家をあとにした俺は、電車で高峯家とは反対方面へ向かう。40分ほど電車に揺られ、慣れないホームに降り立つと、駅前のベンチに腰かけた。


 一度も利用したことがない駅だ。


 ここを提案したのは俺じゃない。昨夜、悠里からデートプランとともに待ち合わせ場所を聞かされた。


 学校の関係者にデートを目撃されると困るようで、クラスメイトが普段利用しないような駅を待ち合わせ場所に選んだらしい。


 俺は基本どこでもいいので不満はないが、正直ちょっと気にしすぎだと思う。


 一緒にぶらついているところを見られたとしても、誰もデートとは思うまい。ただ楽しく遊んでいると認識されるだけだろう。


 気になるのは、悠里の振る舞いだ。悠里、言ってたもんな――彼女として振る舞うって。


 彼女としての振る舞いがどういうものかはその瞬間を迎えるまでわからないが……デートプランは聞いている。


 女子とのデートのための練習と銘打ってはいるけど、目的地からして、やることは普段と変わらない。


 悠里には恋愛ゲームは参考にならないと言われたが、ぶっちゃけ悠里とのデートも女子と交流する参考にはならないだろう。言わずもがな、あいつは男子だから。


 だとしても、悠里の好意を無下にはできない。


 俺のために協力してくれるのはマジで嬉しいし、参考になるかはさておき、今日を精一杯楽しもうとは思っている。



「お待たせ~」



 と、悠里の声が聞こえてきた。


 ベンチから腰を上げ、駅のほうへ視線を向け――


「……ぅえ?」


 俺は、言葉を失ってしまった。



 こちらへ駆け寄ってきたのは、どこからどう見ても女子だったから。



 グレーの長袖ワンピース姿だった。フィット感のあるニット素材で、胸の膨らみや腰の丸みが浮き彫りだ。袖口からは指先がちょこんと出ていて、短めのスカートから白い脚がスラリと見えている。


 い、いやいやいや! あり得ない! あり得ないから! これが悠里だなんて……そんな……そんな!


 だってこれじゃ丸っきり女子じゃねえか! しかもかなりレベル高めの!


「……」


「……おーい?」


「……」


「……ねえ。……ちょっと。ねえってば」


 言いながら、悠里のそっくりさんが俺の顔を覗きこんでくる。


 向こうは向こうで俺のそっくりさんと待ち合わせしているのかも――なんて考えていると、あちらさんが頬を膨らませた。


「も~……春馬ってば、無視するなんてひどいよぉ」


 名前まで俺と完全一致のそっくりさんと待ち合わせしている……ってのはさすがにないか。


「……悠里か?」


 それでも信じられない気持ちを隠しきれずにいると、悠里(仮)がニコッと笑う。


「ボクだよっ」


「マジで!?」


「マジでマジで」


「マジか~……」


 俺のリアクションに、悠里はかなり満足そうだ。その得意げな顔がこれまた可愛く見えてしまい……だからこそ、信じられない。


 こんなに可愛いのに、こいつにも俺と同じものがぶら下がっているのか……?


 思わず股間に目を向ける。


 すると悠里は、太ももをモジモジさせた。


「そ、そんなに見られると恥ずかしいよ……」


「す、すまん……」


 相手は男子だが、女子にセクハラしている気分になってしまう。


 ていうか悠里、スカート姿が恥ずかしいんだな。てことは無理して女装してるってことか。


 しかも、これからこの格好でデートする。自宅でこっそり女装するならまだしも、この格好で公共の場を歩くのはキツかろう。


 女子とのデートの練習なので、いかにも女子っぽい格好をしてくれたんだろうが、さすがに張り切りすぎだ。


 俺のために頑張ってくれるのはもちろん嬉しいけど、親友に恥ずかしい思いはさせたくない。


「ちなみにだが、着替えは駅のロッカーに預けてるのか?」


「着替えなんて持ってきてないよ」


「じゃあ、どっかで服買って着替える?」


「どうして?」


「どうしてもこうしても、スカート姿だからだよ。ズボンのほうがいいだろ」


 悠里が、途端に泣きそうな顔をした。


 眉を下げ、瞳を潤ませ、か細い声で言う。


「スカート……似合ってない?」


「い、いやっ、そうじゃねえよ! 悠里が平気ならスカートでもいいし……」


「ボクが平気かどうかじゃなくて、春馬の気持ちを聞かせてよ」


 真剣な目で感想を求められた。


 そんなの可愛いと思ってるに決まってるだろ。いくらなんでもスカート姿が似合いすぎなんだよ。


 ただ、そんな感想を悠里に伝えていいものか……。


 悠里は俺のためにニットワンピースを着用している。これが女子なら素直に褒めるところだが、相手は男子。


 自己紹介でわざわざ『男子です』って主張してたくらいだ。昔から女子みたいだとからかわれてきたんだろうし、自分の外見を気にしているはず。


 そんな悠里に『可愛いぞ』とは言いづらい。


 かといって、俺のために女装してくれた悠里に『可愛くない』とも言いづらい。


 ただ……考えてみれば、これは女子とのデートを想定した練習だ。だったら、今日だけは悠里を女子として扱うのが正解なのかも。


「ねえ……スカート姿、どう思ってるの?」


「あー……そうだな。適切な表現かどうかはわからないんだが……」


 そう前置きしつつ、悠里に告げる。



「めっちゃ似合ってるぞ」


「適切だよ!?」



 女子扱いが正解のパターンか。


 だったら、思ったことをズバズバ口にしてやろうかね。


「今日の悠里、すげえ可愛いな」


「ほ、ほんとにっ!?」


「ああ。可愛すぎるよ」


「そ、そんなに可愛い……?」


「いままで見てきた人類のなかでダントツ可愛い」


「うへへ、褒めすぎだよぉ」


 萌え袖で赤らんだ頬を隠し、悠里が照れ照れする。


 めちゃくちゃ可愛い……。今日の悠里、マジで俺の好みど真ん中だ。本当に女子を相手にしている気分になってきた。


 スカート姿は今日限定でも、今後悠里と接するたびに、今日という日を思い出してしまいそうだ。


 いままで以上にドキドキしてしまいそうだが……恋人ができれば、悠里を見る目も元通りになるはず。


 女子の匂いや柔らかさを体感することで、なんだかんだ悠里も男だったんだな~と思えるようになるはずだ。


 そのためにも合コンを成功させて恋人をゲットしないと。


 悠里とのデートは緊張するが、友情を保つためだ。頑張って練習に集中しよう。


「さっそく行くか」


「うんっ。映画館の場所わかる?」


「デートプランを聞かされて、一応調べてきた」


 まずは映画館へ行き、映画を観たあとカフェでお茶をするという流れだ。


 さっそく映画館を目指して歩きだす。歩幅を合わせて歩いていると、とん、とん、と手の甲に感触が。


 チラッと横顔を窺うと……悠里は俺の手元を見つめ、遠慮がちに手をぶつけてきていた。


 もしかして……


「手を繋ぎたいのか?」


「うんっ。繋ぎたいっ。……だめ?」


 甘えるような声でおねだりされると、断ることなどできやしない。


「わ、わかったよ。ほら」


 悠里の小さな手をそっと握る。


 ゴツゴツ感のないなめらかな手……マジで女子の手を握っている気分だ。


 と、悠里が不満そうに唇を尖らせた。


「これじゃないのがいい」


「これじゃないの?」


「うん。恋人繋ぎ……してもいい?」 


「あ、ああ、いいぞ」


 悠里が恥じらうように俺の指に自分の指を絡めてきた。


 ……密着感がすごい。体温がじかに伝わってくる。ただ手を繋いでいるだけなのにエロいことをしている気分になってきた。頭が沸騰しそうだ……。


「あ、あはは……これ、やばいね」


「や、やめとくか?」


「ううん。このままがいい……」


「そ、そか……」


 それきり黙り込んでしまう。話しかけようにも緊張で思考が上手くまとまらない。しかしなにもしてないと意識が手に集中してしまう。


 ドキドキして落ち着かないし、なんでもいいから話を振ってみるか。



「ところで」「あのさっ」



 と、同時にしゃべってしまった。


 悠里に発言を促すと、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をされる。


「遠くの映画館を指定しちゃってごめんね?」


「いいってべつに。学校の奴らに見られるとマズいしな」


「うん。こんな格好、春馬以外には見せられないし……それにショッピングモールの映画館にはあれがないから……」


「あれって?」


 軽い気持ちでたずねると、悠里がピタッと立ち止まる。


 つま先立ちして、俺の耳元に唇を近づけ――



「カッ・プ・ル・シー・ト♡」


「――ッ!?」



 全身に電流が流れたような衝撃だ。前々から可愛い声だとは思っていたが、女子に耳元で囁かれているみたいだった。


「そ、そっか。カップルシートで観るのか。……ちなみに、なにを観るんだ?」


 先ほど言いかけた質問をぶつけてみる。


 すると悠里は再びつま先立ちをして――



「わ・ん・にゃ・ん・も・の・が・た・り♡」



 健全なタイトルなのに、興奮してしまう俺だった。

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