《 第22話 明日の合コン 》

 映画を見終わったあと。


 恋人繋ぎでカフェを訪れたボクは、春馬に恋人っぽいことをしてもらっていた。


「ねえ、もう一口ちょうだい?」


「はいはい。――あ~ん」


「あ~ん……ん~、美味しい~。ボクのケーキももう一口いる?」


「もらおうかな」


「じゃあはい、あ~んして。――はい、あ~ん」


「あ~ん」


 まさか春馬と『あ~ん』できる日が来るなんてっ!


 緊張しちゃってチョコケーキの味はしないし、映画の内容も頭に入ってこなかったけど、そんなことどうだっていい。


 だって春馬とデートできたんだからっ!


 ……まあ、あくまで『練習』なんだけど。それでも、好きなひととこうして過ごすことができるのは幸せだ。


 それに春馬がドキドキしてくれている。完全にボクを女子として見てくれている。ほんと、スカート様々だ。


 約10年ぶりのスカートはすごく恥ずかしいし、スースーして落ち着かないけど、春馬にドキドキしてもらえただけでもお釣りが来る。


 もちろん、春馬をドキドキさせるのは、手段であって目的じゃない。ボクの目的はあくまで春馬と付き合うこと。そのために必要なのは、ボクの好意を伝えることだ。


 相手のことが好きじゃないと恋人繋ぎなんてしないし、間接キスなんてしないし、あんなに顔を近づけたりしない。


 今日1日過ごして、ボクの好意は伝わったはず。


 恋愛感情を抱いていることまで伝わったかはわからないけど……合コンに参加してまで恋人を作ろうとしているくらいだ。


 言い方は悪いけど、女子だったら誰でもいいのなら、より付き合える可能性が高いボクに意識を向けてくれるはず。


 春馬を振り向かせるためにやれるだけのことはやった。あとは春馬の気持ちを確認するだけ。


 ストレートに『ボクに恋愛感情ある?』とたずねる勇気はないけれど、ボクと付き合うつもりがあるか、それとなく確かめる術はある。


 だけど、それを確かめるのはデートが終わってからだ。いまはただ、夢にまで見た春馬とのデートを楽しみたい。


「ねえ、もう一口ちょうだい?」


「いいけど……俺のケーキ、ほとんど悠里が食っちまったな」


「ボクのケーキはほとんど春馬が食べたから、おあいこだよ」


「それもそうか。あ~ん」


「あ~ん」


 心ゆくまでカフェデートを楽しみ、ボクたちは店をあとにした。


 来たときと同じように恋人繋ぎで駅のほうへ足を運ぶ。電車に乗り、座席に座り、とりとめのない会話をして――



「あ、あのさっ。今日のデート……どうだった?」



 ボクがそう切り出したのは、もうじき桜井家の最寄り駅に着く頃だった。


「楽しかったよ」


 春馬は笑顔で言った。


 そこで終わってくれればいいのに、聞きたくなかった言葉を口にする。



「ほんと、いい練習になったぜ」



 胸の奥がズキッとした。


 練習になった。それはつまり、本番があるということで……


「……明日の合コン、参加するの?」


「もちろんだっ。連絡先を交換して、仲良くなって、付き合って――そんでもって、今日の経験を活かしてやるぜっ」


 春馬は、ボク以外の女子と付き合うんだ。女の子として見てもらえるようになったけど、付き合いたいとまでは思ってくれてないんだ……。


 それがわかってしまった以上、いまさら『好き』とは言い出せない。想いを伝えて断られたら、ぎくしゃくした関係になるかもしれないから。


 女子だと打ち明けたときは、春馬との友情が壊れてしまったんじゃないかと不安になり、心の底からカミングアウトしたことを後悔した。


 想いを伝えて断られても、あのときと同じように気持ちを切り替えて、いままでと同じように友達として接してくれるかもしれないけど……もしかしたら、今度は切り替えられないかもしれない。気まずくなり、ボクを遠ざけようとするかもしれない。


 だったらせめて、友情だけは保ちたい。


「暗い顔してどうした?」


「ちょ、ちょっと疲れちゃって……」


「なら今日は早めに寝ないとな。俺もそうするから」


「うん、そうだね。今日は早めに寝るよ……」


「おう。――っと、着いたか。じゃあ明日な」


「うん。ばいばい」


 春馬の姿が見えなくなると、堪えていた涙が頬を伝った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る