《 第16話 もうちょっと一緒にいたい 》

 翌日の放課後。


 自宅の最寄りから三つ離れた駅で降り、俺たちは商店街にやってきた。大通りから道を逸れ、人通りの少ない道を進んでいると、悠里がピタッと立ち止まる。


「ここだよ」


「ここか……」


 海外からそのまま移転してきたような外観で、見るからにオシャレな洋服を扱ってそうだ。ここに入るのは勇気いるなぁ。


「……もしかして春馬、緊張してる?」


「緊張というか、不安というか……この店ってドレスコードとかないのか?」


「あるわけないでしょ」


「学生服で入っても追い出されない?」


「平気だって。怖いならおてて繋いであげよっか?」


 悠里がからかうように言った。


「いいよ。子どもじゃあるまいし」


「だったらほら、入るよ」


 グイグイと背中を押され、店のなかへ押し込まれる。


 落ち着いた雰囲気の店内には穏やかな音楽が流れていて、女子大生風のお姉様方が静かに服を見てまわっていた。


 俺はどちらかというと活発な女子のほうが好きだけど、ああいう落ち着いた女性も憧れだ。思わず見入ってしまう。


「ちょっと。ねえってば。女のひとを見に来たの?」


 悠里がむすっとした顔で言う。わざわざ付き合ってもらってるんだ。買い物に集中しなければ。


「すまんすまん。買い物するよ」


「ならいいけど……。でさ、春馬はどういう服がいいの?」


「オーバーサイズだ」


「じゃなくて……たとえば、きれいめがいいとか」


「そりゃ綺麗な服のほうがいいに決まってるだろ。あ、古着かどうかってこと?」


「きれいめって、そういう意味じゃないんだけど……いつもの感じでいい?」


「オーバーサイズがいい」


「うう、お馬鹿さん……」


「俺のほうが成績上だが?」


 学年10位だが?


 悠里(学年35位)はあきれたようにため息を吐き、


「きれいめっていうのはね、ピシッとしたクールに見えるファッションのことだよ。春馬は普段カジュアル系だから、ラフな格好のほうが似合うと思うけど……さすがにラフはわかるよね?」


「それくらいわかるぞ。学年10位を侮るなよ。ピシッとした服は落ち着かないし、いつものラフな感じがいいかな」


「カジュアル系だね。予算は?」


「4000円以内で頼む」


「4000円かー……」


「足りないか?」


 悠里は首を振った。


「選択肢は狭まっちゃうけど、買えないことはないよ。まあ、上着だけになっちゃうけどね。春馬ってスキニーパンツ持ってたっけ? ぴっちりしてるズボンね」


「持ってるぞ」


「じゃあズボンはそれにすること。メリハリが利いてすっきりして見えるから」


「りょーかい」


 そういえば悠里も上はぶかぶかだが、下はシュッとしたものを穿いてるな。あれもオシャレに見えるように計算してたわけか。


「んで、肝心の上着はどうすれば?」


「一緒に見てこ」


 俺たちは店内に所狭しと並べられた服を見てまわり、悠里がボアジャケットを手に取った。


 俺の身体に当ててくる。


「どうだ?」


「ん~……似合うけど、これからの季節には暑いかも」


「できれば6月中まで着られる服がいいな」


 オシャレは我慢とは言うが、汗だくでナンパすれば不審者だと勘違いされ、ノーを叩きつけられてしまう。


「じゃあ違うのにしよっか」


 ボアジャケットを戻すと、引き続き服を見てまわる。


 ややあって、悠里は長袖のシャツを手に取った。さらっとした手触りの、軽やかなシャツだ。ゆったりしたデザインで、これぞまさにオーバーサイズって感じがする。


「これ着てみて」


 ブレザーを悠里に預け、シャツの上から羽織ってみる。


「どうだ? 似合うか?」


「うん、似合ってる。だけど……ボクが決めちゃっていいのかな? 春馬の服だし、自分の好みで決めたほうがいいんじゃない?」


「いや、今日は悠里の意見に従うって決めてたから」


「そ、それって……ボク好みの服を着たいってこと?」


「そういうことになるな」


 俺は服に関しては素人だ。半端に素人の意見を取り入れたらダサくなってしまう。オシャレな悠里が好きな服なら、ダサくなることはないだろう。


 値段も税込み3980円と予算内に収まったしな。


 さっそく会計を済ませると、俺たちはオシャレな服屋をあとにした。そのまま駅へ戻ろうとしたところ、悠里が服の袖を掴んでくる。


 上目遣いで俺を見つめ、太ももをモジモジと擦り合わせる仕草に、思わずドキッとしてしまう。


「ど、どうした?」


「えっとね、ボク……もうちょっと春馬と一緒にいたいな」


 くそっ。なんで今日に限って可愛い感じの言い方をするんだ。


「一緒にいるのはいいけど……時間はだいじょうぶなのか?」


「うん。ボクはだいじょうぶだよ。春馬は……?」


「俺も帰ったら飯食うだけだし、やりたいことがあるなら付き合うぞ」


 悠里はパッと笑顔になった。


「じゃあカラオケに行かない? 1時間くらい歌おうよっ」


「行きたいのは山々だが、お金がないんだよ……」


「心配しないで。ボクが奢ってあげるから」


「マジで? いいのか?」


「うん。歌いたい気分だもん」


「それならヒトカラでもいいんじゃね?」


「春馬と歌いたいのっ。近くにカラオケあるから行こうよ」


「わかったよ。んじゃ行くか」


 そうして悠里に袖を引かれ、俺はカラオケ店へと向かうのだった。

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