《 第17話 膝枕してあげる 》

 春馬の買い物に付き添ったあと。


 ボクたちは駅近くのカラオケ店を訪れた。受付を済ませ、ドリンクを注ぎ、個室に入ると、春馬が服を脱ぎ始める。


 薄暗い個室に年頃の男女がふたりきり――。突然目の前で脱衣されてドキドキしたけど、さすがにいかがわしいことをするつもりはないみたい。


 春馬はTシャツ姿になると、買ったばかりのオーバーサイズシャツを羽織った。


「どう? 似合う?」


「似合う似合う」


「そっか! 俺ちょっと鏡見てくるっ」


 まるでおもちゃを買ってもらった子どもみたいだ。春馬はうきうきとした足取りで部屋を出ていった。


 あんなに気に入ってもらえると選んだかいがある。それがボクのためならなおさら嬉しい。頬が緩み、ニヤニヤが抑えきれない。



「春馬……ぜったいボクのこと意識してるよね」



 女子だと打ち明けてからしばらくはいつも通りだったけど、こないだ春馬の部屋で一緒に寝て……それから様子がおかしくなった。


 寝る前までは平然としてたのに、翌朝なぜか目を逸らされた。そのあとプチキュアごっこをしてたときも、前日と違って背中にしがみつかれなかった。控えめに、肩に手を置くだけだった。


 きっと睡眠中になにか起きたんだ。目覚めたときはベッドに仰向けだったけど……寝相が悪く、春馬に抱きついちゃったとか。それで意識してくれたのかも。


 理由はどうあれ、春馬のボクを見る目が変わったのは素直に嬉しい。


 だけど手放しには喜べない。なにせ春馬ときたら切り替えがすごいから。こないだ女子だとカミングアウトしたときも、次の日にはケロッとしてたし……うかうかしていると、またボクのことを男子みたいに扱いかねない。


 この機を逃してなるものか! そんなわけでここ最近、ボクはそれとなくアピールし続けている。


 ラブコメで研究した可愛い呼び止め方をマネしたり、髪に触らせたり、上目遣いで見つめたり……。


 ボクがそれとなく誘惑するたびに、春馬は顔を強ばらせていた。緊張されっぱなしなのは嫌だけど、常にドキドキしているわけじゃない。ふとした瞬間にドキッとしてくれている。



 これぞまさにボクの理想とする状況だ。



 親しげにグイグイ迫られたり、ベタベタされるのはもちろん嬉しいけど、たまには女の子として扱ってほしいもん。


 だから……理想を言うとすぐにでも恋仲になりたいけれど、しばらくはこのままの関係を続けるのも悪くないと思っていた。


 だけど春馬は、このままの関係でいるつもりはないようだ。


 だって……



「あの春馬が、ボクのためにオシャレしてくれるなんて……」



 昨日服を買いについてきてほしいと誘われたときはもしかしてと期待したけど……さっきの言葉で確信した。


 ボクの好みの服を着たいなんて、そんなの……そんなの、ボクに好意があるとしか――ボクの気を引こうとしているとしか思えない! 


 春馬はボクと恋仲になるために努力してるんだ。


 春馬の気持ちは伝わった。


 だったら次はボクが想いを伝える番だ。


 ストレートに『好きですっ』って好意を伝えるのは恥ずかしいけど……それとなくアピールすれば、そして相思相愛だとわかれば、思いきって告白してくれるかもっ!


 そんなわけで春馬をカラオケに連れてきた。近くにあるふたりきりになれる場所がカラオケ店しかなかったから。


 本当はもっとムードのある場所がよかったけど、のんびりはできないもんね……。


 カミングアウトからたった1日で、まるでボクが女子であることを忘れたみたいにベタベタ絡んできたくらいだ。


 早め早めに行動しないといままでの関係に逆戻り。あのとき行動していれば……と後悔することになりかねない。



「待たせたな」



 と、春馬が戻ってきた。自分でも満足のいく格好だったのか、ほくほく顔だ。


「似合ってたでしょ?」


「ばっちりだったぜっ。マジでありがとな!」


「どういたしまして。値札ついてるから着て帰らないようにね」


「わかってるって。んじゃ歌うか」


 春馬は上機嫌そうにボクの向かいのソファに腰かける。


 退店まで残り約50分。のんびりしている時間はない。


 さっそく行動開始だっ!


「どうした?」


「一緒に選ぼうと思って」


 春馬のとなりに移動して、タッチパネルを共有する。肩同士が触れ合うと、春馬はわずかに顔を強ばらせた。


 いつも肩を組んできてたのに、最近はそれがなくなった。その上こんな顔を見せるなんて……やっぱりボクを意識してるんだっ!


 やっと好きな男子に女子として見てもらえたよ……。


 よーし、恋愛ソングを歌って恋愛したい気分にさせちゃうぞー!


「ボクから歌っていい?」


「ああ、いいぞ」


 ささっと選曲するとマイクを握り、流行の恋愛ソングを歌う。


「ど、どうだった?」


「いつも通り、上手かったぞ」


「ほかには?」


「ほか?」


「う、うん。たとえば……恋愛したくなったり」


「そりゃ恋愛はしたいぞ。悠里は違うのか?」


「う、ううん。ボクも恋愛はしたいよ!」


「そっか」


 春馬が嬉しそうな顔をした。


 こ、これって……ボクにその気があるかそれとなく確かめようとしてる? ボクに恋人を作る気があるとわかれば告白してくれるのかな……?


 ドキドキしていると、春馬が選曲を済ませてマイクを握る。去年流行ったドラマの主題歌を歌い上げ、満足そうにマイクをテーブルに置く。


「どうだ?」


「上手だけど、ちょっと声に元気がなかったかも」


「そうか?」


「そうだよ。疲れてるんじゃない?」


 ちなみに嘘だ。春馬の声は力強かった。疲れているようには見えない。


 だけど思い当たる節があるのか、春馬は「そういえば」とため息を吐いた。


「最近さ、千尋が元気すぎるんだよ」


「千尋ちゃんって常に元気じゃない?」


「そうなんだが、こないだプチキュア映画を観てから興奮が収まらないっぽいんだ。おかげで遅くまでごっこ遊びに付き合わされてるぜ」


「そっか。お兄ちゃんは大変だね。だったら家に帰る前にちょっと休みなよ」


「せっかくカラオケに来てるのに?」


「帰りに倒れたら大変だもん。ほら、横になって」


「そんなに疲れてないんだが……そこまで言うなら、悠里が歌ってるあいだだけ横になろうかね」


 そう言って、春馬が向かいのソファに移ろうとする。


「待って。膝枕してあげるから」


「へ? 膝枕?」


 春馬が目を丸くする。ものすごく意外そうだ。


 好意を伝えるのが目的だけど、ちょっと攻めすぎちゃったかも……。だけど春馬の気が変わる前にもっと意識させたいし……。


 うん。今日はこのまま攻めちゃおう。


「ボクに膝枕されるの、嫌だった?」


「嫌ではないが……悠里こそ抵抗ないのか? わかっちゃいるだろうが、俺男だぞ」


「わかってるよ。誰彼構わずこんなことしないから。ただ、ボクにとって春馬は特別で……だから、膝くらいなら貸してあげるよ。ほら、早く休んで休んで」


「んじゃあ、少しだけ……」


 春馬はクツを脱ぎ、ソファに横たわった。ボクの太ももに頭を乗せて、目を天井に向け、落ち着きなさそうにしている。


「な、なあ……太もも、痛くないか?」


「平気だよ」


「そか。でもさ、歌いづらいだろ?」


「歌わないよ」


「お金がもったいないだろ」


「ボクのお金だから気にしないで。お金なんかより春馬のほうが大事だもん」


「気持ちは嬉しいが……いまさらだけど、俺の髪の毛べたついてるし、スラックスが汚れちまうぞ」


 言われて髪の毛に触れてみると、たしかにべたっとしていた。


「これって……ワックス? にしては髪型変わってないけど……」


「失敗したんだよ。洗い流す時間がなくて、手ぐしで戻したんだ。つけ方を調べてはみたんだが……難しいもんだな」


 それって、ボクのためだよね? 春馬が急にオシャレする理由なんて、ほかに思いつかないし。


「難しいことに挑戦するのは立派だよ。それに……髪型は変わってないけど、いつもよりかっこよく見えるし……」


 言っちゃった。


 直接的な好意を伝えたわけじゃないけど……それとなく好きって気持ちは伝わったはず。


 ボクの想いを理解してくれたのか、春馬は嬉しそうな顔をする。


「ありがとな。そう言ってもらえてマジで嬉しいよ」


「うんっ」


「この調子でかっこよくなってやるぜ」


「うんうんっ」


「そんでもってナンパを成功させてみせる!」


「うんうん……うん?」


 いまなんて? ナンパって言わなかった!?


「ナンパって……あのナンパ? 街中で女子に声をかける、あの……」


「そのナンパだ」


「え、ええと……てことは急にオシャレに目覚めたのって、ナンパを成功させるためなの……?」


「そうだぞ」


 そうなの!? ボクにドキドキしたんじゃないの!? 全部勘違いってこと!? 


 ていうか待って! じゃあボク、春馬のナンパ成功率を高めちゃったってこと!?


「悠里のおかげでオシャレになれたぜっ」


「ど、どういたしまして……」


「そのうち一緒にナンパしようなっ」


「ボクも同伴するの!?」


「悠里が一緒だと心強いからなっ!」


 ま、まあ女子が一緒にいたほうが警戒されずに済みそうだけど……。ボク、どんな顔してその場に立っていればいいの?


「てなわけで、これからも協力してくれると嬉しいぜ、親友っ!」


「も、もちろんだよ、親友っ!」


 膝枕のまま拳を向けられ、ボクは自分の拳をこつんとぶつけるのだった。

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